第128話

「奇遇だね。まさかキルがハンターになりたいと思っていたなんてね」

ついに始まったキルアとギタラクルの試合。
顔から針を引き抜いたギタラクルは輪郭を変形させ、本来の造形へと戻る。
……ひいぃ、何度見ても怖いあれ。めっちゃグロテスクな上にホラー…!

さらっさらの黒髪がはらりと肩に落ちて、キルアと共通する猫目も登場。
声も鮮明になって、なったからこそ抑揚のない喋りが異様に聞こえる。

「実は、俺も次の仕事の関係上、資格を取りたくってさ。ハンターライセンスがあれば色々便利だし、だから本当に偶然なんだよ?」

言葉は兄らしい感じだけど、淡々としすぎてて怖い。
キルアも顔を強張らせて、額に汗を滲ませてる。正面から向かい合ってたら、より怖いよな。

「隠してたのは悪かったけど。あ、あとが同時に受けてるのも偶然だから」
「!」

って、そこでなんで俺の名前を出すのイルミさあああん!?
はっとキルアが顔を上げて俺の方を見る。ちょ、え、俺とイルミがグルと思われたら嫌なんだけど!
仕事の必要で俺も試験を受けてる、って説明しちゃってある。…イルミと同じ理由だ。
一緒に受けに来た、と勘違いされるのだけは勘弁だ。
イルミとキルア、どっちに嫌われたくないかっていうと断然キルアだ。…イルミ怖いけど。
裏切られた、みたいなことは思われたくない。………イルミ超怖いけど。

キルアだけじゃなく、クラピカやレオリオの視線も俺を向いたのがわかる。
うおー、二人の表情見られないよー。くそう、イルミの阿呆!

「………俺も、イルミの参加は会場に着いて知った」
「うん、驚いたよねお互い。俺はキルとの二人で受けに来たのかと思ったよ」
「…キルアがいることも、俺は知らなかったぞ」
「みたいだね」

あっさりと頷いたイルミは、キルアに向き直った。

「キルはどうなの?」
「………別に、なりたかったわけじゃない。なんとなく、受けてみただけさ」
「そうか。安心したよ、それなら心置きなく忠告できる」

イルミを覆うオーラが強まるのを感じる。
常人には見えないそのオーラが、ゆっくりとキルアを包み始めた。
きっと一般人でも圧迫感を感じるだろう。キルアはさらに感覚が鋭く敏感だ。
訓練され才能もあるからこそ、見えないイルミのオーラに恐怖を感じているに違いない。

くそ、一般人相手に念を使うのは反則だろ。
だけど。ここで介入するのは多分、キルアのためにならない。

ゾルディック家と、イルミの呪縛。
それを他人が振り払ってやっても意味がないんだ。
自分の手で、自分の力で抜け出さないと、同じことの繰り返しになる。

「……おい、お前何やって」

溜め息をついて壁に背中を預ける俺に、レオリオが唸った。
だ、だって、俺はもう何もできないし。
ここにゴンがいたら別の道があったかもしれないけど、治療のために控室に運ばれてる。
その場に縫いとめられたように立ち尽くすキルアは痛々しいけど。
俺は目を閉じて、ただ言い訳をするしかなかった。

「……イルミに勝つ力は、ない」
「てめぇ、だからって放っておくのかよ」

レオリオのこういう仲間思いなところは大好きだし、俺だって何かしたいと思う。
けど、現実問題として俺はイルミに勝てない。試験のルール上、介入もできない。
できるもんならやってるよ、と俺はレオリオをじっと見た。

「実力差がわかってるのに、何ができるって?」
「なっ」
「…キルア本人がどうこうしない限りは、意味もない」

もし俺やこの場にいる人間がキルアを助けたとして。
いまこの瞬間はなんとかなるかもしれないけど、イルミは多分諦めない。
またこうしてキルアと対峙することになって、一対一では勝てないから繰り返しになる。
そんな終わらないことを続けてもしょうがない。

ちゃんとキルアは抜け出せる。
もう引っ張り上げてくれる存在を、ここで見つけたから。

「…あいつを救うのは、俺じゃない」






ゴンと友達になりたい。
絞り出すように望みを口にしたキルアに、それは無理だとイルミは告げた。
根からの殺し屋であるキルアは、人を殺せるか殺せないかでしか判断できない。
ゴンと一緒にいればいつか彼を殺したくなる。
じわじわと締め付けるように追い詰めるイルミの言葉は、ただ静かで滔々と流れる。

レオリオがそれを阻むように、ゴンとキルアはとっくに友達だと怒鳴った。
ゴンがすでにキルアを友達と認識している、と悟ったイルミはゴンを殺そうと淡々と告げる。
抑揚がない声は熱がないけれど、本気だ。必要と判断したなら、イルミはやる。

キルアもそれをわかってるから、震える拳を握って俯いた。
そんな弟へ視線を落としたイルミはキルアの前へとゆっくり進んでいく。

「俺と戦って勝たないとゴンを助けられない。友達のために、俺と戦えるかい?」

答えはノー。
キルアの本能は理解してる、いまのままではイルミには勝てないと。
勝ち目のない戦いは避ける。それはキルアの身体に叩き込まれたルール。
伸ばされたイルミの手から逃れようとする小さな身体は「動くな」という声に静止した。

「少しでも動いたら戦い開始の合図とみなす。同じく、お前と俺の身体が触れた瞬間から、戦い開始とする。止める方法はひとつだけ。…わかるな?」

しかし戦わなければ、ゴンをイルミから救うことはできない。

友達を助けるためにイルミと戦うか。自分の身を守るために、戦うことを拒むか。
その選択を突きつけられ、キルアは瞬きすらも許されないまま滝のように汗を滴らせた。
呼吸だってあれはほとんどできていない。でも、目を逸らせない。動けない。

「やっちまえキルア!どっちにしろ、お前もゴンも殺させやしねえ!そいつは何があっても俺たちが止める!お前のやりたいようにしろ!!」

こうして気持ちをぶつけられるレオリオはすごく温かい。
本心からの言葉だとわかるからこそ、俺は目を閉じることしかできなかった。
キルアはまだ、イルミの命令と仲間を天秤にかける強さはない。
それに。

いまのイルミを、レオリオやクラピカ、ハンゾーたちに止められるわけがない。
止められる可能性があるのはヒソカと、審査員の面々やネテロ達だろう。動く保証はない。

ゴンのことは助けたい。でも自分にはその力がない。
仲間の言葉を信じたい。だけどそうすることによってもし、傷ついたり死ぬようなことがあれば?
頭の良いキルアは、ある程度の未来を推し量ることができてしまう。
だから、迫るイルミの手から逃れることはできず。唇が震えた。

「………ま、まいった。…俺の、負けだよ」

小さな小さな声は、予想していたはずなのに。
聞いていて、すごく痛かった。






小さな頃から可愛がっていたからこそ、わかっていても見るのは辛いだろうと思います。

[2012年 8月 1日]