第129話

虚ろな目のキルアは、俺の腕の中でじっとしてたけど。
不意に身体を離して歩き出した。それを俺はただ見てるしかできなくて。

これから起こることを知ってたのに。
キルアの鋭く伸びた爪が、ボドロの身体を貫くのを。
ぼんやりと、見ていることしかできなかった。





多分、俺もショックだったんだと思う。
キルアのために何もできなかった自分に嫌気がさしてて。
全部を諦めて人形みたいになったキルアを、抱きしめることしかできない自分が悔しくて。
だから、動けなかった。自分の中の無力さに、へこたれてたから。

……結果、ひとりの命を犠牲にしてしまった。

受験生を殺したキルアはもちろん失格。
血を浴びたまま、やっぱり焦点の定まらない目で試験会場から去っていった。
それを俺は追いかけられなかった。追いかける資格がない、なんて思ってしまった。

ひとりの失格者が出たことによって、残り全員が自動的に合格になる。
だけどそこに喜びはなく、広がるのは沈黙ばかりだった。

「では後程、ハンターライセンスについて講習を行う。それまでは各自、休むように」

ネテロが手を叩き指示を出してやっと、それぞれに時間が動き出す。
さっさと部屋を出ていくイルミと、めちゃくちゃオーラを揺らしながら追いかけるヒソカ。
レオリオとクラピカの顔を見るのが怖くて、俺もすぐに部屋を出た。
廊下を進む二人の後に続くと、やり取りがここまで聞こえてくる。

「本当に殺そうとするのかと思って焦ったよ」
「うん、ヒソカのオーラすごい痛かった」
「だってせっかく見つけた青い果実なのに。ねえ?
「………俺に振るのはやめてくれないか」
「何?も怒ってる?」

振り返った猫の目に、俺は眉を寄せた。
怒ってる?…………当たり前だろうが。キルアにあんな顔させやがってこいつ。

「………………ゾルディックの問題に関わるつもりはない」
「ウ〜ン、そう言う割にすごく良いオーラを出してるよ」
「変態は黙ってろ」
はどうしたかったの?キルに合格してほしかった?」
「…別に。ただ、お前の過保護すぎるところが問題だと思ってるだけだ」
「だってキルは特別なんだ。何かあってからじゃ遅い」
「……その愛情は、全く通じてないぞ」

はあ、と溜め息を吐いてから足を止めた。イルミとヒソカも立ち止まる。

「けど、イルミ」
「何」
「本気でキルアがお前とぶつかったときには。…俺は多分、キルアを応援するよ」
「へえ」
「今回はキルアが本心からそれを望めてなかった。だから手出ししなかった。…それだけだ」

いや、実際にゴンと友達になりたいとは思っていただろう。
でもそれを貫こうとする意思の強さは、まだ足りなかっただけ。
その意思の強さがなければ、イルミに勝つことはおろか、望むものを手にすることはできない。
多分そこが、ゴンとキルアの違い。ハンターとしての資質の差だ。

「…こそ、キルに甘いよね」
「お前とは違う意味でな」
「二人も、青い果実が大好きってことだね」
「「一緒にしてほしくない」」
「こういうときばっかりハモるんだもんねぇ」

やれやれ、と肩をすくめたヒソカは歩くことを再開する。
けっこう言いたいこと言っちゃったけど、イルミも俺に対して怒ってはいないみたいで。
じゃ、と片手を上げてヒソカと共に去っていってしまった。
よ、よかった、命拾いしたぜ俺。でもキルアのことでは譲れない、うん。

あの二人と歩くのは神経削られるよなぁ、と息を吐き出す。
すると後ろから声をかけられた。クラピカだ……って、レオリオもいる。

、いまのは」
「…いまの?」
「キルアを応援する、という言葉は本当か」

あ、聞かれてたんですか。そうだよね、別に声落としてなかったし。
クラピカの言葉に俺はちょっと視線を逸らした。
さっきの試験じゃ全然手出しできなかったくせに、大きなこと言ったよなって自覚あるから。
大口叩くならさっき助けろよ、って感じだもんな。でも、あれはさ、ほら。

「キルアを救うのは自分じゃない、とか言ってたなお前」
「……あぁ。俺にその力はない」
「何を言っている。ほどキルアが頼りにしている者はいないだろう」

な、なんという過大評価…!
そう思ってもらえるのは嬉しいし、頼ってもらえる自分でありたいと思うけど。

「…いや。キルアを本当の意味で救うのはきっと、ゴンだ」
「………ゴン」
「俺じゃ足りない。もっと、強く引っ張り上げてくれる存在でないと」

それぐらい、キルアが身を浸している世界は深くて澱んでいる。
絡みつく黒いものを振り払えるのは、ゴンみたいな強い光なんだと思うから。
これから始まるキルアの新しい道を知ってる俺は、信じられる。
大丈夫、キルアとゴンならきっと。

「あーくそー!!」
「?」
「…っ…うるさいぞレオリオ!いったい何だ」
「ったく面倒臭ぇー!!おい!」

いきなり頭をかきむしったレオリオが、びしっと俺を指さしてきた。
な、なんだいったい!?

「お前も十分キルアを引っ張り上げてるっつーの!」
「…え」
「諦めてんじゃねぇや!呆れるぐらいお人好しなら、それを通せ!!」
「………はあ」

これは…俺を励ましてくれてる、のか?
落ち込み気味なこと、見抜かれてたのかな。
俺もちゃんと力になれてる、って言ってくれてるんだろうか。うう、なんて優しいんだレオリオ!
ちらりとクラピカに目を向けると、しっかりと頷いてくれる。

………どうしよう、なんかちょっと感動で泣きそうだ。






ハンターについての講習があって。まあ、ちょっとすったもんだあったんだけど。
無事に全員にライセンスが配られて、これで俺もついにプロのハンターに。
目覚めたゴンはキルアを取り戻しに行く、と息巻いていて。
ククルーマウンテンにいる、という言葉を残してイルミは去っていった。
あっさりとゾルディック家の場所を教えたのは、まあ調べればすぐわかるから。
それに、普通の人間があの敷地に入って生き残れるわけがないからでもある。

だけど行く。そう決意の表情を浮かべるゴンに、レオリオとクラピカは苦笑してた。
結局は二人もゴンと一緒に行くことになるんだろう。

はこれからどうするの?」
「…とりあえず、契約者に報告しに行かないと」
「あ、仕事でライセンスを取りに来たんだっけ?」
「そう。無事に取得できた報告」

…まさか本当に取れるとは思わなかったけど。
………はっ!?っていうかあれか!バッテラ氏と契約が成立しちゃうのか!
し、しまった、不合格になって契約も不成立にしようと思っていたはずなのに……。
いや、プロハンターになれるのはありがたいけど。身分証明書もできたわけだし。

「報告の後は?そのまま仕事?」
「いや…。ゴンのところに合流するつもりだ」
「え!」
「一度ちゃんとキルアの顔を見たいから」
「そっか。じゃあ先に行って待ってるね」

嬉しそうに笑うゴンの頭を撫でて、俺は出発。
途中ハンゾーに会って名刺をもらったりもした。漢字が書かれてて懐かしい。
ジャポンに行ったときには観光の穴場を案内してくれるらしいから、そのときは頼もう。

ゴンたちにはまた会えるから、挨拶はそこそこに。
俺はバッテラ氏の屋敷へと向かうことにした。





合格しちゃったぞ、なんてことだ。

[2012年 8月 1日]