第101話―サトツ視点

ハンター試験の試験官を担当することになり。
しかも一次試験を担当ということですから、どのくらいふるい落とすか難しいところですぞ。
まだ一次試験。やはり審査すべきは基礎体力でしょうか。

私が選んだ試験の内容はただついてくること。
といっても少々歩く速さには自信がありますし、ルートも特殊なものを設定。
地下通路という閉鎖された空間をただただひたすら走り抜けるのが前半。
外へと出ることのできる後半は、ヌメーレ湿原という厄介な場所を移動してもらいます。
様々な生き物が受験生を狙うと思われますが、このぐらいは乗り越えてもらいましょう。

どのぐらい残るものかと思いましたが、どうやら今年は豊作のようだ。
まだ子供と呼べそうな少年二人が雑談しながらついてきたり。
念能力を有する受験生もいるらしい。…昨年問題を起こしたヒソカもいるのは困りものですが。

私の試験は終わり、二次試験。
こちらを担当するのは美食ハンターであるメンチとブハラ。
ハンター試験の課題に料理が出ることなど受験生たちは予想外のようです。
会長も物好きといいましょうか、ひとが悪いといいますか。ひとを驚かせるのが好きですね。
文句を言っていた受験生たちをメンチが黙らせ、まずはブハラからの課題。
グレイトスタンプという凶暴な豚を捕まえ、丸焼きに。
弱点さえわかれば捕獲は難しくありませんが、あの突進はなかなかに脅威ですぞ。

………しかしこちらもかなりの人数の受験生が残りました。
やはり今年の受験生は粒揃いだ。しかし、だからこそ惜しいですね。
次の課題を出すメンチは、恐らく相当に厳しい試験官となってしまうでしょう。

「あたしのメニューは、スシよ!」

…はて、スシとはどのような料理でしょうか。私にも見当がつきません。
受験生たちも同じようで、皆戸惑ったようにざわめいています。

「ヒントをあげるわ。この中を見てご覧なさい」

メンチが建物の中へと移動すると、そこには調理場が用意されていて。
受験生たちのために用意するにはだいぶ良質のキッチンですね。
ハンター協会が出資しているのでしょうが、これはまた。予算内なのでしょうか。

「ここで料理を作るのよ。最低限必要な道具と材料は揃えてあるし、スシに不可欠なご飯はこちらで用意してあげたわ。そして、最大のヒント!スシはスシでも、握りズシしか認めないわよ」

というわけで試験がスタートしたのですが。
どんなものか知りもしない料理を作れ、というのはいささか難しいように思います。
しかも相手はメンチ。本人も凄腕の料理人。
彼女の舌を満足させる必要もあるわけですから、これはこれは。

料理器具を手にとってみたり、それぞれの出方を窺ってみたり。
受験生たちはうろうろとするばかり。まずスシがどういうものか見極めなければ。
ご飯が不可欠であり<握り>スシというのですから、手で握って作るものなのでしょう。

「魚ぁ!?お前ここは森の中だぜ…うわ!!」
「声がでかい!魚だったら川とか池とかにもいるだろうに!」

おや、魚が必要なのですか。
スシの材料を知っている受験生がいたようですね。

いまの声を聴いた他の受験生たちも、皆外へと飛び出していきます。
周囲には水場もありますから魚もいるでしょうが、どんな魚でもいいのでしょうか。
がらんと人がいなくなった調理場で、ひとりだけ残る受験生を発見。
取り残されたというのに焦ることもなく、むしろ冷静な表情でご飯を握っています。
あの青年は確か、円を使って私についてきた受験生。
あぁ、ほかほかの白米がおいしそうですね。私も少々お腹が空いてきました。

握ったご飯に海苔を巻いて、それを手に彼は建物から出てきました。
気づかれないように木の上に飛び移ったのですが。
彼は迷うことなくこちらの木に近づいて来たではありませんか。

そのまま腰を下ろした彼はぱくりとご飯に口をつけています。
座り込んだということは、試験を受けるつもりはないということでしょうか。
ふと顔を上げた彼はしばらく沈黙していましたが、こちらへと視線を向けてきました。
あぁ、目が合ってしまいましたね。やはり私の存在に気づいていたようです。

「おや、見つかってしまいましたか」
「………………」

焦げ茶の瞳が静かに私を見上げている。
責めるでもなく、吸い込まれそうな深い瞳に私の方が興味を引かれてしまった。

「試験に参加されなくてよろしいのですか?」
「………試験官の認めるものを作るのは無理そうだから」
「確かに、彼女はなかなかに厳しい試験官ですからな。しかしこのままですと、不合格ということになってしまいますが」
「……そのときはそのとき。けど、大丈夫だと思う」
「と、いうと?」
「さすがに全員不合格、という結果はハンター協会も望まないんじゃないか」

つまりメンチが誰も合格させないだろうと踏んでいるということですか。
無駄な努力はしない、といった表情の彼はとても冷静だ。
もしかすると裏社会で生きるようなひとなのかもしれませんね。
まとうオーラが、一般の念能力者とはだいぶ違う。もっと、重い。
ますます興味を引かれ私は改めて名前を名乗ることにしました。

「一次試験で挨拶させていただきましたが、サトツといいます」
「……

その名前を聞いて、ひどく驚きました。
知っている人物と同じ名前だったからです。

くんですか。………もし違っていたら申し訳ありませんが、運び屋の?」
「……そうですが」

どうして知っている、と警戒するように声のトーンが一段下がる。
やはり彼は裏社会の人間で間違いないようだ。
運び屋のといえば、正規のルートでは運べないものも扱う優秀な人物。
けれど依頼を受ける受けないは気まぐれで、なかなかつかまらないことも多いという。
何より彼にはある輝かしい実績があった。

「素晴らしい」
「?」
「クート盗賊団を壊滅させた者の名に、あなたの名前もありました」
「………あー…」

そんなこともあったような、といった表情。
彼にとってはクート盗賊団を壊滅させたことも、些末なことなのかもしれません。
きっとジンにとっても、いまではあっさり過去の出来事になっているのでしょうから。

しかしなるほど、ジンと共にあのクート盗賊団を壊滅させた人物。
彼ならば念を習得していてもおかしくはない。

ジンは私の憧れのひとですが、直接言葉を交わしたことはありません。
できるならジンという人物について彼から聞いてみたいと思ったのですが。
くんはふと視線を彼方へ向けました。

「あぁ、受験生たちが戻って参りましたね。私はこれで」

やはり人の気配にも敏感らしい、さすがです。
木の上へと戻った私にもう視線を向けることはなく。
彼は帰ってきた受験生たちを迎えています。
ああ、かなり優秀なルーキーたちですね。彼と知り合いなのでしょうか。

「あれ、は魚とりにいかなかったの?」
「空腹がひどくて、先に栄養補給」
「あー、ひとりだけずりーの」
「……こんなんでよければ作るが」
「マジ!?俺も腹減っててさー、食べる」
「俺も食べたい!」
「はいはい」

スシ作りに必死に取り組む受験生たちの横で、彼はマイペースに昼ご飯を作って。
メンチの苛立ったような判定の声が聞こえてくる試験の様子を。
私は興味深く見守ることにいたしました。

…しかしこの空腹はどうしましょうかね。





サトツさんもだいぶマイペースだと思います。

[2012年 1月 22日]