第101話

建物の中から聞こえていた唸り声のような音。
それは二次試験の試験官であるブハラという男の空腹によるお腹の音だった。
明らかにサイズが一般人の何倍もありそうな大きさの男。
そして彼ブハラの前に用意されたソファに腰を下ろした細身の女性、メンチ。

二人は美食ハンターであり、二次試験の内容は料理。
ここにいる大半が男。戦うことを生業にしている者の方が多い。
そのため、料理と聞いて誰もが微妙な表情を浮かべた。
レオリオたちもそれは同じで、料理なんてできるか?と互いに確認し合っている。
最低限の料理はできても、試験となるとまた別物。
しかも課題を出す試験官は現役のハンターだ。どんな難題を出されるのやら。

………といっても俺は知ってるんだ試験内容。
そんでもって、それがどうなるかも知ってるわけで。

「余裕そうだな」
「………余裕というか」
、料理得意だもんなー」
「え、そうなんだ?すごいね」
「お前が料理ぃ?」

キルアがずるいと口を尖らせながら小突いてくる。
するとゴンとクラピカが意外そうに眼を瞬いた。ええ、そんなにしそうにないかなぁ。
レオリオにいたっては、信じられねーと顔に出まくっている。ちょ、ひどい。
俺そんなに下手そう?とレオリオに視線で問いかければ、思いっきり顔を逸らされてしまった。
………がーん、俺めっちゃ不器用に見られてんのか。

の料理すげーうまいよ」
「キルアは食べたことあるの?」
「おう。ていうか基本はこいつが作ってたし」
「………キルアとは一緒に暮らしているのか?」
「昔キルアの修行期間中に少し」
「いいなー、俺も食べてみたい」
「…たいしたもの作れないが、それでもよければ」

ミトさんの手料理で育ってるゴンに作るのは緊張するなぁ。
いやゴンならなんでもおいしいって食べてくれそうだけど。






というわけで、二次試験最初の課題はブハラから。
この森に生息する豚を使っての料理を指定。…なんだけど。
ここには豚は一種類しかおらず、それはグレイトスタンプと呼ばれる凶暴な生き物だ。
といっても額が弱点で、それさえわかれば捕まえるのは難しくない。

「豚の丸焼き料理審査、70名通過ー!」

もちろん俺も無事にここはクリア。
問題はこの後だ、この後。次の出題者はメンチ。
気の強そうな女性で、なかなかに露出度の高い服を着ている。
あの若さで一ツ星ハンターとして認められる実力者。
色んな意味でドッキドキのひとだ。

「あたしのメニューは、スシよ!」

メンチの指定した料理に、受験者たちの間になんともいえない空気が広がる。
そもそもスシとは何だ?と戸惑っている。
そりゃそうだろう。俺のいた世界だって、日本の料理であり外国人は知らないひとも多い。
最近では世界でもスシというものは知られるようになってたけど。
これのどこが寿司か!とじーちゃんが怒り狂ってたっけなぁ…アレンジされすぎてて。

というわけで。
ハンター世界でもスシは小さな島国の料理。つまり知名度は低い。
受験者のほとんどは、スシがどんな料理なのか全くわからない状態。

「ヒントをあげるわ。この中を見てご覧なさい」

そして促されて覗き込んだ建物の中は調理のための道具全てが揃っていた。
ほかほかのご飯までも用意されており、綺麗な料理場が並ぶ。
………なんかあれだ、TVチャンうんたらみたいだ。

「ここで料理を作るのよ。最低限必要な道具と材料は揃えてあるし、スシに不可欠なご飯はこちらで用意してあげたわ。そして、最大のヒント!スシはスシでも、握りズシしか認めないわよ」

メンチが満腹になったらそこで試験終了。
それまでは何度メンチにチャレンジしてもいいのだそうだ。
スタート!と明るい声が響くものの、受験生たちはうろうろと道具を眺めたり手にとったり。
そうだよなー、何すればいいかわかんないよなー。
って、うお、かなり良い包丁ばっか揃ってんじゃんか。すごいな、ハンター協会。

「なあ、
「………ん?」
「スシ、知ってる?」
「………いや、詳しい作り方はわからないな」

あれはさー、板前さんという何年も何十年も修行したひとが作る芸術なわけだよ。
舎利の作り方と握り方、ネタの切り方、他にももろもろ。素人に手を出せる次元じゃない。
どうあってもここは合格は無理なわけだし、俺は早々に諦めモード。

………あー…でもお腹空いてきた。
なんか作ろうかな。お握りでも。

「魚ぁ!?お前ここは森の中だぜ…うわ!!」
「声がでかい!魚だったら川とか池とかにもいるだろうに!」

レオリオとクラピカの大きな声でのやり取りが響き渡る。
一応スシについて文献を読んだことのあったらしいクラピカの言葉によって。
スシには魚が不可欠であることが受験生たちにバレてしまった。
よって、みんな一斉に建物から駆け出していく。うわー、急に静かになっちゃったよ。

ここに残ってんの俺だけじゃん!すげえ居た堪れない。
塩つけてー、おにぎり作ってー、おっしゃ海苔もある。
そうだよな、玉子とかで握り作るんなら海苔巻くもんなラッキー。

いつまでもサボってる俺に対してメンチの視線が痛いから、お握り持って出発。
といってもスシを作る気はないから、建物から少し離れた木立に向かう。
よっこらしょ、この辺りなら木陰で気持ちいいかな。いただきまーす。
…うん、動いた後って塩結びでも十分においしい。海苔もパリパリだ。
空を見上げれば青空。さっきまで霧深い湿原にいたとは思えない快晴だ。
あー、このまま昼寝したい気分だなぁ…と葉っぱの屋根を見上げると。

………ヒゲ紳士と目が合いました。

「おや、見つかってしまいましたか」
「………………」

サトツさん、この木の上にいらっしゃったんですか。
思わず凝視してしまうと、サトツさんは俺のすぐ傍にすとんと着地した。

「試験に参加されなくてよろしいのですか?」
「………試験官の認めるものを作るのは無理そうだから」
「確かに、彼女はなかなかに厳しい試験官ですからな。しかしこのままですと、不合格ということになってしまいますが」
「……そのときはそのとき。けど、大丈夫だと思う」
「と、いうと?」
「さすがに全員不合格、という結果はハンター協会も望まないんじゃないか」

まあ、試験内容が適正なもので、それでも誰ひとり受からなかったなら別だろうけど。
今回の試験はなー、メンチが頑固になっちゃって失敗するわけで。
…あとなんだっけ?ヒソカがずっとメンチに喧嘩売ってたせいでもあるんだっけ。
そりゃあんな変態に殺気飛ばされてたら、メンチでなくても苛々するよなー。

「一次試験で挨拶させていただきましたが、サトツといいます」
「……
くんですか。………もし違っていたら申し訳ありませんが、運び屋の?」
「……そうですが」

な、なんでサトツさん俺の仕事知ってんの!?
ハンターに目をつけられるようなことした覚えはない。イルミか、イルミのせいか?

「素晴らしい」
「?」
「クート盗賊団を壊滅させた者の名に、あなたの名前もありました」
「………あー…」

そうか、そうだった、サトツさんってジンに憧れてるんだっけ。
ジンの輝かしい(というか無茶苦茶な)功績の中に、俺が巻き込まれた事件も含まれていて。
ジンフリークであるサトツさんなら知っていてもおかしくないんだ、と気づく。
あれはただ単に巻き込まれただけで、実際に盗賊団を壊滅させたのはジン。
俺はもう生き延びるのに精いっぱいだったわけで、素晴らしくもなんともない。

なんであんな男に憧れるんだか。
……いや、かっこいいと俺も思うけどね?巻き込まれる側からするとたまったもんじゃ。
思い出したくもないことを思い出して、俺は遠くを見つめてたそがれる。

「あぁ、受験生たちが戻って参りましたね。私はこれで」

そう告げてサトツさんはまた木の上に戻ってしまった。
確かにそれぞれ食材を抱えて戻ってくる受験生たちが見える。

「あれ、は魚とりにいかなかったの?」
「空腹がひどくて、先に栄養補給」
「あー、ひとりだけずりーの」
「……こんなんでよければ作るが」
「マジ!?俺も腹減っててさー、食べる」
「俺も食べたい!」
「はいはい」

賑やかなちびっ子たちに頷いて俺は腰を上げる。
キルアとゴンがそれぞれに魚を調理してる横で俺はお握り作りだ。
できたお握りをひとつずつ、キルアたちの口に突っ込んでいく。なんか親鳥の気分だ。
握りは握りでも、お握りばかりを作る俺の耳には。

受験生たちの作ってきたスシを厳しく判定するメンチの声が流れ込んでいた。




サトツさんとも会話できましたぞ。

[2012年 1月 19日]