第102話

スシというものを自分なりに想像して作る受験生たち。
レオリオがかなり独創的な料理を作り出し、あれは俺も食べたくないなと心底思った。
…だって魚がびちびち動いてんだぜ?新鮮とかそういうレベルじゃねえよ。
その後作ったゴンもクラピカも……うん、ひどい出来だった。

レオリオと同レベルと言われて心底落ち込み顔を青ざめさせるクラピカ。
なんていうか、レオリオに対してひどいよな色々と。
一応肩を叩いて慰め、元気出せとお握りを渡しておく。

その後、おしゃべりな忍者のハンゾーがスシの作り方をばらしてしまって。

揃っている材料からヒントを得て料理を作る、という本来の試験目的が失われてしまった。
作り方のわかった受験生たちは一見すればスシをメンチの元へ届ける。
………しかし見たこともない魚ばっかりなんだけど、これ刺身として食べて平気なのか?
スシそのものの出来映えで判断するしかなくなってしまったメンチ。
料理人としても確かな腕を持つ彼女が、素人の作ったスシに納得するはずもなく。

「わり!お腹いっぱいなっちった!」

メンチが笑って満腹を告げ、その時点で試験終了。
彼女を納得させるスシを作った者はひとりもおらず、合格者はいないという結果に。
俺はこれを知ってたから別に動揺も何もないんだけど。
他の受験者はそうはいかない。これに全てをかけている者も多いのだ。
どうあっても合格者なしを覆すつもりはない、というメンチに殴りかかる受験生までいた。
………まあ、ブハラにはたかれて終了したわけだけど。

ブハラが先に動かなければ、メンチが動いていた。
その場合は手加減なしに殺していた可能性も高い。彼女の武器はどうやら包丁。
張り詰めていた殺気はさすがに俺も感じたけど、気づかなかった連中もいるみたいだ。

美食ハンター、というだけで侮ったヤツはかなり多いらしい。
あとあれだよな、メンチがぱっと見は細身の気の強い女性にしか見えないせいもあるかも。
強面の連中ばっかりが集まってるから、女の子ってだけでなめるんだろう。
…女の子の方がしたたかで怖かったりするもんだけどな。
ぴりぴりしたこの空気が苦手で、俺は騒ぎの人波から外れる。
外の空気が吸いたくて建物から出ると、なんか空から近づいてくる影が。

『それにしてもメンチ。合格者ゼロとは、ちと厳しすぎやせんか?』

空から響いた声。
近づいてくるのは飛行船だ。あそこから声がマイクか何かを通して聞こえたんだろう。
強い風が吹き、メンチや他の受験生たちも外へと出てくる。
飛行船にはハンター協会のマークが刻まれており、審査委員会のものだとわかる。

上空に浮かぶ飛行船からひとつの影が舞い降りてきた。
いったい何が?と受験生たちは見上げ、ついで驚きの声を上げる。
なんと空から人が降ってきたのだ。

あー、普通驚くよなー、死ぬもんなー。
………あれを俺はなんの断りもなくイルミにやられた記憶があるぞ。

凄まじい速度で落下してきたのは老人。
着地の衝撃に強い衝撃波のようなものが広がり、風と土が受験生を襲う。
立っていることも難しいほどの余波だが、中心に立つ老人は真っ直ぐと姿勢を保ったまま。
飄々とした表情を浮かべる老人の足元にはクレーターのようなものができていた。

「か、会長…」

メンチが初めて緊張を帯びた強張った声を発する。
そう、相手はハンター協会のトップであり、試験審査委員会のトップも兼ねる人物。
自身もトップクラスの実力を持つハンター、ネテロ会長だ。

「…そういやもあんぐらいの高さから飛び降りたよな」
「キルア。あれは飛び降りたんじゃなくて、落とされたんだ」

ええそう、どこかの誰かさんにね!顔面に針刺してる怖いあのひとにね!

「それで怪我とかしなかったの?」
「……まあ、なんとか」
「ぴんぴんしてたじゃん。俺でもあの高さはヤバイと思うぜ」
「その割にあのとき大して慌ててなかった気がするが」
がなんとかしてくれっかなーと思って」

ぺろりと舌を出すキルアは大変可愛いですけども。
俺が念を習得してなかったら確実にミンチだったぞ、わかってるかちびっ子!
いや、キルアだけは俺を下敷きに生き残ってたかもしれないがな!!
……そもそもイルミがキルアが死ぬようなことさせないだろうしな。

「君は二次試験後半において、料理を通して未知なるものに挑戦する気概を彼らに問おうとしたのじゃな?」
「そうなんです!あたしの目的はまさにその一点にのみあったわけで、そのために特に難度の高い課題を出したはずだったのに…」
「はずだった、とは?」
「あ、い、いえ」
「最後までその目的で審査した結果、全員その態度に問題あり…つまり不合格と判断したのではないのかな?」
「………いえ。テスト生に料理を軽んじる発言をされて、ついカッとなり…その際料理の作り方がテスト生全員に知られてしまうトラブルが重なりまして」

頭に血が上っているうちに試験が終了してしまった。
自分でも審査不十分であったことをメンチはしょんぼりと認める。
だけどネテロ会長はそれを叱責するでもなく、ほっほっほと朗らかに笑った。

「確かに試験官としてみれば問題もあろうが、一ツ星ハンターの称号を持つ美食ハンターとしては無理からぬこと。料理に対する情熱の証というわけじゃ」
「……会長」

こういう器の大きさはさすが奇人変人の集まるハンターの頂点に立つひとだよなぁ。
俺はしみじみ感心してしまって、あのメンチが大人しくなってしまうのも無理はないと思う。

というわけで、試験官はメンチのまま。審査のやり直しが決定した。

、飛行船に乗るみたいだぜ」
「…あぁ」

少し離れた場所にある山に向かう。
真ん中がふたつに割れてる、特徴的な山だ。

「再試験、何するんだろうねキルア」
「さーな。ゆで卵って言ってたけど、普通のじゃねーだろうし」
はどんな試験だと思う?」
「………世界中を渡り歩く美食ハンターなんだから、珍しい卵をとってくるとかじゃないか?」

っていうか俺は試験内容知ってるんだけど。
確かものすっごい高さを命綱なしで飛び降りないといけないんだよなー…。
俺飛び降りれっかな。飛行船から落ちるよりはいいだろうけど。
………念使って周りの時間を落とせばまあなんとか?

窓の外を眺めていると、もうマフタツ山の頂上に到着していて。
飛行船から降りるようにアナウンスが流れる。

外へ出てみれば、そこにあったのは深い深い谷。
この谷が山を中央から分断している部分である。覗き込めば深くて下が見えない。
メンチの説明によれば下は川なんだとか。吹き上げる風は確かに水気を帯びている。
この谷にはクモワシという鳥が巣を作っていて、ものすごくおいしい卵がある。
断崖の間を頑丈な糸が蜘蛛の巣のようにかけられ、そこに卵がぶら下がってるのだ。

「これでゆで卵を作るのよ」

実際にメンチが飛び降りて卵をひとつゲットし戻ってくる。
川は激流で、落ちると数十キロ先の海までノンストップらしい。
だから気をつけて、って言われるけど……うん、気をつけるとかのレベルじゃないよなー。
………よし、飛び降りる前に深呼吸。
吸ってー、吐いてー、吸ってー…。

「あーよかった」
「こういうの待ってたんだよね!」
、いこうぜ!」

吐いてー、吸っ…………てえええええええええええぇぇぇぇぇ!!!?

キルアに腕をつかまれて俺は足の裏から地面が離れるのを感じるばかり。
心の準備まだできてないんですけどー!!何してくれてんのキルアー!!!??

瞬きを止めて周囲の時間を遅くする。正確には俺の時間を加速してるんだけど。
ゆっくりと視界が移り変わって、俺の横にクモワシの巣の糸がきた。
そのまま手を伸ばして糸をつかみ、あとは卵をゲットして崖の方に戻るだけ。
足にオーラを集めて勢いをつけ、崖を駆けあがる。

………よっし、なんとか帰ってこれた!!
危ない危ない、キルアに殺されるところだった。ひー、いまごろ動悸が。

「楽勝、楽勝!」
「あとはあの鍋に入れれば終了か」
「こんぐらいの試験のがありがたいぜ」
「どんな味がするのかなぁ。楽しみだね」

絶品というクモワシの卵。うん、俺も楽しみ!





説明的な回になりましたスミマセン。

[2012年 1月 23日]