第103話

クモワシの卵、いやもうさ…絶品とかいうレベルじゃなかった…!
おおおお、これは誰かに食べさせてあげたいぐらいだ。喜びを分かち合いたい。
シャルに持ってきたいよなー、ハンター試験の土産だって。
アンも喜ぶかな。あ、食べ物に関してはイリカとかケーキ屋の店長のがいいか?
メイサも仕事で飛び回ってるみたいだし、クモワシの卵は食べたことあるのかな。

濃厚、っていうか口に入れた瞬間溶けるんだけどしっかり味は残る。
ふわっと身体が軽くなる。なんていうのか、力が溢れてくる感じだ。
ほらあれ、食べたくて食べたくて仕方なかった好物を口に入れた瞬間の幸せみたいな!

こりゃ病みつきになるよなー。
口の中の卵を味わっていると、じーっとこちらを見つめる視線が。
………あの、サトツさん。なぜこちらを凝視しているんでしょうかね。
あ、そういえばサトツさんも何も食べてないのかな。お腹空いてるとか?
えっと………。

「………食べかけでよければ、どうぞ」
「おや、いただけるのですか」

そんだけ見られてたら食べられないって。
差し出した卵を受け取ったサトツさんはぱくりとひと口で残りを食べてしまう。
………………………あの、口が見えなかったんですが。
サトツさんって口がないんだけど、どうやって食べたり飲んだりしてるわけ!?
じっと見てたのにわからなかったってどういうこと!

「あぁ、やはりこれは絶品です」
「………そうですね」

あの口元というかヒゲの辺りを触ってみたい。
もしかして針の孔のような小ささで口があったりするんじゃなかろうか。

「第二次試験合格者、42名!」

無事に試験が終了し、通過した者たちの歓声が上がる。
合格者たちは飛行船に乗り、次の目的地へと移動することになった。
脱落者は別ルートで帰ることになるらしい。
次の目的地に到着するのは翌日の朝。それまでは自由行動だ。

「自由だって!」
「あぁ、ゴン。飛行船の中、探検しようぜ」
「うん!」

ちびっ子たちは元気である。あんだけ走った後だっていうのに。
クラピカとレオリオは壁に背中を預けて腰を下ろしている。うん、それが普通だよな。

も来るだろ?」
「俺は………」

どうしようかな、まだ体力的には余裕あるんだけど。
でも次の試験は多分トリックタワーだろうから、温存しておきたい気もする。
ベッドで休めるわけでもないし、体力回復には時間かかりそうだよなー。
一瞬悩んだところで、携帯がポケットの中で振動した。

「悪い、電話」

キルアたちから少し離れて通話ボタンを押す。発信者はシャルだったから。
大丈夫だとは思うけど、クラピカの前で話すのは微妙に気が引ける。

『もしもし?』
「あぁ、どうした」
『俺マンションに帰ろうかと思ってるんだけど、いまいる?』
「あー…悪い、いまハンター試験に参加してる」
『へ?なんだ受けることにしたんだ。興味なさそうだったのに』
「仕事の都合で」
『ふーん。じゃあ帰ってもいないのかー、夕飯期待してたのに』
「たまには自分で作れ。俺はお前の料理をろくに食べた記憶がないぞ」
『あはは、いつかご馳走するよ』

前に簡単なもの作ってくれたけど、料理経験がほとんどないとは思えない出来だった。

「料理といえば…クモワシの卵食べたことあるか?」
『クモワシ…?あぁ、なんかすごいうまいって聞いたことはあるけど』
「ちょうどさっき食べたところ。食べさせてやりたいぐらいうまかったよ」
『へー、がそう言うならおいしいんだろうな』
「今度食べてみるといい。土産に持ってければよかったんだけど、腐っても困るし」

………あ、でも俺の念能力使えば長期保存とかできるかもしれなかった。
完全にそれを忘れてたよ、くっそー惜しいことしたな。まあ、仕方ない。
シャルとその後も少しだけ雑談して、じゃあまた今度と通話を終了する。
話の途中で離れてしまったからキルアたちに謝って戻ると。
なんだか珍妙な顔したキルアとクラピカが俺を見上げていた。え、何?

「………
「…何だ?」
「いまの電話の相手って、誰」

え、なんでそんな怖い顔してんのキルア。
誰って言われても…クラピカの前でシャルのこと話すわけにも。えーと、あーと。

「………友達、かな?」
「ふーん」

じとー…っとしたキルアの視線が痛いですー!
俺そんな睨まれるようなことしてないじゃんか。え、話の腰折ったから?
訳がわからなくて混乱してると、行こうぜとキルアはゴンを連れて船内探検へ。
………がーん、置いてかれた。いや、ついていこうか迷ってたところだったけど。
しょんぼりと溜め息を吐いていると、やや躊躇いがちにクラピカが声をかけてきた。

「…、その」
「…ん?」
「恋人がいないというのは、本当か?」

どうしてそこで俺のハートを抉るんですかクラピカさん!!?

「………本当だけど」
「………………そうか。やはり、難しいものか?」
「そもそも俺個人に原因があるんだ。……諦めてるよ」

そうだよ、俺に素敵な恋人ができるはずないんだよ。
あはは、なんかもう泣きながら笑うしかないって状況で肩をすくめちゃうよお兄さん。
キルアにつんけんされ、クラピカに心抉られ、俺は傷心もいいところだ。

「…少し、俺も歩いてくる」

この場にいるには俺の心はガラス製すぎて。
気分転換でもしてこよう、と歩き出したのであった。





どうしてそう自虐的なんだ君は。

[2012年 1月 26日]