第103話―クラピカ視点

とにかく、驚いた。
まさか彼に再会することがあるとは想像もしていなかったから。
いや、どこかでずっと期待はしていた。生きている限り、また出会うこともあるだろうと。

故郷を失い、同胞を失い、全てを失った私に生きる力を与えてくれた存在。
共に過ごした時間は本当に短かったが、それでもあの期間は私には特別なもの。
と出会って、悪夢の夜が減った。悪夢を見たとしても、恐怖に負けなくなった。
必ずその先には光があって、私はそこへ辿り着けるのだと。辿り着いてみせるのだと。
そうして悪夢を打ち負かすことができるようになったのだ。

私から全てを奪った幻影旅団。
いつか彼らを捕えてみせる、と誓って数年。ようやく身も心も整った。
その足がかりとしてハンターの資格を得るために足を運んだ試験会場。
そこで彼に再会したのは、何かの采配のように思えてならない。

「覚えてもらえてて嬉しいよ」

そう彼は言っていたが、私こそ忘れられていると思っていた。
それでいいとも思っていたし、もし再会することがあれば改めて自己紹介しようかと考えて。
けれどそんな必要もなく、は私のことを覚えてくれていた。
彼にとっては仕事や旅の途中、ただ一瞬交差しただけの存在だっただろうに。

どうやらはキルアと既知らしい。
キルアの師匠だと言っていたから、ある意味で私とは兄弟弟子になるのか。
私もに木刀の鍛錬をしてもらったことがある。
初めて使うと言っていたのにあっという間に会得して、悔しかったことを覚えている。
目の前にいるキルアも、身体能力はかなりのもの。
本気を出している様子もないから、私やレオリオよりも高い戦闘技術を持つのかもしれない。

では彼の師匠というは、いったいどれほどの強さなのだろう。

気になったものの、二次試験の課題は料理。
戦闘能力を見極めるには向かない課題であり、しかもはあまり気乗りしていない。
グレイトスタンプはあっさりとクリアしたが、スシに関しては全く作る素振りを見せず。
呑気に食事をとっていたぐらいだ。………まあ、私もひとつもらったが。

まさかの合格者なし、という結果に受験生が不満をぶつけはじめた。
それを鬱陶しそうに見ていたは建物から出ていこうとする。
……まさか試験が終了したから帰る、というわけじゃないだろうな?
不安になって追いかけようとしたと同時に聞こえてくる、ネテロ会長の声。
外に出ればの見上げる先に飛行船があった。

もしや、会長の来訪を察知したというのだろうか。

「…そういやもあんぐらいの高さから飛び降りたよな」
「キルア。あれは飛び降りたんじゃなくて、落とされたんだ」

飛行船からその身ひとつで飛び降りてきたネテロ会長。
だいぶ人間としての限界を超えている言動だと思われたが。
傷ひとつなく立つネテロ会長は、どうやら何もかもが規格外らしい。
………それと同じように、も超人の部類に入るのだろうか。

「それで怪我とかしなかったの?」
「……まあ、なんとか」
「ぴんぴんしてたじゃん。俺でもあの高さはヤバイと思うぜ」
「その割にあのとき大して慌ててなかった気がするが」
がなんとかしてくれっかなーと思って」

そんなやり取りが聞こえてくる。

「……おい、クラピカよ」
「何だ」
「あのって男は、いったい何者だ?」
「彼は彼だろう。私が言えることはない」
「…どうにもこう、寒気っていうか得体の知れない感じがすんだよな」
「………確かに常人ではないのだろう。だが、その心までも危険なわけではない」

むしろ彼は本来とても優しいひとなのではないか、と思う。
取り乱す幼かった私を放置することなく、むしろ落ち着くよう心を砕いてくれた。
その後だって修行に付き合ってくれたりもした。
キルアと一緒にいる姿を見ると、まるで兄弟のように微笑ましい。

……だがレオリオの言うこともわかる。
のまとう空気は明らかに堅気のものではないからだ。
一般人であれば踏み入れることもないだろう世界の臭いが彼からはする。





二次試験は再試験ということで、私たちもそれを受けて無事に合格することができた。
崖の間に張り巡らされた糸にぶら下がるクモワシの卵をとってくるのが課題。
の動きを目でとらえることは難しく、しかも崖を両足で蹴りながら上がっていった。
脚力でどうこうできるものなのだろうか、と驚いてしまう。

次の目的地へは飛行船で移動することになり、到着するまでは自由時間。
ここまでの試験でだいぶ体力を消耗したから私は休むつもりで腰を下ろした。
しかしゴンとキルアはまだ元気が有り余っているらしく、船内を探検するそうだ。

も来るだろ?」
「俺は………」

答えようとしたの携帯が鳴り、悪いと断って彼は私たちから少し離れた。
けれど声はそれなりに聞こえてくる。
電話に応じる彼の声は穏やかで、気を許している相手らしい。
………もしかして、前に会ったときにも電話をしていた相手だろうか。

「あー…悪い、いまハンター試験に参加してる。………仕事の都合で」

淡々とした彼の声が、少しだけ申し訳なさそうに低められた。
会いたい、とでも言われたのだろうか。

「たまには自分で作れ。俺はお前の料理をろくに食べた記憶がないぞ」

………料理?
の料理が食べたいとでも言われたのかもしれない。
キルアが言うには彼はかなり料理が上手いという。
確かに二次試験で食べさせてもらったお握りとやらもおいしかった。
彼曰く、これは料理ってレベルじゃないということだったが。

「料理といえば…クモワシの卵食べたことあるか?」

やや楽しげな声で試験の内容を報告もしている。
やはり相当に気心知れた相手なのだろう。

「ちょうどさっき食べたところ。食べさせてやりたいぐらいうまかったよ」

彼にそこまで言わせる相手は、やはり「可愛い」ひとだろうか。
そう考えていると、ゴンと並んで立っていたキルアの表情の変化に気づいた。
どうやら苛立っている…というか拗ねているらしい。空気が刺々しい。
それをレオリオも感じ取ったのだろう、からかうように口を開いた。

「ありゃ、女かぁ?」
「…レオリオ、そういうプライベートな部分に触れるのはデリカシーがないぞ」
「どうせ俺はデリカシーがねえよ」
「女なんじゃねーの?あいつ、いろんな女がいるみたいだし」
「え、そうなんだ。って女たらし?」
「………ゴンからそんな単語が出てくると違和感があるな」
「なんで?」

きょとんと目を瞬くゴンにレオリオは渋い顔。
…確かにゴンは無邪気な子供という印象が強いから、色恋沙汰には疎そうだ。
けれどそれは私たちの勝手な印象であり、実際とは異なるものだろう。

「キルア。には恋人がいるんじゃないのか?」
「いねーと思う。聞いたら特定の恋人はいないって言ってたし」
「っかー!つまりその場その場での後腐れない関係はあるってことか」
「………妙だな。前に大切な可愛いひとがいると言っていたんだが」
「え、マジで!?」

そこでキルアがぎょっと驚く。
………こんな顔をさせるぐらい、は女性関係にだらしがないんだろうか。

「でもよ、大切つっても恋人とは言ってないんだろ?」
「………………。…………そうだな、恋人とは言っていなかった」

そうか、考えもしなかったが恋人以外の可能性もあるのか。

「あ、じゃあ親とか兄弟とかの可能性もあるよね」
「親を可愛いとは言わねーだろ。……それもないと思うぜ」
「なんでだよ」
「……あいつ、故郷も家族もいないらしいから」

通話を終えたのか、携帯をしまうが見える。
キルアの落とした言葉は重く、私たちの口を一瞬閉じさせた。
そうこうしているうちにが戻ってくる。
彼に何と声をかければいいのかわからず迷っていると、キルアが口を開いた。

「………
「…何だ?」
「いまの電話の相手って、誰」

そう問われて、少しだけ彼の焦げ茶の瞳が揺れる。

「………友達、かな?」
「ふーん」

キルアの視線を受けて、の瞳に痛みにも似た色がよぎる。
…私のただの気のせいかもしれないが、少し苦しげで。
それを悟ったのか、キルアはゴンを連れて立ち去ってしまう。
深く追求するべきではないと、思ったのかもしれない。

残されたは小さく溜め息を吐いて、その横顔は悲しげだ。
彼は表情がほとんど変化しないから、私の勝手な憶測だが。

「…、その」
「…ん?」
「恋人がいないというのは、本当か?」

確認のために尋ねると、彼は小さく息を呑んだ。

「………本当だけど」
「………………そうか。やはり、難しいものか?」

は日の下で何に怯えることもない平和な生活をしている人間ではない。
むしろ死がすぐそばに転がっているような、そんな世界で生きているひとだ。
そしてキルアの言葉が本当なら、故郷も家族もない。
………私も同じだから言えることだが。
全てを失った経験は、新しい大切な存在を作ることに躊躇いを生む。

また失ってしまったら?守れなかったら?常にそんな不安がまとわりつく。
その上には裏の世界に生きる者だ。なおさら愛する者をつくることは、難しい。

「そもそも俺個人に原因があるんだ。……諦めてるよ」

それを自覚している彼は、ただ笑った。
まるで泣いているようにも見える、ほのかな微笑。

小さく肩をすくめ、話はここまでとばかりに彼は歩いてくると立ち去る。

その背中を、私はただ見送ることしかできず。
レオリオも黙って遠ざかる背中を見つめていた。





美化されとる。

[2012年 1月 26日]