第140話―レオリオ視点
ゾルディック暗殺一家が住む、ククルーマウンテン。
山周りの敷地全部がゾルディック家の庭、なんつー規格外の場所。
こんなとこで育ったのかキルアは。そりゃ生意気なお子様になるわけだぜ。
ここに立ち入るには、試しの門なんてもんを開けられることが必要らしい。
一番ちっさい扉でもトンを超える重さがある。それを人力で開けるんだぜ?
つまり、この扉の先にいる奴等は化け物ってことだ。俺たちと生きる世界が違う。
ま、あのイルミとかいうキルアの兄貴のことを思い出せば納得ではあるが。
ダチなんていらねえっていう、イルミの言い分は気に入らねぇ。
ゴンがキルアを迎えに行くってんなら、俺たちはその手伝いをしてやろうじゃないか。
「やったー!!開いたー!!」
だからって、二十日ぐらいで開けられるようになるとは思ってなかった。
ゴンがおっそろしい身体能力だってのはわかってたが…俺も実はけっこうなもんじゃねえか?
そうだよなー、ハンター試験に合格したレオリオ様だぜ。トンなんて楽勝!
…とはいったものの、だ。
俺たちから離れた場所でぼけーっとしてるを横目で見る。
あいつは修行なんてしなくても、あっさりと扉を開けちまってた。
少し憂鬱そうな顔をしていたと視線が合う。が、あいつは何も口にすることなく。
小さく溜め息を吐いた。…おい、それはどういう意味の溜め息だこら。
門は開けられたな、とばかりにはゼブロのおっさんと短くやり取りをかわして。
本邸を目指すぞと一本道をすたすた進み始めた。
ゴンが教えられた話じゃ、こっから先はまた未知の領域らしい。
「ゼブロさんは行ったことないらしいけど、は行ってきたんだよね?」
「あぁ」
俺たちがひいひい特訓してるときに、すげえ勢いで走り抜けていったもんな。
イルミの用事を済ませてきたらしいが。ならお前がキルアを連れ戻せばいいだろうに。
……ゾルディック家に口出しはしない、ってこいつのスタンスはわかってるつもりだが。
それでも、もどかしい。キルアのことすげえ大事にしてるくせに、どうして距離を置くんだ。
「何度も足を運んでいるのか?」
「まだ数えるほどしか。仕事絡みでもないと、寄らないよ」
イルミとが組んで仕事をするなんざ、想像するだけでおっかねぇ。
「暗殺一家の家だろぉ?どんな物騒な建物だよ」
「…建物自体は普通…………でもないか」
「建物からすでに普通ではないのか。所有地を考えればおかしくはないが」
「どんな風にすごいの?すごーくおっきいとか?」
「ゴン、お前の発想は平和だな。俺は羨ましいぜ」
「?」
「確かに広いし温泉とかもあるけど」
「温泉!?」
物騒な家で、さらにはお坊ちゃまか!!
家に温泉があるなんて、どんな豪勢な生活してやがんだあのガキ!!畜生、羨ましい。
「拷問部屋とか、独房とかが、普通にある」
「うへー」
あ、それは全然羨ましくねぇわ。
「それは…尋問に使うとか?」
「いや?拷問をするっていうよりは、されたとき用の訓練かな。あとお仕置き」
「お仕置き…」
「ゾルディック家なりの、教育の場というか」
「っかー!マジで非常識な家だな!!」
そりゃ普通に考えれば、暗殺って仕事は危険と隣り合わせだ。
失敗して捕まりでもすりゃ、依頼主が誰なのか情報を吐かされそうになる。
けどプロってのは、そういう情報は絶対に漏らさないのが鉄則。
……とはいえ、拷問に耐える訓練までされてるって。自分の子供を拷問するってことか?
お仕置き、のレベルが違いすぎるだろ。
「お仕置きかぁ。俺もミトさんにお尻叩かれたりしたことあったよ、すごく痛いんだ」
「それが一般家庭のお仕置きだよな。お子様用の」
「えー、じゃあレオリオはどんなお仕置き受けたことあるのさ」
「そりゃもう大人の」
「くだらない話をゴンに教え込むな」
いでっ、相変わらずすぐ拳に訴えるのやめろよクラピカ!
「は?どんなお仕置きされたことある?」
無邪気に投げたゴンの質問に、なんでかあいつの焦げ茶の瞳が揺れた。
何かを思い出そうと細めた目。それを見て俺はどうしてか焦る。
地雷踏んだんじゃないか、となぜかひやっとした。
けどは意外とあっさりと質問に答える。
「多分、ゴンたちみたいに普通なものじゃないと思う」
「…っつーかよ、お前がお仕置きとか受けてるのが想像つかねえんだが」
「俺にだって子供の頃はあったし、失敗だってしてる」
まあ、誰だってそれはそうなんだろうけどな。
こいつの場合、裏稼業ってことなんだろうから、失敗はまんま死に直結するんじゃないか?
「責任の取り方を、教えてもらったかな」
「責任?」
「自分の失敗は、あとで自分に返ってくる。だからその覚悟をもって、責任が取れるように行動しろって教えられた」
「覚悟と…責任」
仕事に失敗した場合、自分で償えってことかね。
それぐらいの覚悟がないと、物騒な世界では生きていけないんだろう。
こいつの場合、好き好んでそんな世界にいるわけじゃないような気もするんだが。
ハンター試験も合格したし、これからはまっとうな仕事にだってつけんだろ。
たまたま物心ついたときにはヤバイ世界にいて、その生き方しか知らなかっただけ。
そういうヤツはいくらでもいる。だからこそ、これからは自分の人生を自分で選べばいい。
「………?」
不思議そうなゴンの声につられて視線を動かすと、の頬を流れる涙。
ぽろりと零れ落ちたそれに、誰よりも当人が驚いてるらしかった。
「う……わ………」
そう声を漏らして、慌てて目許をぬぐう。その仕草が子供みたいで。
「お、おい、どうした?なんだよいきなり」
「どこか痛いの?怪我とか病気とか?」
なんでもない、と身振りで伝えては後退する。
逃げようとするかのような手をつかんだのは、クラピカだった。
「、大丈夫だ」
言い聞かせるような声音に、こいつはの涙の意味をわかってるのかもしれないと思う。
いままでの会話の流れで、泣くようなことがあっただろうか。
責任の取り方を教えてもらった。
そうは言ってたな。失敗したことだってあった、と過去を振り返って。
……あれか?に仕事を教えた誰かが、の失敗をフォローして死んじまったとか。
もしくは、仕事に失敗して死ぬ姿を間近で見たことが過去にあったとか。
いまのこいつなら、誰が死のうが気にしないように見える。失敗したなら、自業自得だと。
けどよ、こんな風に思い出して泣けるような存在がいるなら。
…ああこいつは人間の心を持ってるヤツなんだ、と安心できる。
誰かを想って泣けるなら、大丈夫だ。信用できる、とようやく心から思えた。
得体の知れないヤツだったから、つい構えちまってたけど。
いや、いまも俺とは違う世界で生きてるんだろうと思ってはいるが。
それでも、分かり合える部分はあるんだって感じられたわけだ。
「………ありがとう、平気だクラピカ」
「ね、」
「ん」
「涙はね、我慢しちゃいけないんだって」
そう言ってゴンがに抱き着く。
遠慮なく抱き着くゴンを、こいつは振り払わず静かに耳を傾けてた。
「我慢すると、泣けなくなっちゃうらしいよ。感情のせいで泣けるのって人間だけだから、泣きたいときは泣くべきなんだって。ミトさんが言ってた」
「…そうか」
ゴンの言う通りだ、遠慮なんかしてんじゃねーや。
言いたいこと、吐き出したいことがあんなら、それをぶちまけてくれた方がいい。
俺たちが一緒にいるのは、そういうときに傍にいてやれるためでもあるんだ。
「そうだぜ、泣け泣け。理由はわからねえが、泣いてる姿でも見せてくれる方が人間らしくてこっちはほっとするぜ」
「ああ。私たちとしても、心を許されているようで嬉しい」
俺たちの言葉に、はかすかに眉を下げる。
多分こりゃ、困った顔……か?けどすぐにふっと息を漏らして。
「ありがとう。少し、楽になった」
そう穏やかな声で礼を言ったに、俺は硬直しちまった。
クラピカも固まってるのがわかるが、ゴンはむしろ満面の笑み。
いや、普通は固まるだろ。そんな俺たちにが怪訝な顔してるけどよ。
だ、だって、おい。
が笑っただとおお!?
表情筋が、表情筋が動いた!
[2012年 11月 11日]