第141話

なんでだか硬直したクラピカとレオリオを放置して。
ゴンは俺の手を引っ張って道なりにどんどん進んでいく。い、いいのか放置で。
ちらちらと振り返れば、ようやく我に返ったのか追いかけてくる二人が見える。

なんで二人とも驚いた顔してたんだ…俺がお礼を言うのはそんなに意外か。
別に鼻水が垂れてたわけでもなし、ともう一度確認。うん、大丈夫だ。

結局わからないまま森を進んでいく。
しばらく歩いていくと、小さな門のようなものがあって。鉄線によって敷地が区切られている。
ここから先は違う領域だと無言で宣言しているようだった。

「……君、誰?」

ゴンが向けた言葉を受け取ったのは、区切られた敷地の中にいる少女。
表情のない、忠実に命令に従う者の顔。これがカナリアの仕事中の顔だ。
俺が彼女と会うのはキルアと一緒のときが多かったから、こういう表情は初めて見る。
それにこの間会ったときだって、すごく心配そうな顔をしてた。

キルアのことをすごく大切に思ってる女の子。
ゾルディック家に仕える人間の大半は、キルアを心底大事にしてる。
だからこそ、簡単に道を開けることはできないだろう。

「俺、ゴン!キルアに会いに来たんだ。後ろの三人はレオリオと、クラピカ。あと
「よっ」
「俺たち、この先の屋敷に…」
「帰りなさい」

淡々と割って入った声には、感情どころか温度すらも感じられない。
………俺これを初対面でやられたらビビって帰るわ、即行で。

「あなた達がいる場所は私有地よ。断りなく立ち入ることはできないわ」
「…おい、こっちは名前聞いてんだぜ。答えるのが礼儀ってもんだろ」
「……私は、あなた達の名前を聞こうとは思わない」
「なっ!?てめぇ」
「よさないか、おとなげない」

米神に血管を浮き上がらせたレオリオを、クラピカが制する。
筋の通らないものが嫌いだもんなーレオリオ。
ちゃらんぽらんに見えて、実はけっこう礼儀とかにうるさい。…自分も大概適当なのに。
ひととして大事なところを踏みつけられると、すっごく怒るんだよな。さすが兄貴肌。

「もう一度言うわ。出ていきなさい」

カナリアの繰り返しの勧告に、ゴンの表情が引き締まったのがわかる。
小声で言い合っていたクラピカとレオリオも、言葉を止めた。

「ここは、ゾルディック家の敷地内。誰も断りなしに入ることは許されないの」
「ちゃんと電話したよ。全員、試しの門から入ってきたし」
「でも、執事室が入庭を許したわけではないでしょう?」
「じゃあどうしたら許可がもらえるの?友達だって言っても、繋いでくれないしさ」
「さあ、わからないわ。許可した前例がないから」
「……じゃあ結局、無断で入るしかないじゃん」

ぶすっと頬を膨らませたゴンに「そういやそうね」とカナリアも同意する。
手にしたステッキの先で地面に一直線の線を描く。
そうしてカナリアは、この線を越えたら実力で排除すると宣言した。
つまり、許されるのはあのラインまで。そこから先は通さない、ってことだ。

ヒソカみたいにあからさまな殺気じゃない。
静かに俺たちを見据えるカナリアに、敵意というものは感じられない。
ただ命令を遂行する。使用人としての顔がそこにあるだけだ。

「………

ぽん、と腕を叩かれて視線を落とすとクラピカが俺を見上げている。
なんだ?と首を傾げれば、落ち着いた声を響かせた。

「お前は、どうして本邸に入れるんだ?」
「………え」
「あ、そうだ!おめーは普通に出入りしてんじゃねぇか!おい嬢ちゃん!前例がないって言うが、こいつは許可されて立ち入ってんだろ!?」

ずびし!と指さされて俺はちょっと仰け反る。
ま、まあ、そうなんだけどさ。確かに制限されることなく俺はお邪魔させてもらってるわけだけど。
でも別に友人として招かれてるわけじゃなくてだな、パシリというか。
………あれは絶対、イルミの所有物的な扱いでOKされてるだけだと思うんだよねー…。

様は大事な取引相手。仕事という正当な理由があって招かれているの」
「………まあ、仕事以外でここに足を運びたくはないな」
「え、キルアに会いたくないの?」
「キルアには、できれば外で会いたいよ」

こんな怖い場所じゃゆっくり遊べもしないじゃんか!

「うん、だよね」

満足げに頷いたゴンは、大きな目に強い光を灯すと力強く一歩を踏み出した。
カナリアもステッキを握って応戦の体勢に入る。

大切な友達を迎えに行くため進もうとするゴンと。
大切な主を守るために道を阻むカナリアの。

根競べのスタートだ。





呼び出されていつも出頭しているだけで、遊びに訪問しているわけではないのです。

[2012年 11月 29日]