第140話
「やったー!!開いたー!!」
たった二十日間で扉を開けられるようになったゴンたちに、俺はもうなんというか…。
ゴンなんて骨折も治っちゃってるしさ、ホント並みの生命力じゃない。
この桁外れのスピードで、どんどん成長していっちゃうんだろうなぁ。
俺が置いていかれる日も近いかもしれない、とちょっとばかし気持ちが沈む。
普通代表だと思ってたレオリオなんて、二の扉まで開けたからな。お前も敵か!
というわけで、第一段階はクリアしたから本邸を目指す。
扉から真っ直ぐに伸びている道を進んでいけば着くはずだ、とゼブロが見送ってくれた。
ありがとう!と元気にお礼を言ってゴンは山奥へと進んでいく。
「ゼブロさんは行ったことないらしいけど、は行ってきたんだよね?」
「あぁ」
「何度も足を運んでいるのか?」
「まだ数えるほどしか。仕事絡みでもないと、寄らないよ」
好き好んで寄りたい場所じゃない。お泊りなんてホント勘弁だ。
だって食事に毒が入ってるかもわからないんだぞ。そんなとこに滞在したくない。
「暗殺一家の家だろぉ?どんな物騒な建物だよ」
「…建物自体は普通…………でもないか」
「建物からすでに普通ではないのか。所有地を考えればおかしくはないが」
「どんな風にすごいの?すごーくおっきいとか?」
「ゴン、お前の発想は平和だな。俺は羨ましいぜ」
「?」
「確かに広いし温泉とかもあるけど」
「温泉!?」
そうそう、個人の家なのに温泉あんだよなー。
天然のものですの、とキキョウさんがえらく自慢してたっけ。
ククルーマウンテンって死火山のはずなんだけど、源泉はどうなってんだ。
「拷問部屋とか、独房とかが、普通にある」
「うへー」
「それは…尋問に使うとか?」
「いや?拷問をするっていうよりは、されたとき用の訓練かな。あとお仕置き」
「お仕置き…」
「ゾルディック家なりの、教育の場というか」
「っかー!マジで非常識な家だな!!」
うんうん俺もそう思う。
だってさ、めっちゃちびっ子の頃から拷問の訓練受けるらしいんだぜ。
天空闘技場で会った頃のキルアなんてそれはもう可愛かった。
あんな天使に拷問するとか、俺にはとてもできない。無理だ無理、可哀想すぎる。
だけど、それがゾルディックでの普通。むしろ愛情表現ですらある。
そうして訓練を受けたおかげで、いまのキルアがあることも否定できないんだよなぁ。
と考えると、あんまり強く否定もできなくて。
「お仕置きかぁ。俺もミトさんにお尻叩かれたりしたことあったよ、すごく痛いんだ」
「それが一般家庭のお仕置きだよな。お子様用の」
「えー、じゃあレオリオはどんなお仕置き受けたことあるのさ」
「そりゃもう大人の」
「くだらない話をゴンに教え込むな」
クラピカの鉄拳を受けてレオリオが地面に沈んだ。
お尻叩かれるのは確かに子どものうちにやられるポピュラーなお仕置きのひとつ。
あとは何があるかな。家から閉め出されたり?正座させられたりとか。
クラスメイトたちのお仕置き内容を聞いて、子供ながらに羨ましく思ったっけ。
え、なんでお仕置きが羨ましいかって?
うちのじーちゃんのお仕置きがえげつなかったからだよ!
暴力的なことはあんましてこない。あ、護身術の訓練に付き合わされたことはある。
でもじーちゃんのお仕置きってもっとこう、精神的に抉ってくるというか。
ひどいことするわけじゃないんだけど、ぐったり疲れることに巻き込まれた記憶があるなー。
いま思い返してみれば、大半は研究の手伝いだったんだけど。子供には重労働だった。
………肥溜めの中、小石サイズのものを探せって言われたときはマジ泣きしたけど。
「は?どんなお仕置きされたことある?」
過去を思い返してひっそり涙目になってた俺に、ゴンが無邪気に尋ねてきた。
俺の古傷を笑顔で広げるなよ!いや、まあ、自分でちょうど思い出してたとこだけど!!
「多分、ゴンたちみたいに普通なものじゃないと思う」
「…っつーかよ、お前がお仕置きとか受けてるのが想像つかねえんだが」
「俺にだって子供の頃はあったし、失敗だってしてる」
よくお茶こぼしてさー、ばーちゃんに慰めてもらったっけ。
火傷しなかった?ならよかった、と汚れた畳を気にせず俺の服を拭いてくれた。
危ないからこぼさないように気をつけようね、って頭を撫でてくれて。
ばーちゃんが優しかったぶん、じーちゃんが厳しかったんだよな。
机の端に湯飲みを置くなバカモン!っておもいっきり拳で頭をごつっとやられた。
そういや俺さ、昔は宿題とか嫌いでやらない子だったんだ。
夏休みの宿題なんて最終日にやるっていう典型。
でも絶対に期日までに宿題は片づけろ、ってじーちゃんが見張り番をしてくれて。
めそめそ泣きながら徹夜した記憶がある。
「責任の取り方を、教えてもらったかな」
「責任?」
「自分の失敗は、あとで自分に返ってくる。だからその覚悟をもって、責任が取れるように行動しろって教えられた」
「覚悟と…責任」
宿題をサボったのは俺自身が決めたことで、だけどそれはやるべき仕事だった。
だからじーちゃんは最後まで成し遂げられるよう、見守ってくれてた。
いま考えると、一緒になって明け方まで起きててくれてたってことなんだよ。
夜中、そっとポッキーを部屋の入口に置いてってくれもした。…子供の頃の俺の好物だ。
泣きながら宿題を仕上げて、ばーちゃんの布団にもぐりこんだ小さい頃。
頭を撫でてくれたばーちゃんの手に促されて眠りに落ちながら、聞こえてきた会話。
「来年は泣かずに済むといいですねぇ」「バカは学ばんからな、繰り返すぞ」なんて。
「じゃあ、学ぶまで私たちが見ていてあげないといけませんね」って優しい声。
ばーちゃんの言葉に、じーちゃんは否定をしなかったと思う。
思い出してきたらなんかもう胸いっぱいになってきちゃって。
「………?」
気がついたら、ぽろりと涙がこぼれてた。
「う……わ………」
「お、おい、どうした?なんだよいきなり」
「どこか痛いの?怪我とか病気とか?」
ゴンとレオリオが慌てた様子で声をかけてくるけど、俺はもう恥ずかしくて。
おいおい、いい年こいて思い出を振り返って泣くとかないだろ!いや、むしろ年食ったからか!?
にしたって何やってんだ俺!!ちょ、めちゃくちゃ恥ずかしい!!
ぬぐってもぬぐっても出てくる涙に、もうどうしたらいいかわからなくて。
目を隠しながら、ゴンたちから離れようと後ろに下がる。でも。
「、大丈夫だ」
ぐっと手をつかまれた。クラピカの手だ、ってすぐにわかる。
うおー、やめろよー、俺この間もお前に甘やかされたじゃん。年上なのにみっともない。
あれかな、クラピカにじーちゃんたちの話したから思い出してホームシックなのかな。
こっちの世界に来て何年も経つってのに、いまさら?鈍くさすぎるだろ俺。
「………ありがとう、平気だクラピカ」
「ね、」
「ん」
「涙はね、我慢しちゃいけないんだって」
そう言ってゴンがむぎゅっと俺を抱き締めた。
というよりは、抱き着くって感じに近いかな。子供体温でぬっくぬくだ。
「我慢すると、泣けなくなっちゃうらしいよ。感情のせいで泣けるのって人間だけだから、泣きたいときは泣くべきなんだって。ミトさんが言ってた」
「…そうか」
「そうだぜ、泣け泣け。理由はわからねえが、泣いてる姿でも見せてくれる方が人間らしくてこっちはほっとするぜ」
「ああ。私たちとしても、心を許されているようで嬉しい」
………すんげー情けないとこ見せてんのに、優しいなーもう。
うん、ちょっとすっきりした。そういえばあっちの世界での話なんて、あんましてこなかった。
たまには聞いてもらって、ちょっと泣いたりしてすっきりした方がいいのかもしれない。
恥ずかしいから、あんましたくないけど。
「ありがとう。少し、楽になった」
照れ臭くって笑いながらお礼を言うと、ゴンは満面の笑みで頷いてくれて。
ただ、レオリオとクラピカがびしっと音を立てて硬直したのは納得いかない。
なんでだ、なんで硬直したんだ。
はっ!?まさか、鼻水とかでも垂れてたんじゃ…!!?
珍しく感情を垂れ流したからですよ。
[2012年 11月 9日]