第142話―カナリア視点

どうして、何度も何度も立ち上がるの。
もうボロボロで、顔なんて原型をとどめていない。
目なんて見えないでしょう、手足に力も入らないでしょう。
頭の芯を揺らすような殴り方もしたから、吐き気や眩暈だってしてるはず。

なのに、ゴンっていう子はどうして。





やって来たキルア様の「お友達」。
彼らが本当にご友人なんだろう、というのはすぐにわかった。
様が付き添うように傍にいたから。この人達はきっと信用できるのだろうと。

でも私はここで侵入者を阻むのが与えられた役目。
例え本物のキルア様のご友人であっても、許可なく立ち入らせるわけにはいかない。

だけど様を相手にして、はたしてそれができるかは自信がなかった。
命を懸けるつもりではあったけど、それでもきっと侵入を許してしまうと思う。
それぐらい、様と私との間には大きな実力差がある。
ただ立っているだけで感じる威圧感。これは念能力者なら理由がわかる、オーラ量の差だ。
きっとこれでもまだ抑えているはずなのに、私には十分に脅威に感じられる。

当然だわ、イルミ様と対等に仕事をされる方なんだもの。
それにキルア様のお師匠様でもある。

だから死ぬ覚悟で迎え撃とうとしたのだけど。
様はゴンという子に好きにさせるつもりのようで、少し離れた場所に移動してしまった。
木に背中を預けて瞳を伏せる。まるで長期戦になることをわかっていたみたいに。

金髪のひとと、長身のひとは、その場を動かず仲間を見守っている。
でも様は。どうなるか見えているかのように、終わりがくることを待っている。

「もういい加減にして!無駄なの、わかるでしょう!?絶対にこの線を越えることはできないの。無理なのよ!………っ…あなた達も止めてよ!仲間なん…!」

ゴンから目を離して後ろの二人に叫んで、私は言葉を止めた。

あんなにも強い眼差しを、見たことがない。
ゾルディック家の皆様や、先輩執事の人達も、怖いぐらいの眼差しを見せるけど。
この人達の目はそれとは違う。真っ直ぐで、驚くほど強靭で、だけど温かみがある。
心を持ち、それが命じるままに生きる人間の、強さ。

私には持ちえない強さがそこにはあって。
どうしたらいいのかわからなくなってくる。この人達に私は勝てない、そう思ってしまう。
でもこのままじゃダメなのに、と思わず私は様に視線を向けた。

木に寄りかかったままの彼は、伏せていた瞳を持ち上げていつの間にか私を見ていた。
使用人としての役目をまっとうできない私を責めるわけじゃない。
揺れ動いてしまった私の心を見透かしているような眼差しなのに。
焦げ茶の瞳はただ、こちらを見守っていてくれるような穏やかさがある。

「…なんでかな」
「…っ…」
「……友達に会いに来ただけ、なのに。…キルアに会いに来ただけなのに…!」

私の目の前に迫っていたゴンが、声を震わせた。
それはまるで私の中で暴れる心のように。

「どうしてこんなことしなくちゃならないんだ!!!」

私の気持ちを代弁するような叫びに、泣いてしまいたくなった。
友達になってよ、と。小さな小さなキルア様が声をかけてくださったことがあった。
あのとき私はすごく嬉しくて。でも使用人にそんなことを許されてはいない。

キルア様がずっと欲しがっていたもの。
それを与えてあげられる人達が、いま目の前にいる。なのに。

「………ねぇ、もう足入ってるよ。殴らなくていいの…?」
「!」

ゴンの足はもう、領域を侵していた。私が、守らなければいけない地を踏んでいた。
なのにこの手は武器を振るうことはできず、ただ震えるばかりで。
だって、キルア様がずっと欲しがっていたものがここにある。
どうして私がそれを排除できるというの。曇ったキルア様の顔なんて、二度と見たくないのに。

「君は、ミケとは違う」
「…っ…」
「どんなに感情を隠そうとしても、ちゃんと心がある。……キルアの名前を出したとき、一瞬だけど目が優しくなった」

私の心すらも包み込むような声に、肩から力が抜けていく。
…きっと、この人達なら大丈夫。あのお方を、心から笑顔でいさせてくれる。

「………………。…………お、願い。キルア様を…」

涙で視界が滲んでいく。
私にはあげられなかったものを、この人達なら。
託してもいいですよね?と様に心の中で問いかける。
きっと大丈夫。

「助けてあげて」

使用人として許されない行いをした、だから罰せられてしまうだろうけれど。
そんなことどうでもいい。だって私はキルア様が笑っていてくださればそれで。

心からの言葉をようやく音にできたと同時に。
瞬きの間に私の身体は誰かに強く抱きしめられ両足が地面から離れていた。
そして聞こえる銃声にも似た何かの衝撃音。

私が反応できなかったなんて、と目を見開く。
その視界に映ったのは、オーラを纏った小石が誰かの手によって弾かれていく光景。

!?」
「………大丈夫だ」

何が起こったのか判断できないまま、私は誰かに抱えられたまま地面に転がる。
すごく温かくてたくましいこの腕は、男性のもの。
瞬時にこんな反応ができるなんてまさか。だけど、そんな。

頭がいまいち動いてくれなくて、だけど目の中に入ってくる腕には見慣れた腕輪。
「秤の腕輪」と呼ばれるそれは、ゼノ様たちから様へ贈られたもの。
ひらひらと手を振っているのが見える。ちらりと視界に入った、手の平にある痣。
さっきの小石を弾いたときにできたもの。
私を守るために、できてしまった怪我。

「ごめんなさいねさん。まさかあなたが飛び出してくるとは思わなかったものだから」

私を襲う小石を放ったのは、キキョウ様だ。
森の中から姿を見せた奥様は、優雅な微笑みを浮かべているけれど声が冷たい。
お叱りは当然だ。私は命令に背いてしまったのだから。なのに。

「……いえ、俺が勝手にしたことですから」
「たかが見習い。放っておいてくださってよろしかったのに」
「キキョウさん。いくらなんでも頭を狙うのは可哀想だ。しかも女の子なのに」

私の頭をそっと撫でる大きな手。なんで、なんでなんでなんで!!

様…!お怪我、手が!」
「このぐらい平気だ」
「ですが!!キルア様になんと…!」
「いや、こんな小さな傷、気にすることでもないだろ」

なんでもない顔をしてらっしゃるけれど、気にしないでいられるわけがない。
私が受けるべき罰をなぜこのひとが受けているのだ。
がばっと手を確認するけれど、様はもう一度私の頭を撫でて立ち上がってしまった。
そして私が立ち上がるのを手伝うことまでされる。

本当に、なんで。
たかが使用人見習いのために、なんで。

でもこの優しさが、キルア様の心の拠り所だったのだ。

そしてご友人もできた。

それを見ることのできた私は、なんて幸せ者なのだろう。




私は使用人として命令を遂行することよりも、心のままに動くことを選んでしまった。
だからもう、迷わない。ここまできたら何をしても同じこと。
キルア様とご友人を絶対に再会させなければ。
その手伝いをするために、心配そうにしている皆さんへと口を開いた。





相変わらずオーラ量が勘違いされている主人公です。

[2012年 11月 30日]