第143話

カナリアが執事室まで案内してくれる、とのことで。
そこには本邸へ直接繋がる電話があるから、もしかしたらなんとかなるかもしれないと。
カナリアの申し出にゴンたちは甘えることにして、さらに奥へと進んでいく。
しばらくすると大きな屋敷が見えてきた。………何度見ても、でかい建物だ。

ここが本邸じゃなくて、執事たち専用の屋敷なのだと説明されてレオリオが驚く。
…だよなー、普通のレベルじゃないよな。使用人だけでこの豪邸ってさー。

執事室の前にはずらりと執事たちが並んで出迎える。
ゴンたちが近づくと全員が同時に頭を下げた。
静かすぎる執事たちが逆に不気味である。ゴトーさん、相変わらず無表情だよ。

「先日は大変失礼いたしました。奥様から連絡があり、あなた方を正式な客人として迎えるよう申しつけられました。傷の治療の用意もしてあります、どうぞ中へ」

そうして案内された客間は豪勢で、本当に本邸じゃないのかとクラピカたちが再度確認。
うんうん、俺たち一般人とは感覚が違いすぎるよな。どんだけ金持ちなの。
…いや、ゾルディックへの暗殺依頼の金額を考えたらわかるんだけど。

様」
「…ん?」

治療を受けるゴンたちを眺めていたら、ゴトーが静かに背後に立っていた。
ちょ、ちょっとびっくりするからやめてくださる…!?

「奥様が気にかけておられました。手の平を、見せていただけますか」
「あぁ…別に問題ない」
「わずかの傷でも申し訳ないと。傷が残るようでしたら、ゾルディック家が責任をとらせていただくともおっしゃっておられました」
「………そんな大げさな」

俺がひらりと手を見せれば、ゴトーはじっと傷があるはずの場所を見る。
実はもう念で治しちゃってあるんだよね。あれぐらいの傷ならすぐ巻き戻すだけで済むし。
両手とも無傷の状態であるのを確認して、ゴトーは眼鏡を押し上げて頷いた。
奥様は残念がるでしょうな、という言葉がぽつりと聞こえたけどどういう意味だそれ。

ゾルディックが責任をとるって何する気!?と怖い。
怪我を治しといてよかった、と俺はひとり胸を撫で下ろす羽目になった。
責任とって切腹を…!みたいなことになったら困る。いや、キキョウさんそんなことしないだろうが。

様はどうぞこちらに」
「…?」

他の執事が恭しく扉を開いた先に促され、俺は首を傾げた。
ゴンたちはここでお茶まで提供されてるのに俺だけのけもの?

「奥様より、お詫びの品が届けられております」
「いや、だからそこまで大げさにしてもらうようなことじゃ」
「どうぞお受け取り下さい」
「なんだよばっかり贔屓されて。ゴンだって大怪我してるっつーの」
「俺は全然気にしてないよ。はキルアの家族とずっと交流があるんだもん、当然じゃない?」
、私たちのことは気にしなくていい。行ってこい」

ゴンとクラピカの言葉に背中を押され、俺は仕方なく別室に行くことにした。
客間よりは狭いんだけど、ある意味でより豪華な部屋に通される。
これ、ゾルディック家の人達が滞在するときに使う部屋とかじゃないのか?
一人用の椅子がめっちゃふっかふかなんだけど!沈みそう!

「こちらが、奥様よりの品でございます」
「………」

小さな箱を渡され、恐る恐る開く。
…中から出てきたのは丸い機械のようなものだった。

「これは…?」
「ゾルディック家専用の通信機でございます」
「………え」
「何かございましたら、こちらで連絡をしていただければ。ご家族に直接繋がるものですので」

いや、え、ええ?家族専用の通信機じゃないのこれ?なんで俺がもらってんの?
家族に直接繋がるって…すでにキルアとかイルミは携帯知ってるから別にいいよ!!

このボタンが誰に繋がって、などの細かい説明を受けながら俺は冷や汗だらだら。
う、受け取りたくない。めっちゃ受け取りたくないんだけど…!!
だってつまりこれ、俺にもゾルディックの誰かから連絡がくる可能性があるってことだろ…!?
カルトだったら嬉しいが、キキョウさんとかシルバさんとかだと怖い。

「それでは様はこちらでお寛ぎ下さい」
「……ゴンたちのところに戻ったらいけないのか」
「しばし、ゲームに付き合っていただく予定ですので」
「ゲーム…」

ああ、あのコインゲームか。
俺は念を使えば多分あのゲームもクリアできると思うけど。
凄まじい緊迫感だった記憶があるから、そこに立ち会わなくていいのは助かるかもしれない。
本当に心臓弱いから、殺気溢れるゴトーさんたちと向かい合うのは勘弁してほしい。

「…わかった。あんまりゴンたちをいじめてやるなよ」
「キルア様のご友人です、丁重におもてなしさせていただきます」
「うん、まあお好きにどうぞ」

ゴンなら大丈夫というのを知ってるから、俺はそのまま見送る。
ぱたんと扉が閉じた音を聞きながら通信機を手の中で転がした。さて、どうしたもんか。
こんな貴重なもの、捨てるわけにもいかないしなー…。
もらったものだから故意に壊すってのもダメだろうし。…あ、携帯しなければいいのかな。
でも、なんで繋がらないの、とか迫られたら怖いよう。

って、早速着信音がするんですけどー!!?
出なきゃダメ?これ出なきゃダメなの?

「………もしもし」
『!ホントにの声だ』
「その声…カルトか?」
『うん』

よ、よかった…!カルトでよかった…!!
ぶるぶる通話ボタンを押す指が震えたなんてことは言えない。

、僕のところにはいつでも連絡して』
「うん、ありがとう。俺もカルトからの連絡なら嬉しいよ」
『…ホント?』
「本当に。ただ、いつでも出れるわけじゃないから、それはごめん」
『うん、わかってる。お仕事あるんだから、仕方ないよ』

可愛いなー、やっぱりゾルディック家のちびっ子は癒されるなー。
ゴンたちにはちょっと怖い態度だったけど、根は良い子なんだよなカルトも。
もうちょっと構ってあげたかったな、なんて思ってしまうぐらいには俺も好きなわけで。
…くそう、ゾルディック家の敷地内でなければな。ここだと落ち着かなくてしょうがない。

その後もまさしく雑談を続ける。
しばらくして、通話のむこうから『カルトちゃん?』というキキョウさんの声が聞こえた。

『…お母様』
『あら、早速使っているのね。ママにも使わせてもらえるかしら』
『うん』
『もしもしさん?先ほどはすみませんでしたわ』
「あ……いえ」

優しげな声が聞こえて、俺は思わず姿勢を正す。

『お詫びの品、気に入っていただけたかしら?』
「…俺が受け取るには貴重品すぎるような気がします」
『何をおっしゃいます、さんと我が家の仲ではありませんか』

どんな仲だっていうんですかキキョウさあああああん!!!
っていうかこれ、シルバさんやゼノさんの了承をちゃんととってるんだろうか。
まあ無断で配れるようなものではないはずだから、大丈夫だとは思うんだけど。

『キルのこと、よろしくお願いしますね』
「あ……はい」

そっか、そうだよな。
大切な息子がまた家を出るわけだから、親としては心配だろう。
しかもキルアはこの通信機は使わないに違いない。絶対、家に置いてくだろう。
代わりに傍にいる俺が持ってろ、ってことなのかな。それなら納得。

少しだけ寂しそうなキキョウさんの声は、完全に母親のもの。
物心つく頃には親がいなかった俺としては、こういう柔らかい声は憧れだ。
………こんなデンジャラスな母親はいらないけど。危険なのはじーちゃんで間に合ってる。

ようやく通話を終えて、俺はぐったり背もたれに寄りかかった。
大事な大事な後継者だもんなー、これ俺が保護者ってことになるのかな。
責任重大すぎて涙出てきそう。キルアたちと一緒に行動するつもりではあったけど。
俺は俺で、仕事やら石版探しやらで飛び回ることもあるだろうし。常に傍にいられるわけじゃない。
いや、うん、大丈夫だよな。ゴンもキルアも最終的にはどんな問題も乗り越えるよな!

「あ、いた!こんなとこにいたのかよ!」

乱暴にドアが開いて、そこから顔を出したのはキルア。後ろにゴンもいる。
おお、もう到着したのか。コインゲームも無事に終わったみたいだ。

「さっさと出ようぜ。早く早く!」
「……ひどい顔してるな、キルア」
「こんぐらい大したことねーよ、ほら早く!」

腕をつかんで俺を立たせたキルアが、ぐいぐい腕を引っ張る。
もう片方の手はゴンがつかんで、二人とも楽しそうにダッシュ。ま、待って待って!
引っ張られた状態で階段下りてくの怖いんですけど!落ちる落ちるー!!

開かれた玄関の前で立っていたクラピカとレオリオが、よくやく来たなと笑う。
執事たちは深々と頭を下げて見送ってくれて。
視線で何かを訴えてくるゴトーに、俺は小さく頷いた。キルアを頼むってことだろう。
最後にカナリアの頭を撫でて、俺はゴンたちと一緒に執事室を出る。

ようやく解放されるー!!と俺の足取りも軽くなるけど。
ポケットの中に転がる通信機の存在を思うと、ちょっとだけ気が重かった。




傷物になった場合はゾルディック家が責任をとってくれるそうです。

[2012年 12月 13日]