第143話―ゴトー視点

カナリアが「キルア様のご友人」を執事室まで連れてくるらしい。
侵入者を排除するという任務を放り出したばかりか、案内までしてくる。
ここへ辿り着くまでにトラップがいくつもあるのに、それを綺麗に避ける形で。

「失礼いたします、奥様。お呼びでしょうか」
「キルのこと、聞きましたか」
「…はい。シルバ様が外出を許可されたと」
「まったく、あのひとはいつもいつも私に相談もなく勝手に決めて」

ハンカチを握りしめた奥様は、愚痴をこぼすためだけに呼んだわけではないだろう。
これほどまでに悄然とした奥様を見るのは、キルア様が家出をなさったとき以来か。
世話の焼ける子供こそ可愛いとは言うが、それにしてもキルア様は自由なお方だ。
そののびやかさが魅力ではあるものの、こうした奥様を見るのは少々胸が痛い。

黙って奥様の嘆きを聞いていると、ようやく本題へと入ってくださるようだった。
小さな小箱を差し出し、「これをさんに」とおっしゃられる。

「…様に、でございますか?」
「ええ。少々怪我をさせてしまいましたの。あの綺麗なお肌に痕が残りでもしたらどうしましょう…ああでもその場合は、我がゾルディック家が責任を取ればよろしいのよね!」
「責任…でございますか」
「ええ。さんなら我が家に招いても、皆喜ぶでしょう?」
「さようでございますね」

むしろ一番喜ばれるのは奥様のような気がするが。
奥様はもちろん、あのイルミ様までもが信頼されている人間。
キルア様やカルト様、ミルキ様はすっかり兄のように慕っている姿も見る。
特異な人間だ。ゾルディック家に溶け込めるほどの闇の匂いをまとっているというのに。
どこか温かみを感じさせる。それはきっと、キルア様が求め焦がれていたものだ。

使用人である私たちにそれを与えることなどできはしない。
だから無造作にそれを差し出してしまえる彼に、羨望と妬みを感じたこともあった。
いまはただ、信頼に足る相手だと思える。

「中にはゾルディックの通信機が入っています。使い方の説明は…できるわね?」
「はい」
「頼みましたよ」
「かしこまりました」

ゾルディック家という堅固な守りから出ていくことになるキルア様。
きっとこれから今までにない苦労や危険を経験されることになるだろう。

だからこそ。これを彼に託すのは、妥当に思えた。






執事室に戻ると、丁度カナリアがキルア様のご友人を連れて到着した。
とりあえず館に招き入れ、傷の手当をする。
負傷したと聞いていた様だったが、問題ないとひらりと手を振った。
確かにそこに傷跡はなく、どこも違和感は感じられない。…この短時間で治したのだろうか。
これでは傷を口実にゾルディック家に招き入れることもできない。奥様は残念がられるだろう。

様はどうぞこちらに」
「…?」

別室への扉へ促すと、様は怪訝そうに首を傾げた。
奥様よりお詫びの品が届いていると伝えれば、辞退する姿勢になってしまわれる。
しかしゴン様たちに背中を押される形で、受け取っていただけることになった。

様を案内した部屋は、こちらに滞在されるときにキルア様がよく使われていた場所。
浅く椅子に腰かけた彼は油断のない様子で、それは身に着いた習性なのだろう。

「こちらが、奥様よりの品でございます」
「………。これは…?」
「ゾルディック家専用の通信機でございます」
「………え」
「何かございましたら、こちらで連絡をしていただければ。ご家族に直接繋がるものですので」

さすがにこれには様が目を見開いた。
これが何を意味するのか、彼にもわかっているのだろう。
即座に断られそうな空気を感じ、その隙を挟まないように私は取扱いの説明を始める。
ざわざわと彼のオーラが不機嫌に揺れているが、ここは気にしないでおこう。
主の命令は確実に遂行する、それが私の仕事だ。

一通り説明を終えると、すっかり諦めた様子で様は通信機を手の中で転がす。
ゾルディック家が一度決めたことを覆すのは難しい。それを彼もよく知っているはずだ。

「それでは様はこちらでお寛ぎ下さい」
「……ゴンたちのところに戻ったらいけないのか」
「しばし、ゲームに付き合っていただく予定ですので」
「ゲーム…」

キルア様がここに到着されるまで、もう少々時間がかかる。
それまで、私なりにほんの少し「ご友人」とやらを試させていただくつもりだ。

試しの門を越え、カナリアが認め、シルバ様が許可をされたとしても。
僭越なこととわかってはいるが、キルア様は私にとって大切な主のひとり。
信頼に足る相手でなければ預けるわけにはいかないのだ。
その気持ちを汲み取ってくださったのか、様はすんなりと頷く。

「…わかった。あんまりゴンたちをいじめてやるなよ」
「キルア様のご友人です、丁重におもてなしさせていただきます」
「うん、まあお好きにどうぞ」

あっさりと見送られてしまった。

私たちの流儀を理解しているのもあるだろうが、それだけではない。
恐らく、それほどに彼はゴンという少年たちの力を認めているのだ。

ならばはっきりと見せてもらおうではないか。
そして認めさせてほしい。心の底から、言わせてほしい。

いってらっしゃいませ、キルア様と。





落ち着いて、キキョウさん落ち着いて。

[2012年 12月 15日]