第144話

空港に向かう汽車に乗り込んだ俺たちは、贅沢な座席に案内された。
ふっかふかの椅子続きで俺はもうどうしたらいいか。
ようやく暗殺一家の敷地内から出ることができてほっとした。うん、眠い…眠いぞ。
安心したらすごい眠くなってきた…。

「うー…腹立つー…」
「ま、そのトリックを使ったのは最後だけだと思うよ。例えゲームでもズルは嫌いだから、ゴトーは」

ゴンとキルアが何か話してる声が聞こえてくるけど、俺はもう意識が半分寝てて。
頬杖をつきながら今にも閉じそうな瞼を開けることに必死だった。

「って、?」
「ん…?」
「どっか体調でも悪いのか?」

隣に座ってたキルアが俺の顔を覗きこんでくる。
心配かけたか、悪い。でも俺はいま眠くて眠くてしょうがないわけで。
もう寝こけてもいいよな。別に寝不足ってわけでもないんだけど、やっぱ安心はできなくて。
ゾルディック家で寝るときは本当に緊張解けないから、身体がちがちになるんだよなー。

「キルア、ちょっと頭貸して」
「は?」

キルアの頭に俺の頭をこつんとぶつけて寄りかかる。
うー、ふわふわの髪がほっぺに触れて気持ちいいぞ。猫が傍にいるみたいだ。

「おやすみ」
「あ、おい、!俺を枕にすんなよ!」
「おやすみ!」
「ゴンも挨拶してんじゃねーっての!」







すっかり寝こけた俺は、なんでか最終的にキルアに枕にされていた。
あれー、寝る前と状態が逆になってるけどどうなってるんだ。

空港に辿り着いて、クラピカとレオリオはそれぞれ別行動になる。
クラピカは幻影旅団の手がかりを得るために。レオリオは医者になるために。
ゴンはヒソカに一発叩き込んで受験プレートを突き返すために。
…そうしないと、ゴンは堂々とハンターライセンスを使う気になれないのだという。
ゼビル島での狩る者と狩られる者の試験。あのとき、ゴンはヒソカにプレートを恵まれた。
そのことがいまだに納得がいっていないらしい。

「で、ヒソカの居場所は?」
「あ」
「………知らないんだな」
「やっぱりな」
「私が知っているよ、ゴン」

クラピカが言うには、ハンター試験の後にヒソカに言われたのだという。
九月一日、ヨークシンシティで待っていると。

「そこに行けば、ヒソカが?」
「…ああ、間違いなく現れるだろう」
「でも九月一日っていったら、半年以上先だね」
「ヨークシンシティで何かあるのか?」
「お!世界最大のオークションがある」
「そうだ」

世界で一番金の集まる場所、それがヨークシンシティで開かれるオークション。
もともと色々な商売方法が見られるのがヨークシンシティ。
そして最大のイベントであるオークションは、世界中から金持ちが集まってくる。
裏ではマフィアが関わっていたりもするわけだが、集まる品は一級品ばかりだ。

そんな場所なら、盗賊である幻影旅団に関わりのある者がいてもおかしくない。
上手くいけば、旅団当人たちにも会えるだろうと。

「………」
?」
「?どうした、ゴン」
「ううん、なんか辛そうだと思って」
「あぁ……顔に出てたか」

ゴンはこういうとこよく気づくよなー、野生の勘かな。
別に深刻に考えていたわけではないんだけど、あと半年かと思って。

「ヨークシンに、何かあるの?」
「…いや。というより、そういう場所にあんまり行きたくないってだけだ」
「ま、厄介なヤツが集まりそうではあるよな」
「ああ。会いたくない連中がそれなりにいるんだ」

イルミとか、ヒソカとか、イルミとか、ヒソカとか、旅団の面々とか。シャルやマチあとパクは免除。
………って、ヨークシンに行く頃にはネオンとかもいるんだった…!!
うわー、行きたくない。本当に行きたくない、とんずらこきたい。
……九月のヨークシン。そこでクラピカと旅団がついにぶつかるわけで。

俺にとって、クラピカはもちろんのことシャルたちだって情がある。
だから、どっちの味方も敵にもなれない。

「…といっても、これは俺の事情だから。気にしないでくれ」
「うん…」
「ゴンはヒソカとけりをつけたいんだろう?」
「…うん!」
「ならそれに付き合うよ。な、キルア」
「おう。けど、無理するなよ?」

うわああ、キルアにまで心配されちゃったよもう。
ちびっ子二人の頭を撫でて誤魔化すと、クラピカとレオリオも気遣うような顔。
お、おお…どうしよう、めっちゃ情けないことになってる俺。
皆の前で泣いちゃったりもしたから、すごく恥ずかしい。ホントに気にしないで皆!

「とりあえず、次に全員が揃うのは九月一日ってことでいいな」
「ああ、了解した」
「じゃあ九月一日!」
「「「「「ヨークシンシティで!」」」」」

それぞれのゲートへと向かうクラピカとレオリオを見送って。
俺たち三人は飛行船が飛び立つ空を見上げた。

「ね、どうする?」

無邪気なゴンの問いに、キルアが呆れた声を出す。

「どうするって、特訓するに決まってんだろ?」
「え、何の?遊ばないの?」
「お前な、いまのまんまでホントにヒソカを一発でも殴れると思ってんのか?」
「う」
「半年どころか、十年たっても無理だっての!!」

キルアの容赦ない言葉にゴンが小さくなった。
確かに現在のヒソカとゴンじゃ実力差は大きすぎる。ハンゾーにだって勝てなかったぐらいだ。
基本的な戦闘経験の差もある上に、ヒソカは念も習得してるわけで。
普通に考えて、一発入れることだって無理だろう。…俺の場合、触りたくもないけど。

「あ、ねえキルア。は?はどのぐらい?」
「んー…ヒソカとあんま変わらないんじゃね?」
「………そんなわけないだろう」

ありえん言葉が聞こえたぞ。

「でもすっごく強いよね、
「お前ならヒソカと張れるんじゃねーの?イルミとも仕事してんだしさ」
「…あの二人と一緒にされたくない。俺は殺しはやらないし」

あーでも念を習得してる、って意味ならその二人とは同じか。
そういうところもキルアは敏感に察知してるのかな。だとしたらさすがだ。

「お前たちだって、ちゃんと学べばすぐ追いつくよ」
「じゃあが教えてくれる?あ、そうだ!キルアの師匠なんだし」
「…いや、ゴンの場合は実戦を積んだ方が早く覚えるだろ。キルアもだけど」
「俺も?」
「お前もゴンも、訓練よりは戦闘を直に感じた方が集中できるだろ」
「あー、まあな。訓練って緊張感ないもんなー」

っていうか、これから二人が覚えなきゃいけないのは念。
こればっかりはきちんとした指導者に教えてもらうべきだと俺は思う。
下手に自己流でやると妙な能力を身に着ける羽目になるし、そうなった場合修正がきかない。
俺だって能力の最終調整はシャンキーの病院でジンにしてもらったようなもんだ。
………いや、丁寧に教えてもらったわけじゃなかったけどな?身体で覚えろ戦法だったけど。

念能力者との戦いがどんなものなのか。何が必要で、何を想定すべきなのか。
そうした実践的なものをジンには教えてもらった。…文字通り、身体で。
あの修行期間は辛かった…俺思いっきり怪我人だったのにさー。

そんでシャンキーが治療してくれながら、念の仕組みを色々と説明もしてくれて。
俺は原作の知識があったから、割と理解はしやすくて「呑み込み早いねー」と感心された。
ジンもシャンキーも、自己流で念を覚えた俺が能力の調整をしてるだけ、って思ってたみたいで。
実際は、そこでようやく能力の方向性が見えて確立することができたわけだ。
原作読んでてよかったよなー、基本の四大行とか、水見式とかの知識があって助かったよ。

「ま、なんにしてもヒソカは相当強い」
「うん」
「並大抵のことじゃ、半年で一矢報いるのは無理だ」
「うん」
「ゴン」
「ん?」
「金はあるか?」

キルアの唐突な質問に、ゴンは素直にポケットを探った。
そしてへにょりと眉が情けなく下がる。

「あー…実はそろそろヤバイ」
「俺もあんま持ってない。そこで、特訓と金儲けの一石二鳥の場所がある」
「特訓と…金儲け?」

不思議そうなゴンの後ろを歩きながら、俺には聞いてくれんのかキルアよと寂しくなる。
…いやまあ、大人に頼ろうとしないのは成長の現れで嬉しいんだけどね。
でもあんまり頼りにしてもらえないのも寂しいんだよお兄ちゃん…。

「天空闘技場さ」
「天空…闘技場」

元気に走り出すキルアをゴンも追っていく。
次に向かう先は天空闘技場かー、原作通りとはいえなんか懐かしいなー。

お膝元にはちょくちょく行くんだけどな、ケーキ屋さんに顔出しに。
でも天空闘技場自体に足を運ぶはすごく久しぶり。
………そういやヒソカも出てくるんだっけ。そこだけは気が重いけど。





いよいよ天空闘技場編スタート!

[2012年 12月 15日]