第145話
地上251階、高さ991メートル。世界第四位の高さを誇る建物。
世界中から猛者が集まる、バトルマニアにとっては聖地となる場所だ。
勝てば勝つほど上の階に上がっていくことができ、同時に報酬も上がる。
無一文のキルアとゴンには小遣い稼ぎと修行を兼ねることができる、絶好の場所。
ここで六歳のキルアと会ったんだったよなー、と飛行船から見える建物を眺める。
あの頃は本当にちっちゃかったよなぁ。いまとは違った意味で可愛かった。
到着のアナウンスが流れ、下船の準備を始める。
「はどうすんだ?」
「別に金に困ってないから、外でホテルでもとるよ」
「ええー、参加しないのかよ」
「…参加する意味がないだろう」
「昔はやってたじゃん」
「あ、そっか。キルアとはここで会ったんだっけ」
「そうそう。俺を置いてさっさと登っちまってさー」
念を覚えてるか否かの差は大きいんだな、と改めて感じた場所でもあったっけ。
天空闘技場は思い出が多いよなー。
キルアと会って、イルミに仕事押し付けられて、シャルに会ったのもここだった。
あとはいまでも大好きなケーキ屋さんをキルアに教えてもらったのも、ここ。
ターミナルに下りると、そのまま天空闘技場の受付へと直通の通路に出る。
ずらりと並ぶ参加希望者たちにゴンがほあーと口を開けた。
「じゃあひと段落したら連絡してくれ」
「ん」
「二人なら、すぐ部屋もらえるだろ。頑張れよ」
「おう」
「また後でねー!」
ぶんぶんと手を振る二人と別れて、俺は懐かしい塔を下へと下りていく。
あんま変わってないのな。闘技場自体には顔出してないからどうかと思ったけど。
えーと、確か個室がもらえるのは100階以上に上がってから。
それまではだいたい二人部屋をあてがわれたような気がする。
でも原作だとゴンとキルアが同室になってたような気がするけど、あれどうだっけ。
もし二人が同じ部屋だったら、そこにお邪魔するのもありだよなー。
とりあえずは、二人からの連絡待ちか。
扉を開くと、いらっしゃいませと明るい声が迎えてくれる。
俺の姿を見つけると、驚いた表情から嬉しそうな笑顔へと変わった。うう、癒される。
「さん、今回はお早いですね。お近くで仕事ですか?」
「いや、しばらくこの辺りにいるから、また通うことになると思う」
「え」
「おや、いらっしゃいくん」
「こんにちは、店長」
奥から新しいケーキをトレイにのせて店長が現れた。
穏やかな二人の姿を見ると本当にほっとするなぁ。
新作なんだけど食べてみる?というお言葉に二つ返事で頷いた。
お、今回は甘さ控え目の大人味だ。これはマチとか喜ぶかもしれないな。
紅茶を提供してくれた店員イリカが、それであの…と控えめに声をかけてきた。
ありがとう、と受け取って口をつけた俺は目だけで先を促す。
「しばらくいるというのは…?」
「ああ。キルアと…あとキルアの友達が、天空闘技場にチャレンジするらしくて」
「へえ、懐かしいね。何年か前みたいだ」
「で、でも大丈夫なんですか?キルアくん、強いとは思いますけど」
「うん、特に心配はいらない。昔とは比べものにならないぐらい強くなってるから」
「そうですか…」
200階に行くまでは多分相手になる挑戦者はいないだろう。
問題はそこから先だ。
「もしかして、そろそろ上階を目指すぐらいの段階なのかな?」
追加注文のケーキを店長わざわざ運んでくれる。
上階…っていうのは多分、200階のことを指しているんだろう。
つまり上階クラスはどんな選手が揃っているかを店長は知ってるわけだ。
って当然か。店長もハンターなんだもんな、念を知ってるはずで。
それにしてもそこまで見透かしてるなんてすごいなぁ。
ついつい苦笑しながら、俺は素直に頷いた。
「二人とも目標が高いんで、あれの存在を知ってもいい頃かなと思います」
「そっか、まだ若いのに将来有望すぎてすごいね」
「店長だって若いじゃないですか」
「んー、よく言われるけど」
「…さんが参加されるわけではないんですよね?」
「うん」
わざわざあんな戦闘狂ばかりが集まる場所になんか行きたくない。
しかも上階にはヒソカが待ち受けてるのを知ってて、挑戦なんて絶対したくない。
俺がこっくりと頷くと、イリカがほっとしたように肩の力を抜いた。
「というわけで、しばらくお世話になります店長」
「僕としては嬉しいよ。もちろん、イリカもね」
「え、あ、は、はい」
少しだけ慌てながら同意してくれるイリカが微笑ましい。
こういう女の子らしい姿ってハンター世界じゃ滅多に見られないから、なんかもう…。
そうそう、これだよこれ、女の子ってこれだよ…!と俺は思うわけで。
いや、マチとかパクみたいなかっこいい女性も素敵だけどな?
まったーりと平和な時間を楽しんでいるとキルアから着信があった。
二人とも今日は二試合して無事に勝利。60階まで上がったらしい。
しかも二人とも同室。おお、俺とキルアのときと一緒じゃん。
「ん、わかった。じゃあ今晩は俺もそっちに泊まるよ」
『オッケー』
「土産買ってく。いま、いつものケーキ屋にいるから」
『マジで!?あ、つーか俺も行きたい!ゴンにも直接食わせてやりてーし!』
「…わかった。じゃあ待ってる」
『おう!』
通話を終えて、皿を下げに来たイリカに声をかける。
キルアたちが来るらしいと伝えれば、嬉しそうな笑顔をくれた。
キルアはちょっと久しぶりだし、ゴンは初めての来店。二人とも喜んでくれるだろう。
二人が来るまで俺はどうしてようかなー。
あれ、この紅茶についてる砂糖…花の模様がついてるけど。
「なあイリカ、これ」
「あ…以前さんがくださった、飴花から作ったお砂糖です」
「へえ」
「紅茶にとってもよく合うので、店長がお店で使うことにしたんです」
「そっか…じゃあ、これに合う紅茶をいれてもらおうかな」
「はい!」
しかしすごいな店長。これをもしかして栽培してんのか?
だいぶ奥地に生えてた珍しい種だから、条件厳しいと思うんだけど。
普段はあんまり砂糖とか入れたりしないんだけど、今回は特別。
イリカのいれてくれたお茶に、花びらが象られた砂糖を入れて。
口に含めれば上品な甘さと紅茶の心地いい苦味が広がって喉をすっと流れていく。
香りもいつも通り良いし。はあ、幸せ。
「ー!」
「ここがキルアお勧めのケーキ屋さん?」
お、二人も来たみたいだな。
賑やかに入ってきたキルアとゴンに、席から俺はひらひらと手を振る。
駆け寄ってくる少年たちに、イリカもとびきりの笑顔で「いらっしゃいませ」と迎えた。
天空闘技場一日目。
とりあえず、平和に終わりそうでよし!
ケーキ屋さん大好きすぎるだろう。
[2012年 12月 15日]