第146話
「へえ、二人の他にも子供が」
「うん、ズシって言ってね。師匠さんと一緒に来てたよ」
「修行の一環ってヤツなんじゃねーの」
「キルアが対戦したんだけど…」
「苦戦でもしたのか?」
そう尋ねれば、タルトを口に入れたキルアがぐと詰まった。
ズシっていうとあれだよな、丸刈りの柔道着を着た男の子。
そっか、初日に会うんだったっけ。キルアとゴンが念能力を知る切欠になる子だ。
素直で練習熱心な子供だった気がする。俺も会ってみたかったなー。
「……素質はあるけど、俺からすればまだまだ。けど、PKO勝ちだった」
「へえ、キルアがKO勝ちできないなんて随分と打たれ強い子だな」
一発で相手を気絶させられれば、それで勝利となるのがKO勝ちだ。
だけど勝つ方法はそれだけじゃなくて、攻撃を与えることによってポイントを貯める方法もある。
今回キルアはそのPKO勝ちをするしかなかったというわけだ。
つまりズシはキルアに気絶させられることがなかったということ。それは、すごいことなのだ。
だってあのキルアだぞ?
ゾルディック家の中でも随一の才能を持ち、幼い頃から暗殺技術を叩き込まれてきた。
並みの武闘家でも相手になることはないのに。まだ小さな子供が。
「あれ異常だぜ、絶対!それに妙な技も使ってさ」
「妙な技?」
「ズシの師匠はレンって言ってた」
「ふーん」
紅茶に口をつけた俺はただ相槌を打つ。
やや不機嫌な表情を浮かべていたキルアが、じっとこっちを見てきた。
「…どうした?」
「ズシがレンってのを使ったときさ、兄貴を前にしたような嫌な感じがしたんだ」
「イルミか…」
「は知ってる?兄貴のあの嫌な感じの原因」
「………まあ、知ってはいるかな」
「え、そうなの!?」
「やっぱなー。一緒の仕事してんだから不思議じゃねぇけどさー」
頭の後ろで腕を組んだキルアが背もたれに体重を預ける。
いや、イルミと仕事をすることはあっても、あんまり念を見る機会はないんだぞ。
基本的に俺はイルミの仕事道具や荷物を運ぶのが仕事。直接仕事現場を見ることはない。
全くないとは言わないけど、念を使うほどの対象を相手にすることも滅多にないし。
「んで、兄貴のあれって何」
「……いま説明するのはやめておく」
「ええ!なんだよそれ」
「言ってもわからない。天空闘技場で戦ってれば、そのうち嫌でもわかるようになるさ」
「はあ?なら別にいまでもいいじゃん」
そう言われても、直接念を理解するにはキルア自身も念を習得してないと難しい。
俺はひとにものを教えるのは得意じゃないし…、もうちょっと待っててくれよー。
時期がくればウイングさんがきちんと教えてくれるだろうから。
不満げなキルアを宥めて、会計を済ませた俺たちは店を出る。
ごちそうさまでした!とイリカに挨拶できる二人は偉い偉い。
「天空闘技場に泊まるのは久しぶりだな」
「だなー。あーあ、早く個室になんねえかな」
「なんで?二人部屋の方が枕投げとかできるよ」
「けど台所とかついてねーじゃん。の飯食いたいのに」
「あ、それは俺も食べたい!」
「はいはい。二人が上に行けばそのうち作るよ」
約束!と二人それぞれに指切りさせられる。
両手を上下に揺らされながら、約束なんてしなくても作るのになぁと苦笑した。
キルアのためにちゃんと作るのは久しぶりだし、ゴンには初めて。
でもきっと二人なら喜んでたいらげてくれるだろうから、作るのがいまから楽しみだ。
てなわけで、天空闘技場にてあてがわれた二人の部屋にお邪魔して今晩は就寝。
明日からはまた試合の毎日だ。頑張れよー。
キルアもゴンも、昼間は試合があるため俺は暇。
といっても二人とも試合自体はすぐ終わるんだけどさ、待機時間が長いんだよなー。
一応開始時間は決められてるけど、それはあくまで仮のもので。
使えるリングが限られてるから、前の試合が延長するとどうしたって押しちゃうし。
そうなると終わるまで待ってなきゃいけない。逆に前の試合が早く終わって繰り上がることもある。
200階クラスまでいけば、時間通り試合は始まるけど。
それはもうちょい先の話だ。
どうすっかなー、いまからまたケーキ屋に顔を出してもいいんだけど。
賑やかな商店街を歩いていると、携帯に着信。
誰からだろうか、と確認して俺はちょっと驚いた。え、すごい珍しいひとだ。
「もしもし」
『お、まさか一発で出るとは思わなかった』
「まさかカイトから電話がくるとは思わなかった」
そう、一度会ったきりのカイトから。
声だけでイケメンとわかる彼は、電話のむこうで笑ったみたいだった。
元気そうで何より。ジンにも会えたんだし、いまは何やってんだろ。
『お前確か運び屋だったよな』
「あぁ、まあ」
『ちょっと依頼したいんだが、いいか』
「…内容による」
カイトならイルミとかみたいに暗殺関連の仕事はないだろうけど。
ハンターというものは皆一様に一筋縄じゃいかないから、ちょっとだけ警戒してしまう。
『俺の仕事の手伝いみたいなもんだ。調査したものを、依頼主に届けてほしい』
「…調査したもの?」
『大丈夫、書類だよ。ただ重要なものだから、信頼できる相手に任せたくてね』
「それに選んでもらえるのは光栄だけど。…いま、どこにいるんだ?」
『カキン』
そう言われて、俺は脳裏に世界地図を浮かべた。
こっちの世界に来てからもう何年もたってる上に運び屋という仕事をしているおかげで。
一般人よりも地理には詳しくなったんじゃないかと思う。
カキン……カキンってーと。あぁ、アイジエン大陸にある国か。
って、天空闘技場がある大陸とは別じゃないか。
まあ、いいけど。あそこ別に政情不安とかなかった気がするし。
自然の多い国だったよな、確か。そこで調査してんのか。
あれ、そういえばカイトって何ハンターだっけ。そこらへん忘れちゃったなぁ。
「急ぎではないんだな?」
『あぁ。こっちは現地から離れられそうになくてな、それで困ってるだけなんだ』
「わかった。じゃあ、そっちに向かう。詳しい場所の情報は後で教えてくれ」
『助かるぜ。報酬はどんぐらいだ?』
「そうだな……。遺跡とか、発掘物の情報をもらいたい」
『遺跡?あぁ、考古学が趣味だったか』
「まあ、そんなところ。それも会ったときに話すよ」
カイトは多分色々なところを旅してるだろうから、一般人じゃ知らない遺跡とかも知ってそう。
文献には載ってない、小さな遺跡とかって実は世界各地に沢山あるんだ。
どこに石版の手がかりがあるかわからないし、そもそもそういったものを見るのが俺は好き。
だから情報をもらえるならもらうことにしよう、楽しみだ。
通話を終えようとすると、「そんなんでいいのか?」とカイトは少し気がかりな声。
あーうん、お金とらないのは仕事として問題かな。じゃあ。
「前後の交通費と食費さえ出してくれればいい。情報は、金よりも価値があるから十分だ」
『…お前さんがそう言うなら、甘えるぜ。じゃ、待ってる』
お互いに譲歩し合って通話を切った。
ここで強引に押してこないところがカイトのかっこよさだよなー。
ジンだったら受け取れ!と勝手に金押し付けるか、タダかそりゃありがたいと笑うか。
…まあ、どっちでもいいんだけど。ジンには抵抗するだけ無駄なんだから。
しかし急に仕事が入っちゃったな。
俺はくるりと方向転換して天空闘技場へ向かう。
あの建物から直接飛行船が出てるし、キルアたちに報告しとかないと。
一週間前後で帰ってこれるとは思うけど、その間留守にしちゃうし。
広いロビーに入ると、ちょうど試合を終えたところらしい二人が俺を見つけて駆け寄ってきた。
問題なく勝った二人は報酬を手に、これからどうする?とわくわく顔を輝かせている。
「あ、そうだ。ゴン、お前ちゃんと口座作っておけよ」
「え、なんで?」
「上に行ったらファイトマネーの桁がとんでもないことになるから、直接受け取るのは無理だぞ」
できないことはないと思うけど、銀行強盗かみたいな見てくれになると思う。
ゴン個人の口座はまだないらしいから、それを作ってあげないと。
「確か闘技場の選手なら、口座を作ってもらえるから。明日にでも手続きしておくといい」
「うん、わかった」
「で、キルア。悪い」
「?なんだよいきなり」
「仕事が入った」
「は!?」
「一週間ぐらいで帰ってこられると思うけど、その間頑張れよ」
「まっ……た、お前はそういう…」
抗議の怒鳴り声を上げようとしたらしいキルアの声は尻すぼみになっていく。
拗ねたように唇を尖らせて、いーよさっさと行ってこいよとそっぽを向いてしまった。
あはは、懐かしいな、昔もこうやって拗ねながら見送りしてくれてたっけ。
キルアのことよろしく、とゴンに小声で頼めばうん!と良い返事。
早く帰ってこいよな!という声に手を上げて応えて、俺は飛行船へと向かった。
いざ、カキン国へ。
おかしいな、天空闘技場編だったはずなのに。
[2012年 12月 19日]