第147話
というわけでやって来ました、カキン国。
カイトに指定された待ち合わせ場所に辿り着くまで、けっこう大変だった。
ハプニングがあったとかじゃなくて、相当な奥地まで来ないといけなかったから。
交通の便があんまよくなくてさー。仕方なく徒歩で移動ってのもあった。
そろそろ待ち合わせ場所かな、と山を登っていくとすらりとした長身の影。
長い髪が風に揺れて、カイトだとわかる。手を振ればむこうもこっちに気づいたみたいだった。
「悪いな、こんな場所まで」
「いや。……空気のおいしいところだな」
「おかげで未確認の生物がわんさといるぜ」
「楽しそうで何より」
あんまり表情に変化が出る方じゃないカイトが、目を輝かせてる。
やっぱり未知のものって男としては好奇心が刺激されるよな、その気持ちはわかる。
カイトに案内された先には協力者が沢山いて、だいたいはアマチュアハンターなのだとか。
皆気さくで、初めて見る動物たちの説明を丁寧にしてくれた。
といっても自分たちでもまだわかってないのもいるけど、とあっけらかんと笑いながら。
賑やかで、でも穏やかな空気の流れる一団にいいなぁと思う。平和だ、すごく。
にこにこ笑顔のスティックが付近の案内をしてくれた。
シャレを言うのが好きらしく、ひとりでヤハハハと特徴のある声で笑ったりする。
ものすごい巨漢の男がいたり(あ、でも顔はとっても優しげというか愛嬌があって怖くない)
女性の協力者もいて、本当に多種多様な仲間たちが集まってるみたいだった。
この中でも一番調査能力が高いのがリンという眼鏡をかけた男性らしいんだけど。
おどおどしていて、あんまり俺の前には出てきてくれなかった…残念。
今晩はここに泊まらせてもらうことになり、俺はカイトのテントに。
きちんと寝泊りできる建物もあるらしいんだけど、いまはこっちで寝ることが多いんだってさ。
「もう春に入ったから、色んな動物の出産シーズンなんだ。生体調査には重要な時期だろ」
「ああ、それで報告書を届けるのすら手間なのか」
「そういうことだ。目を離した隙に貴重な出来事を見逃すかもしれない」
インスタントのコーヒーを渡され、ありがたく受け取って口をつける。
こうやって泊まり込みで調査かー。外では誰かしらが焚火の番をしてるはず。
夜は夜で、この時間帯にしか活動しない動物もいるから調査すべきらしいけど。
それじゃどの時間も寝ることなんてできないため、一応ローテーションを組んでるそうだ。
「朝から晩まで好きなことを調べてられるのは、ハンター冥利に尽きるな」
「だろう?そういえばは遺跡関連の情報が欲しいんだったな」
「ああ。できればあまり知られてないような場所がいい。目ぼしいところは回ったから」
「そうだな…俺が見かけた場所だと」
広げた地図に色々と書き込んでくれるカイトは、詳しい行き方まで教えてくれる。
こうして話してると、やっぱりカイトって安心できる何かがあるよなって思う。
俺はすごく人見知りだから、大抵の人間には緊張して上手く喋れなくなっちゃうんだけど。
カイトとこうして実際に会うのは二回目なのに、こんなに自然体で話せる。
コーヒー飲みながらごろりと寝袋の上に寝そべったりしてるぐらいだ。
なんだろうな、落ち着いてるからなのかな。
頼れる兄貴、って感じがあるのかもしれない。攻撃的な空気もないし。
………怒ったら怖いタイプだろうけど。
「それにしても、調査の参加者はだいたいアマチュアなんだな」
「ああ。プロハンターを目指してる奴もいるがな」
「あれだけ野山を自由に動いてるんだから、合格できそうだけど」
「運ってのもあるから、一概に上手くいくとも言えんが……ん?その口ぶりだと、お前もしかしてハンター試験受けたのか」
「あぁ、うん。今年受けてきた」
「へえ。もちろん、合格したんだろ?」
「一応」
大変だった、すごく大変だったよ。キルアたちと一緒だったのは嬉しかったけど。
ヒソカとかイルミとも同じ場所で試験を受けないといけない、ってのはすごい苦痛だった。
こうして無事にハンター証をもらえてるのは奇跡だと思う。
「はどのハンターを目指すんだ?遺跡ハンターか?」
「それも面白そうだ」
「カイト!出産が始まった!!」
テントの外から声が聞こえて、ばっとカイトが飛び出していく。
おお、すごい反射速度だ。
ひょっこりとテントから顔だけ出すと、皆がわあわあ集まってる。
人垣で全然見えないけど、何かしらの動物の出産が始まっているんだろう。
あーあ、カイトってばそのまましゃがみ込んでるから髪が地面についてるよ。
洗いたてだってのに、あれじゃまた汚れるな。
しかし日が落ちるとこんなに外気が冷たくなるもんか。
明け方なんて霧でも出そうな感じだ、と俺はまたテント内に戻った。
ここまでけっこう体力使ったから、先に休ませてもらおう。
明日には報告書を受け取って、それをクライアントに届けてそのまま帰宅。
今回の仕事はそれだけで済むけど、カイトと過ごす時間は心地いいからちょっと残念だ。
…でも長居してると手伝わされそうだからやめとこう。帰れなくなる、確実に。
外から歓声が聞こえてきて、ああ生まれたのかなと思う。
思ったものの、外を確認する力は残ってなくて。俺は寝袋の中で眠りに落ちた。
目が覚めると、隣でカイトが熟睡してた。
俺が身動きしても起きる様子がないから、多分明け方まで仲間と騒いでたんだろう。
そりゃそうだよなー、未知の生き物が新しい命を生み出す瞬間だ。めでたいし貴重な体験だ。
こりゃ他のメンバーもほとんど寝ちゃってる状態かもしれない。
テントから出ると、ひんやりと頬を撫でる朝の風。
焚火の番をしていたモンタっていう巨漢に声をかける。
朝食はどうするつもりなのか聞いてみたら、保存食で済ませる予定とのこと。
というよりも昼まで起きてこないかもしれないという話に、ああ確かにと俺も納得した。
差し出された干し肉を受け取って、焚火であぶりながら食べる。
うん、こういう旅行って感じも久々だ。遺跡探索んときはよくやってたんだけど。
周りを散歩してもいいか確認すれば、それほど離れなければ安全だとのこと。
カイトたちが起きてこないと報告書も受け取れないし、散策して時間潰そう。
ふらふらと森の中を歩くと、見たこともない色の蝶々がひらりと俺の横を飛んだ。
透き通るようなピンク色の羽根。だけど影の下に入ると、その羽根はサファイア色になる。
おお、光の反射によって羽根の色が変わるのかな。俺の肩に止まったら、エメラルド色に。
と思ったら、すぐさま離れて逃げるようにいなくなってしまった。
野生の動物たちも、それほど人間に怯える様子はない。
本当に奥地だから平和なんだろうな。そう簡単に近づいても来ないけど。
「………お、これ」
発見した草の前にしゃがみ込む。
俺の世界の鈴蘭に似てるけど、花がなんか大きい。
「いいもの見つけたな」
「カイト。まだ寝ててもよかったのに」
「さすがにお前を待たせるわけにはいかないだろ。十分仮眠はしたから、報告書をまとめさせてる。もう少し待っててやってくれ」
「ああ。………この花」
「灯り花って言ってな。夜になると花の中が光って、小さな照明みたいになる」
「へえ、きっと可愛いんだろうな」
白い花もあるしピンクの花もあるから、光の具合も変わるんだろう。
すごいなぁ、ハンター世界だとこういうのが自然にあるのか。
人工的に植物に灯りをつける、ってのは俺の世界でもあった技術だけど。
「女の子は喜びそうだ」
「ああ、この地域の人間にとっては女性へのプレゼントとして有名だそうだ。といっても、そう簡単に入手できるものでもないから、告白するときとかの決め手に使うらしい」
「夜に光るなら、よりムードがありそうだからな」
俺がこういうの使う機会は全くないけどな!
高校の友達とかなら、ものすごくスムーズに女の子にこういうの渡しそうだ。
…いや、あいつの場合は妹たちに見せるの優先かな。
ちょっと写真を撮らせてもらって。夜に光ってるのもぜひ見たいなぁと残念に思う。
するとカイトが撮ったら送ってやる、と携帯を振ってくれて。その好意に甘えることにした。
こういう珍しい動植物がハンター世界には多くて、本当に飽きない。
もちろん、俺の世界だってまだまだ知られてない植物や動物は沢山いるんだと思うけど。
ハンター世界の場合、まさしくファンタジー的な要素もあったりするから夢が広がるよな!
…………同時に危険もめっちゃ広がったりするんだけどさ。
カイトと二人で散策を終えてテントの辺りに戻ると、書類をまとめ終えた皆が待っていた。
市街の方に調査機関の事務所があるそうで、そこにいるウォンってひとに渡せばいいらしい。
のんびりキャンプにでも来たような時間がなかなか楽しくて。
また機会があったら遊びに来たいなと思いながら、見送ってくれるカイトたちに手を振った。
よっし、書類を届けたら天空闘技場に帰るぞ!
ほのぼの!めっちゃ、ほのぼの!
[2012年 12月 20日]