第147話―カイト視点
『もしもし』
聞こえてきた淡々とした声に、ああこんな声だったかと笑みがこぼれた。
「お、まさか一発で出るとは思わなかった」
『まさかカイトから電話がくるとは思わなかった』
あまり変化があるようには聞こえないが、一応電話の相手は驚いているらしい。
まあ当然か。何しろ一度きりしか会っていないのに、いきなり電話だ。
ダメ元でかけてみたんだが、繋がるとは思わなかったな。忙しい奴だろうに。
電話の相手はという、運び屋をしている男だ。
ジンを探している旅の途中で出会った、かなりの腕を持つ念能力者。
ハンターではないらしいが、ジンと共にクート盗賊団を潰したという経歴を持つ。
まとうオーラは明らかに一般人とは違い、あちら側の人間であることを感じさせる。
しかし、実際に話してみると意外と気さくであり、むしろ穏やかな人間という印象があった。
「お前確か運び屋だったよな」
『あぁ、まあ』
「ちょっと依頼したいんだが、いいか」
『…内容による』
とりあえず聞いてくれるってことは、それなりに時間は空いてるんだろう。
あまり長期の仕事だと無理っぽいが、俺の依頼ならなんとか聞いてくれるかもしれない。
「俺の仕事の手伝いみたいなもんだ。調査したものを、依頼主に届けてほしい」
『…調査したもの?』
「大丈夫、書類だよ。ただ重要なものだから、信頼できる相手に任せたくてね」
『それに選んでもらえるのは光栄だけど。…いま、どこにいるんだ?』
「カキン」
この国で生物調査を依頼され、二年。
次々に発見される新しい生き物たちに、調査報告書は増えていくばかりで。
それはまあいいんだが。春に入って、報告書を届けるのが厳しくなってきた。
春というと、動物たちにとっては変化の季節。
子供が生まれたり、冬から春へと身体の構造が変化したり。
生息する植物も変わってくるから、それに合わせて虫たちも変化する。
おかげで少しでも目を離すことができない状況だ。
だが報告を溜めてしまうと、あとで届けるのが面倒くさくなる。
はあっさりと了承してくれ、しかも報酬はいらないという。
遺跡や発掘物の情報を代わりにもらえればいい、というから驚いた。
こいつほどの腕なら、相当な額の依頼料になるだろうに。
今回は危険な仕事でも急ぎでもないから、割安にはなるかもしれんが。それにしても。
「そんなんでいいのか?」
あまりにこっちに好条件すぎないか、と思うのだが。
『前後の交通費と食費さえ出してくれればいい。情報は、金よりも価値があるから十分だ』
「…お前さんがそう言うなら、甘えるぜ。じゃ、待ってる」
確かに、情報というのは金では買えない部分もある。
それだけこの男が遺跡関連に強い興味を持ってる、ってことか。
プロの仕事人の報酬設定に文句をつけるのも失礼だろうから、そこで俺は引き下がった。
安く済むなら、その方がありがたいしな。
待ち合わせ場所には、予想よりも随分と早くが姿を見せた。
飛行船で大陸を渡って、その後は汽車やら馬車やら乗り継いでこないといけない。
その上、下手をすると徒歩移動の部分もあったはずだが…そこはさすが運び屋か。
とくに疲れた様子もなく、以前の記憶のまま涼しげな顔でやって来る男に手を振った。
「悪いな、こんな場所まで」
「いや。……空気のおいしいところだな」
「おかげで未確認の生物がわんさといるぜ」
「楽しそうで何より」
表情は変わらないながら、心底そう思ってるらしいというのはわかる。
だから案内した先で紹介した仲間たちも、すぐにこいつを受け入れたようだった。
無表情のまま、あいつらの説明をじっと聞いて相槌を打ったりしてるは人が良いんだろう。
興味がなければ聞くのも面倒になるだろう、マニアックな説明も多いってのに。
調査風景を眺めるは退屈していないようで、意外にこういう方面も向いてるのかもしれない。
遺跡の探索をしたりするんだから、未知のものを知るのは好きなんだろう。
夕食を終えて、テントに入った俺たちは適当に話を続けていた。
無口な印象のある男だが、実はそれなりによく喋るらしいと新たな発見。
といっても会ったのはまだ二回。
なのに、自分の中で随分と強烈なイメージが出来上がっていたらしい。
実際にこうして会ってみると、ひどく穏やかな性格が感じられた。
インスタントのコーヒーに文句も言わず、広げた地図を寝そべり眺める。
普通の学生みたいな姿に、少し幼く見えた。
「朝から晩まで好きなことを調べてられるのは、ハンター冥利に尽きるな」
「だろう?そういえばは遺跡関連の情報が欲しいんだったな」
「ああ。できればあまり知られてないような場所がいい。目ぼしいところは回ったから」
「そうだな…俺が見かけた場所だと」
覚えている限りの場所を地図に書き込んでいく。
どれも奥地というか僻地にあるような場所だから、一応簡単な行き方も添えて。
「それにしても、調査の参加者はだいたいアマチュアなんだな」
「ああ。プロハンターを目指してる奴もいるがな」
「あれだけ野山を自由に動いてるんだから、合格できそうだけど」
「運ってのもあるから、一概に上手くいくとも言えんが……ん?その口ぶりだと、お前もしかしてハンター試験受けたのか」
「あぁ、うん。今年受けてきた」
「へえ。もちろん、合格したんだろ?」
「一応」
むしろハンターでないのが不思議なくらいだったからな。
こりゃ聞いたら、ジンも喜ぶんじゃないか。
「はどのハンターを目指すんだ?遺跡ハンターか?」
「それも面白そうだ」
「カイト!出産が始まった!!」
その声に俺は反射でテントから飛び出していた。
今年は去年よりも調査が進んだおかげで、見るべき部分がより多くなっている。
少しのチャンスも逃せないと身体が勝手に動いちまう。
ひと段落ついた頃テントを振り返るものの、そこは静かに閉じられていて。
自分の仕事の領分以上には踏み入ってこないよう、就寝してしまったのだろう。
別にあいつなら一緒に参加してもいいのにな。
そう思いながら、しかしプロの仕事人らしいかと笑った。
あいつにはあいつの仕事があるんだから、力は残しておいてもらわないとな。
翌朝…というかもうすぐ昼か。
目を覚ますとすでにはいなくて、丁寧に寝袋が片付けられていた。
…物音に起きないもんか、俺。いや、それだけあいつが気配を消すのが上手いんだろう。
もしくは、ちょっと昨日はしゃぎすぎたかだな。…すごい希少種の出産だったんだ、許せ。
テントから出て火の番をしていたモンタに声をかけると、は散歩に出たという。
こんな未開の地をふらふら歩こうってんだから、普通の神経じゃない。
ハンターが普通の神経してるわけはないんだが。
とりあえず俺も散歩することにして、寝ぼけた頭を起こす。
するとちょうどしゃがみ込んでるの背中を見つけた。
何かを興味深げに眺めていて、俺も近づきながら奴の手元を覗く。
ああ、あの花は。…けっこう珍しい種類のものだ、よくまあ。
「いいもの見つけたな」
「カイト。まだ寝ててもよかったのに」
「さすがにお前を待たせるわけにはいかないだろ。十分仮眠はしたから、報告書をまとめさせてる。もう少し待っててやってくれ」
「ああ。………この花」
「灯り花って言ってな。夜になると花の中が光って、小さな照明みたいになる」
「へえ、きっと可愛いんだろうな」
こいつの口から「可愛い」なんて言葉が出てくるとは驚きだ。
しかも目許をかすかに和らげて………笑ってんのか?これ。
「女の子は喜びそうだ」
「ああ、この地域の人間にとっては女性へのプレゼントとして有名だそうだ。といっても、そう簡単に入手できるものでもないから、告白するときとかの決め手に使うらしい」
「夜に光るなら、よりムードがありそうだからな」
小さく頷いたは、携帯を取り出すと花を撮影しはじめた。
夜に灯りがついてるところも撮りたかった、とこぼすもんだから俺が撮っておくと申し出る。
お前の携帯に送る、と提案すれば今度こそ小さく笑った。
なんだ?こういうもん見せたいような相手でもいるんだろうか。
もしかして、穏やかな印象になったのは大切な存在でもできたことによる心境の変化か?
一通り散策を終えて戻ると、すでに報告書は出来上がっていたらしく。
それを受け取るとはさっさと出発していってしまった。
仕事は迅速に、がモットーなのかそれとも。
誰か、待ってる奴でもいるのか。
可愛い可愛いちびっ子たちが待ってるんです。
[2012年 12月 20日]