第148話
一週間ぐらいで帰るつもりだったんだけど。
飛行船での時間は予定通りだったんだが、その前後がちょっと時間食った。
何しろカイトのいる場所までが遠かったからなー。帰りも勿論、空港まで時間がかかって。
おかげで予定より二日ぐらい遅くなってしまった。
電話で報告したら、キルアに「やっぱりかよ」って呆れられてしまいました…うう、ごめん。
ご機嫌とろうにもなー、いつものケーキ攻撃は効かないだろうしなー。
何しろちょっと歩けばそこにケーキ屋さんがあるんだから、食べたいときに食べられる。
あ、そうだ。そろそろキルアもゴンも個室になってるだろうから、ご飯作るか?
というわけで、俺は天空闘技場内にある商店街で食材を買う。
お膝元にある商店の方が安いんだけど、いちいち下りてくの面倒臭いし早く帰りたい。
ついたぞ、とメールを送るとすぐに返信がきた。………んだけど。
キルアとゴンはいまちょっと外に出てるみたいで。帰りは少し遅くなるとのこと。
…どうしようかな、先に部屋で作ってようにも俺は部外者なわけだし。
キッチン借りたいけど、ううーむ。
面倒だけど、キッチンつきのホテルでも借りるかな。
あ、ていうか観戦客用のホテルもあるんだよ。高いけど。すんげえ、高いけど。
「それではこちらが鍵となります」
「ありがとう」
結局部屋を借りることにして、俺は食材を机に置くと腕まくり。
まずは手を洗ってー、下ごしらえからだな。
さすがに上階の選手の部屋ほど豪華じゃないけど、高いだけあってそれなりに良い部屋だ。
調理器具もちゃんとあるし、調味料まで備え付けてある。………あ、酒も冷蔵庫に入ってるぞ。
俺が飲むと怒られるから、料理酒として使わせてもらおうかな。
というわけで、ぱっぱと材料を洗って刻んでいく。
サラダとかは先に作っておいて、煮込むものもOK。
焼かないとならないのは、キルアとゴンが来てから火を通してもいいだろうし。
だいたいの準備が整ってから、俺は先にシャワーを浴びることにした。
飛行船内にも一応シャワー施設はあったんだけどさ、やっぱ落ち着かないじゃん?
せっかくだし湯を張って、のんびり浸かることにする。
キルアから連絡が来てもいいように、携帯は風呂場に持ち込み。防水してあるから便利だ。
お、口座から連絡入ってる。カイトが交通費と食費を振り込んでくれたらしい。
………つーか、請求額より多く入れてくれてる。うわあ、悪いなぁ。
感謝のメールを打ちつつ、髪も洗って湯船でしっかりあったまって風呂から出た。
…そういえばキルアたち用にお菓子とか買うの忘れたな。
自分で買ってこい、って連絡するべきか?うーん、でもあんま夜に甘いもん食べるのもな。
「………甘やかすのはよくないんだが」
「たまにぐらい、甘やかしてくれたっていいだろう?」
バスルームのドアを開けると、聞きたくもない声が聞こえてきた。
現実を受け止めるのがものすごーく嫌で、のろのろと視線を巡らせる。
………と、そこには。当然のように部屋の壁に寄りかかって立つ奇術師がいた。
おお、おおおおおおお前、何勝手にひとの部屋に入り込んでくれちゃってんだ。
そうだよな、天空闘技場にゴンたちが来ると知ってお前も舞い戻って来るんだったよな。
だからって何も俺の部屋にまで訪問してくれなくたっていいんだぞ!
「………不法侵入だぞ変態」
「ククク、君こそ。そんな恰好で出迎えてくれるなんて、やっぱり誘ってるのかい?」
やっぱりってなんだ、やっぱりって。
髪がまだ濡れてるから、服が濡れるの嫌で上半身裸なのは仕方ない。
これから髪乾かすんだから邪魔すんじゃねーよ、つかひとの身体じろじろ見んな!!
お前みたいに筋肉がある身体してない貧弱っぷりなんだから、見られると恥ずかしいんだよ!
背中を向けて鏡台の前にどかりと座る。
ちゃんとドライヤーも置いてあって、俺はそれで髪を乾かしはじめた。
ヒソカの存在は無視だ、無視。鏡にヒソカのにやにや笑う顔が映ってるけど、無視。
「良い匂いがするネ」
「キルアたち用だ、勝手に食うなよ」
「うらやましいなぁ、キミの手料理が食べられるなんて。ねえ、ボクのためにも作ってくれよ」
「…ハンター試験で貝を焼いてやっただろうが」
「イルミも一緒だったじゃないか。ボクのためだけに、作ってほしいんだ」
「………イルミから毒でももらったら作ってやるよ」
「ひどいなぁ」
と言いつつも笑ってんだから気色悪い。
俺のすぐ後ろまできたヒソカの手が、そのままこっちの首に伸びてきた。
何する気だてめえ、と思わず身体が緊張するけど。ヒソカの手は俺の顎を撫でるだけ。
………前々から思ってたんだけど、その爪の長さはどうにかならんのかお前。
料理するにも洗濯するにも邪魔そうだ。…家事なんてこいつしないのかしれないけど。
俺の手からドライヤーをとると、なんでか乾かしはじめた。
あのヒソカが後ろにいるって、すっごい嫌なんだけど。でも手つきはやたら慣れてて。
好きにさせてたら、鼻歌混じりにセットをはじめた。………悔しいけど器用だ。
でもやっぱ落ち着かないなぁ、と溜め息を吐いてると。携帯が鳴る。
「もしもし」
『、いまどこにいる?』
「部屋とった」
『は?なんだよ、一緒に泊まるんじゃねーの』
「料理したかったから。というわけで、夕飯の準備はできてるぞ」
『マジで!?』
やや不機嫌そうだったキルアの声が弾んだ。
飯あるってさ!とキルアがゴンに伝えたらしく、やったー!という声も聞こえてくる。
うんうん、喜んでくれて何よりだ。よっしゃ、さっさと準備済ませないとな。
通話を終えると、俺は乾かし途中でも気にせず腰を上げた。
会話は聞こえてたんだろう、ヒソカは時間切れかい?と肩をすくめる。
「キルアとゴンが来る。お前はさっさと出てけ」
「ウーン、まだあの二人に会うのは早いだろうし。今日は、おとなしく引き下がるとしよう」
「………200階にいるんだろ」
「いつでも遊びに来てくれてイイヨ」
「誰が行くか」
「じゃあボクがまた遊びに来るよ。子供のいない時間にね」
生乾きの髪をひと房すくうヒソカの手を、ぺしりとはたく。
むしろ俺ひとりのときに来るのはやめろ、怖いから。
虚勢張るので精一杯なんだよ、いい加減にしろよこのピエロ!
早く出てけ、と顎をしゃくればヒソカはにいと目を細めて唇を吊り上げた。きも!!きもおお!!
「正直、キミが選手登録してないのは残念。やり合ってみたかったのに」
「俺はお前とは絶対にやりたくない」
「美味しいんだろうに」
「いいから、早く行け」
いつまで居座る気だてめえ。
俺はもうさっさと出て行ってほしくて、ヒソカの背中をぐいぐいとドアまで押す。
急かすなよ、と言いながらもヒソカは強く抵抗せず足を動かした。
ドアを開けて廊下に追い出すと、じゃあと顔が振り返る。
「せめて、味見ぐらいさせてくれよ」
「…味見?」
それなら部屋にいるうちに言えよ馬鹿。中まで取りに戻んの面倒臭い。
ウン、と妙に子どもっぽい笑顔で頷いたヒソカは顎をつかむと顔を近づけてきた。
「ご馳走様」
ハートがつきそうな語尾で、そのまま去っていく奇術師の背中。
ドアを開けたまま俺はぽかんと見送るしかできなくて。
………いや、だって、え。
く、唇と唇がごっつんこしましたけど?柔らかい感触がしましたけど!?
へー、唇って柔らかいんだなぁ…………男の唇でも、柔らかいんだ、なー………。
………………うえええええぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ。
キスされたあああああ。よりによって変態に唇奪われたああああああ!!!
うえ、きも、吐く、死ぬ!変態菌が感染する、ヤバイ!!
「あ、いたいた。って、なんつー恰好してんだよ!」
「、おかえりー。仕事は無事に終わったんだね!」
聞こえてきたキルアとゴンの声に、俺は虚ろな目で振り返った。
………ああ、天使たちが見える。やっぱり俺死ぬのか……短い人生だったな。
ドアにもたれたまま項垂れる俺に、ちびっ子たちが駆け寄ってきた。
不思議そうに見上げてくる二人の頭を撫でて、部屋の中に促す。
…うん、君たち二人を追ってきたストーカーに遭遇してね。
お兄さん、大事なものを奪われてしまったんだよ……。
「お、良い匂い」
「ご飯楽しみ!あ、そういえば、お風呂入ったんだね」
「………あぁ、まあな」
「疲れてんなー。どうしたんだよ、仕事そんなに厄介だったのか?」
「いや、仕事はむしろ楽しかった。その後がな……面倒なのに絡まれたっていうか」
ばたり、と俺はベッドに寝転がった。
二人もベッドに乗り上がって、心配そうに覗き込んでくれる。うう、癒しだ。
深々と溜め息を吐いて、目を閉じる。
「………ホント、勘弁してほしい」
「何があったんだよ?面倒なのって…」
「お前たちはまだ知らなくていいことだよ」
「あ、子供扱いすんなよ」
「キルア、俺たちまだ子供だよ」
「そういうことじゃなくてだな!」
賑やかな二人の声を聞いてると、だんだんと気持ちが落ち着いてきた。
……こんな良い子たちに、あんなストーカーがついてるかと思うと笑えないけど。
きっと二人なら、変態なんて蹴散らしてくれると信じて。
「うし、夕飯にするか」
「「うん!」」
大丈夫だ、君の唇はすでに色々な柔らかさを知っている。
[2012年 12月 21日]