第131話―クロロ視点

「クロロって、ほんとなんでも読むよね」
「面白ければそれでいいだろう?」
「俺も嫌いじゃないけど、クロロほどじゃないや。あぁも好きだっけ」

本の匂いが溢れる町を歩きながら、そういえばに本を貸していたなと思い出す。
一度読んだものにはあまり興味を示さない俺だが、あの本はなかなか気に入っている。
ベンズナイフが作られていった経緯が詳しく載っている本で、コレクション一覧もある。
骨董品としての価値も高いが、あのナイフは実用性も高いから便利だ。
も同じ考えなのか、拒否することもなく読んでみると受け取っていたが。

「………あれ?」
「どうした?」
「噂すれば…っていうけど、あれだ」

俺もよく顔を出す店から、見慣れた青年が姿を見せる。
紙袋を下げているところを見ると、どうやら何かを購入したらしい。

「ここで見かけるとは。…そうだシャル、携帯を貸せ」
「は?何で」
「あいつにかける」
「なら俺が」
「いや、俺にかけさせろ」
「普通に声かければいいのに。っていうか自分で電話したら?」
「俺からは着信拒否にしてるらしい」
「………何したのクロロ」
「何もしていない」

どうにも蜘蛛と関わるのを避けようとしているらしい
なのにシャルとは友人だというのだから不思議なヤツだ。
マチやパクともそれなりに親しくなっているらしいし。ヒソカも執着しているようだが。

『もしもし』
「久しぶりだな

電話に出る姿を後ろから眺めつつ挨拶をすると。
シャルの番号なのに俺の声が聞こえたせいか、怪訝そうにあいつが携帯を確認している。
眉間に皺を寄せて携帯を耳にあてる姿がおかしい。

『………なんでお前が出るんだクロロ』
「なに、シャルナークと一緒にいるところでね。お前を見かけたものだからつい」
『………』
「どうだ?食事でも一緒に」

背後から近づいて声をかけると、がゆっくりと振り返った。
俺の姿を見るなり眉間の皺を深めてみせる。
しかし俺の後ろのシャルを見たときには表情は幾分か和らいだように思えた。
やれやれ、シャルもも、お互いに随分と。

「クロロ、そろそろ携帯返してくれない?」
「あぁ、悪い」
「まったく、俺がかけるって言ったのに」
「それじゃ面白味がないだろう?」

俺の言葉には呆れた顔だったが、それ以上は何も言ってこなかった。
そのまま三人で食事をとることにして、久しぶりの会話を楽しむ。

「この辺りにはよく来るのか?」
「まあ、時間があるときは」
「この町は本の流れが一番だからな。その中でもあの店は毛色が違って面白い」
「あの店?」
「お前が出てきた店だ」
「クロロも知ってるのか」
「この町に通う人間なら大抵は知っているだろう」

どんな本でも流れてきて、そしてまたどこかへ流れていく。それがこの町だ。
そんな中にあって、かなり偏った種類の本が集まるのが先ほどの店。
一般に出回ってる本でも、客が求めれば取り寄せたりしてくれるという。物好きな店だ。
そういった物好きが多い町ではあるが、あそこの店主は一際特殊だろう。
俺のベンズナイフの本も、あの店で見つけたんだった。

「シャルこれから予定とかある?」

ぼんやりと思い返していたら、いつの間にやらシャルとの二人で会話をしている。
予定がないとよく一緒に過ごしているらしいから、自然な流れなのかもしれないが。

「んー、クロロと慈善事業」
「………慈善事業」
「そう疑わしい顔をするな。盗むだけが仕事じゃないさ」
「何?予定なかったらどっか出かけたかった?仕事終わった後でなら行けるよ」

………この言葉を他の奴等に聞かせてやりたいな。
シャルが自分の時間を融通して付き合うなんて、天変地異の前触れかと思うに違いない。
もしくは、それだけのメリットがこの男にあるのかと。
そんなことを言おうものならアンテナが飛んできそうだな、とサンドイッチを頬張る。

「あ、いや。この本、マンションに置きたいと思って。ただ俺はこのまま行きたい場所があるから、シャルが家に寄るなら頼もうかと。…仕事あるならいい、気にしないでくれ」
「なんだも忙しいね」
「せっかく会えたんだから、一日二日ぐらい付き合ってくれてもいいだろう?」
「…お前たちに付き合うとろくなことがない」
「あはは、言われてるよクロロ」
「お前も含まれてる可能性があるぞ」

俺の言葉に、シャルはえー?と笑いながらの肩に肘をのせた。
あれだけ互いの顔が近づいても、嫌な顔ひとつせず許容しているというのはどうなんだ。

「俺といたって、別に面倒なことにはならないでしょ?」
「……まあ、シャル単体なら全然問題ないけど」
「ほらー」
「お前はシャルに甘いな」
「常識っていうものがあるから、かな」
「シャルに常識……。猫をかぶるのが上手いだけという気も」
「クロロ、俺そんなに気が長い方じゃないんだ」
「…やれやれ」

お前の気が短いのは知ってるよ。
基本的に感情を表に出すことはないが、冷静であればあるほど恐ろしい男だ。
怒り心頭のときはむしろ静かになっていくタイプだから、厄介でもある。

俺とシャルのひそかな駆け引きを眺めていたが、話に割って入ってきた。
このままだと不毛だと思ったのだろう。

「クロロ、土産がある」
「土産?」
「試験中たまたま手に入れたんだ。<未知のイヤリング>」
「ほう?」
「うわ、それクロロが欲しがってた呪いアイテムじゃん。どんな試験だったの」
「宝探し?」
「土産ということは、もらっていいのか」
「どうぞ。俺はこういうの別にいらないし」

ベンズナイフの本のお礼だろうか、律儀なヤツだ。
未知のイヤリングというのは、触れた者の未来を報せるという呪われた装飾品。
正しくは、誰かがイヤリングに触れると光が変化し、その色に応じた未来を招くだけ。
結局はその色の未来がやって来るのだから、結果としては同じわけだが。
さて俺はどんな未来を招き寄せるかな、とイヤリングに触れてみる。

「………赤、ということは」
「クロロに身の危険が降りかかる」
「うわー、クロロって運ないんじゃないの」
「確かに普通の運には恵まれていないかもしれないな。悪運は強いと思うが」

これまで生き残ってきているんだ、普通の運ではないだろう。
幸運に好かれているか、というとどうだろうなと答えるしかないが。

「これからの仕事で何かあるんじゃないの、クロロ」
「ふむ」
「…慈善事業に行くんだろ?どうして危険が」
「慈善事業って言っても、上からの指示でさ。お仕置きっていうのかな」
「流星街のルールを守らずに手を出してきた物知らずのマフィアがいるらしい。秩序なんてないも等しい場所だが、そんなところでも守るべき掟はある。だから外の連中に思い知っておいてもらうというのは俺も賛成だ」
「…つまり、流星街の掟に触れるような馬鹿なマフィアがいたってことか?」
「そ。最近有名になってきた勢力らしいんだ。だから色々と鼻につく行動が多いみたいでさー」

流星街の人間は、存在しない者として扱われている。
だからマフィアなどの裏の社会では、足のつかない人材として重宝されることが多い。
金や武器など様々な物品と引き換えに、人材を提供する。流星街にはそういった取引もある。
だがしかし、正式な取引もなしに流星街に手を出す者を許すことはない。
自らの命を投げ打ってでも報復する、それは過去にも行われてきたことだ。

まあ、今回はそんなに大きな仕事でもない。
ひとつのファミリーを叩き潰せればそれでいいわけだ。
たまたま流星街に里帰りしていたがために、こんな仕事を押し付けられてしまったが。

「さて」

ココアを飲み終えてカップを下ろすと、があの焦げ茶の瞳を持ち上げた。
今回は大した仕事でもないんだし、億劫にも思っていた。
せっかくの暇つぶしの材料が目の前に現れたんだ、使わない手はない。

「ここまで話を聞いたんだ。協力してもらおうか」

お前も同郷なんだ、手伝う理由にはなるだろう?





流星街出身じゃありません違うんです信じてください。
あと主人公は別にベンズナイフに思い入れはまったくないんです本当に。誤解です!

[2012年 8月 24日]