第131話
「こんにちは」
「…なんだ兄ちゃん、随分来るのが早いな」
「情報は早く仕入れておきたいんで」
グリードアイランドから出て(チビとのお別れはちょっと寂しかった)
ゾルディック家までの道の途中にある本屋の森みたいな町に俺は立ち寄っていた。
多分この町の八割ぐらいは本屋とか古本屋なんじゃなかろうか、ってぐらい。
適当に店に入ればほとんどが本屋、みたいな。俺みたいな人間には夢のような町だ。
この町を知ってからは呪いに関連した書籍を探すためにちょくちょく顔を出してる。
ただ単に趣味もかねて、ってときもあるんだけど。
何件か本屋を巡って最後に顔を出した店は「フォレスト」っていうとこ。
古本屋は本の入れ替わりが激しくて、欲しい本と巡り合うのはほぼ運任せだ。
だけどここの店長は、客それぞれの好みを把握してて。場合によっては取り置いてくれる。
そんなわけで、俺が呪い関連の本を探してることもここの店長は知ってくれていて。
取り置いてくれてるらしいから、今回はその本を受け取りに来たわけである。
「これだ、持ってけ。支払はいつも通りでいいな」
「はい。……また随分と沢山」
「やたら流れてきた。呪いフリークが馬鹿やらかしてぽくっといったって噂だが」
「ぽくっと…」
「兄ちゃんも気をつけな。下手に手を出すと死ぬぜ」
物騒なこと言わないでくださる!?俺だって呪いになんて関わりたくねぇよ!!
元の世界に戻る手がかりとして必要なだけであって、うう。
…そうだよな、呪いっていうのは危険なもの。怖いものでもある。
きちんと手順を踏んでルールを守れば大丈夫ってことだけど、危ないことに変わりはない。
しっかりと勉強して、危険を減らさねばと購入した本を紙袋に入れる。
「あぁ、そうそう」
「?」
「ハンター合格おめでとう」
「…ありがとうございます」
ハンター試験にここの店長は試験官として参加してたんだっけ。
飛行船で見かけたときはびっくりしたけど、やっぱこうして本に囲まれてる方がしっくりくるよな。
店長こそお疲れ様でした、と労うとちょっとだけ目を見開かれてしまった。
「別に、仕事だからな」
「試験官任されるぐらい、優秀ってことですよね」
「俺に向いてるもんとは思えないが。ま、終わったんならよしとする」
「はい。じゃあこの本、いただいていきます」
「あぁ」
一冊一冊がかなりずしっと重い。
紙袋を手に店を出て、さてどうしたものかと俺は通りへ視線を向ける。
そろそろ昼飯でもとるかなぁ。ちょっと歩けばオープンカフェとかあったはずだし。
ゴンたちと合流しなきゃだけど、その前にこの本をシャルのマンションに置いて…。
ん、あれ?電話だ。
携帯を取り出してみると、ディスプレイにはシャルの名前。おお、タイムリー。
「もしもし」
『久しぶりだな』
聞こえてきた声に俺は一度携帯を耳から離す。
…………いや、表示されてる名前シャルだよな?あれ、声違うんだけど。
やたら落ち着いた、面白がるような余裕しゃくしゃくの声がしてくるんだけど。
この声ってまさか。
「………なんでお前が出るんだクロロ」
『なに、シャルナークと一緒にいるところでね。お前を見かけたものだからつい』
「………」
なん……だと…?
俺を見かけたって、つまりこの町にクロロもいるってことか!?
シャルも一緒にいるっぽいけど…なんでまた遭遇率高いのかな俺!
シャルはいいとしてもクロロに会うのは避けたいというのに。…疲れるから。
まあでも、初めてクロロに会ったのもこの町に寄ったときだったしなー。
あいつも本好きなんだから仕方ない。
「どうだ?食事でも一緒に」
って機械を通したんじゃなく肉声が聞こえてきたー!!?
恐る恐る振り返れば、シャルの携帯を手ににっこり笑うイケメン。くそ、変装バージョンか。
そんでもってクロロのちょっと後ろで呆れた表情を浮かべてるのはシャルだ。
シャルに会えたのは嬉しい。けっこう久しぶりな気がする。試験中に電話はしたけど。
「クロロ、そろそろ携帯返してくれない?」
「あぁ、悪い」
「まったく、俺がかけるって言ったのに」
「それじゃ面白味がないだろう?」
面白味なんて求めなくていいよ!
そんな叫びを内心だけにとどめて、結局俺は二人と一緒に食事をすることに。
俺の足元に置かれた紙袋をちらりと見たクロロが、この辺りにはよく来るのか?と尋ねてきた。
「まあ、時間があるときは」
「この町は本の流れが一番だからな。その中でもあの店は毛色が違って面白い」
「あの店?」
「お前が出てきた店だ」
「クロロも知ってるのか」
「この町に通う人間なら大抵は知っているだろう」
運ばれてきた食事に口をつけながら、俺はちらりとシャルを見る。
携帯をいじっていたシャルは何?と顔を上げて小首を傾げる。うわ、マジで久しぶりのシャルだ。
「シャルこれから予定とかある?」
「んー、クロロと慈善事業」
「………慈善事業」
「そう疑わしい顔をするな。盗むだけが仕事じゃないさ」
そりゃ盗賊といっても慈善事業もする、って漫画に描いてあったけどさ。
でもあの蜘蛛が?とイメージわかないんだよな。
盗んできた品物を最終的に博物館とかに流すのも、彼らにとっては慈善事業なんだろうか。
結局は盗んでるんだから慈善じゃないよねそれ!?って思うんだけど。
「何?予定なかったらどっか出かけたかった?仕事終わった後でなら行けるよ」
「あ、いや。この本、マンションに置きたいと思って。ただ俺はこのまま行きたい場所があるから、シャルが家に寄るなら頼もうかと。…仕事あるならいい、気にしないでくれ」
「なんだも忙しいね」
「せっかく会えたんだから、一日二日ぐらい付き合ってくれてもいいだろう?」
「…お前たちに付き合うとろくなことがない」
「あはは、言われてるよクロロ」
「お前も含まれてる可能性があるぞ」
ココアに口をつけたクロロの反撃に、シャルはえー?と笑う。
それから俺の肩に肘をのせて、にこにこ笑った顔を近づけてきた。
「俺といたって、別に面倒なことにはならないでしょ?」
「……まあ、シャル単体なら全然問題ないけど」
「ほらー」
「お前はシャルに甘いな」
「常識っていうものがあるから、かな」
「シャルに常識……。猫をかぶるのが上手いだけという気も」
「クロロ、俺そんなに気が長い方じゃないんだ」
「…やれやれ」
こうして見ると、クロロとシャルって仲良いよな。
リーダーと副リーダー、っていう感じのポジションだからかもしれないけど。
二人とも頭が良くて状況判断が適確。蜘蛛にとっては要になる存在だ。
だけどそんなの関係なく、なんというか大人な友人関係を築いているようにも思える。
こう…近づきすぎず、だけど遠すぎるわけでもなく。良い距離感。
あ、そうだ。
「クロロ、土産がある」
「土産?」
「試験中たまたま手に入れたんだ。<未知のイヤリング>」
「ほう?」
「うわ、それクロロが欲しがってた呪いアイテムじゃん。どんな試験だったの」
「宝探し?」
「土産ということは、もらっていいのか」
「どうぞ。俺はこういうの別にいらないし」
軍艦島で発見した呪われたイヤリング。
直接触れるとイヤリングの力が発動してしまうため、俺は厳重に布にくるんでたんだけど。
受け取ったクロロはなんの遠慮もなく素手でそれをつかんだ。ちょ、おま。
イヤリングが光を放ち、色が変化する。
そしてイヤリングが招いた未来は。
「………赤、ということは」
「クロロに身の危険が降りかかる」
「うわー、クロロって運ないんじゃないの」
「確かに普通の運には恵まれていないかもしれないな。悪運は強いと思うが」
未知のイヤリング。
それは所有したものの未来を報せると言われている。
正確には、人間が手にしたときにイヤリングが反応して色を変えるだけ。
その色に応じた未来をイヤリングが招きよせる、っていう呪われた品物だ。
青なら悲しい何かが、赤なら危険なことが将来やってくる。
……まあ旅団に所属してるこいつは、いつだって危険と隣り合わせなんだろうけど。
「これからの仕事で何かあるんじゃないの、クロロ」
「ふむ」
「…慈善事業に行くんだろ?どうして危険が」
「慈善事業って言っても、上からの指示でさ。お仕置きっていうのかな」
「流星街のルールを守らずに手を出してきた物知らずのマフィアがいるらしい。秩序なんてないも等しい場所だが、そんなところでも守るべき掟はある。だから外の連中に思い知っておいてもらうというのは俺も賛成だ」
「…つまり、流星街の掟に触れるような馬鹿なマフィアがいたってことか?」
「そ。最近有名になってきた勢力らしいんだ。だから色々と鼻につく行動が多いみたいでさー」
なんて、命知らずなことしたんだそのマフィアは…!!
流星街の連中が怒るようなことやらかしたってことだろ?信じられない。
絶対に怒らせちゃいけない相手なのに何を考えてるんだ。
確かにマフィアなんて喧嘩っ早い連中だとは思うけど、でもさ。
裏の世界で生きてる人間なら、命を危険にさらすようなことには敏感であるべきだろう!
「さて」
空になったカップを置いて、クロロが頬杖をついた。
にっこりと爽やかイケメンスマイルを俺に向けて投げてくる。
な、なんだよその顔。
「ここまで話を聞いたんだ。協力してもらおうか」
話しちゃいけない内容なら話すんじゃねえよてめええええぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!!!!
なかなかキルアの元へ行けません。
[2012年 8月 24日]