第149話―ウイング視点
ゴンくんとキルアくん。
まだ子供であるというのに並の大人では相手にならない強さを持つ少年たち。
その小さな身体に秘められた才能は計り知れない。
実際、ゴンくんは今年のハンター試験に合格している。
キルアくんだって最終試験まで残っており、実力的には合格できるレベルだったそうだ。
彼らは武者修行に天空闘技場を訪れたようだが、まだ念の存在は知らないらしい。
しかしズシとの試合で何かを感じ取ったみたいだった。念とは何か、興味を示している。
だけど彼らが念を知るにはまだ早いように思われる。
これはとても大きな力だ。間違って使えばそれは恐ろしい凶器ともなる。
だから念を教える者は慎重に見極めねばならないのだ、相手が資格を持つものかどうか。
素直な子供たちだとは思う。悪い子ではない。
だが、まだ成長過程にある彼らは、これからどういう道を歩んでいくかはわからない。
大きすぎる力を持ってしまったがゆえに、これからの未来を歪めてしまう可能性もあるのだ。
「だからこそ、彼は教えていないのかもしれませんね」
「?どうしたっすか師匠」
「いえ。纏を続けなさいズシ」
「押忍!」
先ほどまでキルアくんとゴンくんがここにいた。
彼らには方便の「燃」を教えたけれど。
恐らく知りたかった真実とは違う答えを与えられたと、気づいているだろう。
まだ躊躇いがあるのだ。彼らに念を教えてしまっていいものかどうか。
「=……」
その名前をいまも知っている者は、天空闘技場では減ってしまっているだろう。
数年前には200階クラスに属しており、棄権した試合を除けば負けなしだった。
フロアマスター間違いなしと言われていたのに、突然登録を消してしまったのである。
天空闘技場のコアなファンは彼の存在を覚えているようで、姿を見せたときはざわめいた。
彼本人は全く気にしていないようだったが、それぐらい一部では知られた名ということ。
試合の記録を見たことがあるが、確かにかなりの使い手だった。
なぜ天空闘技場などに身を置いていたのか疑問に思うほどのレベルで。
再び顔を見せたくんは、変わらず重厚なオーラをまとったまま。
意外なことに子供を二人連れていた。そう簡単には見つからないだろう、逸材を。
だからすぐにわかった。彼ら二人の修行のために、ここに足を運んだのだろうと。
なのにゴンくんとキルアくんに念を教えている様子はない。
彼らがくんに念のことを尋ねていないわけがないのに。なぜ、教えないのか。
「しかし、このままでは」
あの二人は近いうちに200階へと辿り着いてしまうだろう。
そのときに念を覚えていないのでは。
私の懸念は現実のものとなり、いよいよ二人は200階への切符をかけた試合を迎えた。
恐らく勝ってしまうだろう。ここのレベルであの二人に敵う者などいない。
そうなるとあの二人は200階へと足を踏み入れることになり、そうなった場合…。
やはり念を教えておかなければ取り返しのつかないことになる。
あれほどの才能をそのままに潰してしまうのは勿体ない、とロビーから試合を観戦する。
二人の出番はもう少し先だろうか。ズシが先ほどからそわそわとモニターを眺めている。
その気配を感じながら、私はある人物を発見した。
壁際にあるベンチに腰を下ろしているのはくん。ゴンくんとキルアくんの保護者だ。
モニターを眺める横顔はいつも通り静かなもので。
200階クラスを体験している身だからこそ、念を知らない危険をわかっているはずなのに。
なぜそうも落ち着いているのかと声をかけずにはいられなかった。
「失礼」
私の声に顔を上げたくんは数回瞬いただけで、動揺した様子はない。
もしかしたらキルアくんたちから私の話を聞いているのかもしれない。
それに敵意を抱いているわけではないから、とりあえず警戒もしないでいるのだろう。
隣に座るよう促してくれる青年にお礼を言って腰を下ろす。
共にモニターを眺めていると、いよいよキルアくんとゴンくんの試合が始まろうとしていた。
「君は、ゴンくんとキルアくんの保護者…のようなものですか?」
「はい」
「彼らに念を指導してはいないんですね」
単刀直入に尋ねると、少しだけ彼のオーラが揺れる。
「俺の場合、誰かに教えられたものじゃないから…妙な癖が二人に移っても困る」
「我流ですか」
「あぁ。貴方のように流派があるわけではなく、生きるために気が付いたら身に着いていただけで」
詳しく自己紹介をしたわけでもないのに、色々と見抜かれているようだ。
それもそうか、彼ほどの実力者なら我流かそうでないかぐらいはわかるだろう。
私の学ぶ心源流拳法は有名なものでもある。
しかし、やはり彼は我流なのか。
裏稼業の匂いはさせているし、そういった世界の人間は正式に学んでいない者も多い。
流星街などで育つ者は大半が生き延びていくうちに念を身に着けるというし。
そうして生き残った者だけが、裏の世界を歩き続けていられるのだから。
とはいえ、彼の場合は血生臭い世界に浸っているわけでもないようだが。
「そうですか」
「よければ、貴方に二人のことを指導していただきたい」
その申し出に少々驚いた。が、やはりという気持ちもある。
彼はキルアくんやゴンくんをとても大切に思っているのだろう。
だからこそ、正しい方法で戦う術を身に着けてほしいのかもしれない。
「…私ですか」
「キルアはともかくとして、ゴンはその資格があるはずだ。合格者の情報はもらっているのでは?」
「……そこまでご存知でしたか」
本当に、どこまで見通しているのだろうか。
苦笑していると、ゴンくんとキルアくんが無事に試合に勝った。
ついに彼らは200階へと進むことになるわけだ。
あのクラスには念能力者しかおらず、新しく入った者は必ず洗礼を受けることになる。
「……仕方ない。ズシ」
「はい、師範代!」
「少し彼らと話をしてくるから、先に帰っていなさい」
不思議そうなズシはくんが手を振ったことで顔を強張らせた。
修行して念を着実にマスターしているこの子は、彼の纏の桁外れた質を感じているのだろう。
うん、そういうところもわかるようになってきたのは成長だね。
ズシと別れてエレベーターに乗り込み、ゴンくんたちが向かったであろう200階へ。
上へ進むにつれて、不気味なオーラが近づいてくるのを感じる。なんだ、これは。
「……この、オーラは」
「………ヒソカだな」
反してくんは落ち着いた表情。
「ヒソカ?確か200階クラスの」
「そう。ゴンが倒したいと望んでる相手でもある」
「…そういえば、君たちの同期生でしたね」
天空闘技場の常連でもあり、今年のハンター試験に合格した人物と聞く。
かなりの戦闘狂で前年には試験官を殺してしまっただとか。
そんな人物と戦いたいとゴンくんは望んでいるのか……なんという子だ。
200階に辿り着くと、それは禍々しいオーラが吹きつけてくる。
通路を進んでいくと、まるで吹雪の中を必死に進もうとするかのような二人を見つけた。
「無理はやめなさい!」
「…ウイングさん!?」
「彼の念に対して、君たちはあまりにも無防備だ。極寒の地で全裸で凍えながら、なぜ寒いのかわかっていないようなものです。これ以上心身に負担をかけると、死にかねないよ」
「…っ…これがネンだと!?あいつが通さないって思っただけでこうなるってのかよ!!」
相当念について知りたがっていたキルアくんの噛みつき方はすごい。
本当の念について教えることを伝えれば、二人は頷いてくれた。
しかしあと数時間で纏をマスターしてここへ戻ってこなければならない。
それができなければ、キルアくんは天空闘技場への参加資格を失ってしまうようだ。
…この子たちなら、きっと可能だろう。それだけの才能がある。
とりあえず私の家へと向かうと、ずっと気配を殺していたくんが顔を出した。
存在に気づいていなかったらしいキルアくんとゴンくんは驚いた顔。
「って、!?」
「いたんだ!」
「邪魔になると思って。よかったな、ちゃんとした師匠が見つかって」
「…お前…」
「これ差し入れ。甘いものは疲れをとるのにいいからな」
本当なら彼らはくんに教えてほしかったはずだ。
しかししれっと抗議の視線を流して彼は白い箱をキルアくんに手渡す。
話の腰を折るのが上手い。
少し空気がゆるんだところで、受付のある方向から声が響いた。
「」
通路に溢れるオーラと同じく、危険なものを帯びた声。
ヒソカという人物の肉声を聞いたのも、そのオーラを実際に見たのも初めてだ。
……これは確かに、恐ろしいほどの力を持つ奇才。
禍々しく、しかしだからこそ強い。
くんは彼を前にしても怯える様子はなく。むしろ、応じるようにオーラを膨らませた。
ヒソカと同様、やはりぞわりと本能を震わせるオーラを持っている。
それでもくんのオーラというのは無差別に敵意や殺意を向けるものではない。
だから私はもちろん、キルアくんもゴンくんも心底身の危険を感じることはなかった。
これを真正面から直接叩きつけられた場合はとても恐ろしいだろうが。
「どうせまたここに二人は帰ってくるんだろう?一緒に待ってようじゃないか」
「なんでお前と待ってなきゃいけないんだ」
「一人遊びもいいけど、いまはババ抜きをしたい気分でサ。付き合ってくれよ」
まるで呑み込みまとわりつくようなヒソカのオーラ。
しかしくんは小さく溜め息を吐いただけで、驚いたことに招きに応じた。
「じゃあ二人とも、ここで待ってる」
「………おう」
「絶対戻ってくるからね!」
帰ってくると信じているらしい彼は、キルアくんたちに手を振って歩き出す。
いまだヒソカのオーラの風は荒れ狂い、先ほどよりもその渦は強くなっている。
だというのに、くんは涼しい顔で通路を進んでいった。
念を習得していたとしても、このおぞましい気配は進んでいくことを躊躇わせるだろうに。
彼にとっては特別なものでもなんでもない、というような足取り。
その背中を見送るキルアくんは強く拳を握って。
早く教えてくれと、私を見上げた。
実はウイングさんも主人公のことを知っていました
[2013年 1月 13日]