第150話

ぽい、と揃ったカードを捨てる。
いったい何度目かわからないババ抜きを続けながら、俺は溜め息を吐いた。
いまんとこ勝率は五分五分なんだけど、ずっとやってると飽きてくる。二人しかいないし。
どっちかがババを持ってるわけだから勝負はただの一騎打ち。疲れる、すごく疲れる。

疲労してきた上に夜中に近くなってきて、だんだんと俺の頭も回らなくなってきた。
こうなると普段感じてる恐怖とかそういう感情も鈍くなるみたいで。
ぼんやりとした頭で思ったことがするりと口から流れてしまう。

「……おいヒソカ」
「なぁに」
「…………気色悪い声出すな」
「クックック、ボクの声なんていまさらじゃないか」

自覚あんのにそういう声出すのマジでやめろ!嫌がらせか!!
なんか眠いのも手伝ってか、また怒りがふつふつとわいてきたぞ。そうだよこいつ…!

「よくもあんなことしてくれたな」
「あんなこと?………あぁ、もしかしてキスのことかい?ククク、なんだキミでも気にするの」
「気にしないと思うのか」

男と男がするものじゃないし、何よりこんな気持ちの悪い生き物にされたのがショックで。
あれだよ…なんかさ、カエルとか虫に触られたような気分だったよ。
キルアたちに夕飯を振る舞った後はもう一度風呂に入ったからな!顔洗いまくった。
勢いよく顔を洗いすぎて鼻の穴に小指を突っ込んだのは内緒だ。……ちょっと鼻血出たけど。

二度も風呂に入ってあの日はすごく疲れた。
これまでで一番最悪の嫌がらせだったように思う。

「そうそう、そんな顔を見せてくれるなら奪った甲斐があるネ」
「………は?」
「キミ、ボクとやり合うのを嫌がるだろ?」
「お前と好き好んで戦うヤツなんていないと思うが」
「ウーン、そうなんだよねぇ。ボクが誘いたいヤツはなんでか応えてくれなくて。キミとかイルミとか」
「面倒になるのがわかってるからだろ」
「それが楽しいんじゃないか。障害はあればあるほど、達成したときの気持ち良さは格別だ」

………ヤバイ、ひとりで悦に入り始めた。
クククク、と目を細めて笑う奇術師は本当に不気味。オーラもぞわぞわ気持ち悪い。

「特にキミは苦労するよ」
「俺?」
「どうしたらボクとやり合ってくれるんだろうねぇ」

ぶわりとヒソカのオーラが殺気を孕んで膨れ上がった。
凄まじい圧迫感に押し潰されないよう、俺も自然と纏うオーラ量を上げる。
いつでも反応できるようにヒソカをじっと見つめるけど、彼はしばらくして戦闘態勢を解いた。
それから残念そうに肩をすくめて、手札を場に捨てる。

「こうやってみても、キミの反応は薄いし。大抵は応じてくれるものだろ?」
「………俺はお前みたいに戦闘狂じゃないんだ」
「イルミも、ボクがしつこく誘えば針の一本は投げてくるよ」
「何してんだお前は…」
「だからを怒らせるにはどうしたらいいか、って考えてみたんだけど」

何迷惑なこと考えてんだてめぇはよ。

「キミ、ゴンたちに何かあったら怒るだろう?」
「………それは当たり前だ」

ゴンもキルアも、クラピカやレオリオだって。
っていうか俺の大事な人達に何かされれば、そりゃ怒るよ。当然のことだろ。
俺に何ができるかわからないけど、でもそれなりに行動に出るとは思う。

「だがその場合、イルミも黙ってないだろう。キルアに関しては」
「ウン、そこが問題でね。ゴンたちも、ボクとしては熟すまで待っていたいし…そうなると彼らを材料にはできなくなる。そこで、キミが嫌がりそうなことって何かあるかなって探してみたんだ」

………………で?その結果が、この間のキスだって…?

「もちろん、やりたいと思ったからやったっていうのもあるね」
「おいこら変態」
「そうそう、その顔。良い殺気だよ

胸倉つかんでいい?この変態張り倒していいかな?いいよね!!

手にしていたカード全部をオーラで覆って、そのままヒソカに叩きつける。
勿論こいつは全部華麗に避けたけど、カードたちはそのまま壁に綺麗に突き刺さった。
はっはっは、男の純情踏みにじったんだこのぐらいで済ませないぞ変態が!!

俺はキスするんなら可愛い女の子がいい。あ、これは見た目の話じゃないぞ。
ちゃんとお互いに好きになって、好きだなぁって思えたときにようやく得られる大切なもの。
それがキスだと俺は思っている。………夢見るなとか言うなよ。
いいじゃないか、だって俺誰とも付き合ったことないし!!夢見させてくれよ…!!

そんな大事な大事なものを、戦う理由のためとかで奪いやがってこの野郎。
ご希望通り構ってやろうじゃねえか、と捨てられたカードたちを拾い上げる。

「いいねぇ、ようやくその気になってくれたのかい?」

ヒソカはヒソカで、遊んでいたのとは別のトランプを手の中に広げた。
普段だったらこの狐のような目と不気味なオーラを前にして、まともに立ってられない。
気持ち悪くて怖くてすぐさま逃げ出したくなるだろうけど、ここは俺の男の矜持がかかってる。

…つまらないことで怒るなって?怒るよ!!
眠気もあって理性なんてほとんど吹っ飛んでる俺は、カードに念をこめて床を蹴った。

瞬きを止めて時間を加速するものの、俺の動きにヒソカは反応してるのがわかる。
くそ、化け物め。スローになってても十分に動きが速いぞこいつ。
手にしたカードをヒソカの進行方向に投げつけるものの、仰け反ってかわされた。
……この柔らかすぎる身体の動きも不気味だよな。トリッキーで予測がつかない。

「ボクのカードで戦うなんて、ゾクゾクするね」
「あるものを使って何が悪い」

俺が瞬きを再開すれば眼前に迫るピエロ。ひいいい、気持ち悪い寄るなてめええぇぇ!!
ヒソカの手が伸ばされて俺の急所を狙う。それをもう一枚のカードで防いだ。……けどっ…!!
拳にこめられたオーラは相当なもので、そのまま受け止めるのは難しそうだった。
カードを滑らせるようにしてヒソカの拳から身体を離し、念をこめていたカードは流れのまま捨てる。

床に突き立ったカードは、だけど次の瞬間には俺に向かって跳ね返ってきた。
って、バンジーガムか!!いま拳が触ってた一瞬で…!!

「……お前の能力、本当に厄介だな…!」
「アリガト」

触ったものに取りつけることができるヒソカのバンジーガム。
これはヒソカの念を変化させたもので、伸縮自在だしつけたら外すことは難しい。
触れればつけられる、ってのが難点だ。攻撃にしろ防御にしろ、ヒソカに触ればアウトなんだから。
……やべー、忘れかけてた。武器ないからたまたまカード使ってたけど、危ない危ない。

俺はただヤツの脳天に一発叩き込んでやりたいんだよ、重たいのを。
でもそうなると触らないといけなくなるし、と一度距離をとって思い切り踏み込む。
足のオーラを増やして加速し、ヒソカとの距離が縮まった瞬間に再び瞬きを止めた。
面白そうに俺のことをじっと見てるのがマジで怖い。本当に楽しんでるんだ、戦いってものを。
まるで俺の攻撃を待つかのように動きはゆったりしてて、それが腹立たしい。

もうこうなったら、イチかバチか…!!

ヒソカの顔面に向かって最後の一枚であるカードを放つ。
無造作にそれを払った奇術師の空いた腕を俺はがっしりとつかんだ。
ちょっと意外だったのか、一瞬だけヒソカが反応を止める。だけど次の瞬間。
まるで反射のようにヒソカの腕のオーラが俺の手を包もうとしてるのが感じられた。
これ絶対バンジーガムだよな、このままつけようとしてるよなええい…!!

≪息呑む時間(ストップウォッチ)≫

息を止めている間、対象の動きを止めることができる俺の能力。
もちろんこれは制約があって、一度対象に触れることが条件。
しかも俺が手にした武器で触れる、とかじゃダメで。直接俺の手で対象に触れないといけない。
対象のオーラそのものに俺の手が触れれば、ひとつ目の条件はクリア。

そしてさらには俺の円の限界範囲内までしかこれは効果がない。
あとはこの能力を使ってる間は≪瞬きの時間(タイムラグ)≫は使えないっていう制約もある。

俺のオーラがヒソカの動きを止める。動きというよりは体感時間そのものを止めてる。
だからこれが発動してる間は、対象の時間は止まっていて思考も停止してる状態だ。
けど俺の息が続くまでだから、そう長くは維持できない。肺活量増やす訓練してんだけどね…!
遠慮なく拳を振り上げ、ヒソカの脳天に叩き落とす。

さすがの変態も、ここは床に沈み込んだ。

ふっふっふ、思考を停止できるからオーラの攻防も阻めるんだよなこの能力。
気が付いたら攻撃されてる状態になるため、攻撃をされるだろう場所にオーラを集めるってことができなくなる。つまりはいつもより無防備な状態で攻撃を打変えることになるわけだ。
しかも頭だからな。ウボォーとかならともかく、普通はもともと繊細な部分。

…まあ、俺の渾身の一撃でもヒソカなら死にはしないんだろう。不死身そうだよな、こいつ。

「クク、ククククク…」

ってなんか笑ってるー!!?
ゆっくりと身体を起こして座りながら笑う姿は果てしなく不気味だ。
気が触れたか、って警戒するものの。そもそもこいつは狂ってるんだった、と思い出す。

立てた膝に腕をのせて笑ったヒソカは、上機嫌で。

「200階クラスへようこそ」

俺の後ろへと視線を投げた。
………………え、と振り返ればそこには。
しっかりとオーラを纏ったキルアとゴンが立っていて。

「洗礼は受けずに済みそうダネ」

あれえええぇぇ!?いつの間にいらしてたの二人ともー!?





眠いと酔っ払いみたいな状態になることってありませんか

[2013年 1月 19日]