第151話―ゴン視点

ウイングさんが教えてくれた「念」。
説明されたこと全部を理解することは俺には難しかったけど。
俺たちの中に眠る力が呼び覚ますものなんだ、ってことはわかった。
そしてそれはすごく危険なことで、賭けみたいなものなんだってことも。

自分の身体の中にこんなエネルギーが眠ってるなんて知らなかった。
力強いものに包まれている感覚がする。そう、ぬるい粘液の中にいるみたいだ。
キルアは重さのない服を着てるみたいだって言ってたけど、確かにそう俺も思う。

この力さえあれば、あのヒソカの不気味な圧力にも負けない。

ウイングさんが放つ強烈な殺気みたいなものを受けても、キルアは逃げなかった。
これはただの殺気じゃなくて念だったんだ。これがイルミやも持っている力。
体中を巡るオーラを感じて、俺はわくわくしながら天空闘技場に戻った。
だって、この力を使って戦ったらどんな風になるんだろう…!
自分の中に眠っていた力がどんなものなのか、試したくて仕方ない。

「なんとか時間に間に合いそうだね!キルア」
「あぁ」

エレベーターに乗り込んで200階を目指す。
だんだんと上に昇っていくにつれ、俺とキルアは異様な気配に気づいた。
まるで頭の上から押さえつけられているような、すごく重たくて濃いオーラが上階にある。

「これ……片方はヒソカ、だよね」
「だな。さっき感じたのと同じだ」
「でも、もうひとつ…あるよね?」
「………あぁ。ヒソカとやり合ってるっぽい」

ただ俺たちを威嚇してただけのヒソカのオーラが、獲物を前にした猛獣みたいに踊ってる。
そして感じるもうひとつのオーラもすごく刺々しくて、こっちは獣というよりはハンターだ。
ただ目的のために動物を狩る、混じり気のない真っ直ぐな殺意を感じる。
氷のようなオーラと、それを覆って溶かそうとするかのように蠢く炎みたいなオーラ。

ぶわりとヒソカのオーラが広がったかと思うと、それを遮断するように切り込む鋭いオーラ。
凄まじい攻防がオーラだけでわかる。いったい上で何が起こってるんだろう。

エレベーターが200階に辿り着き、俺とキルアは一歩を踏みしめた。
このフロアに充満するオーラが凄すぎて、念を習得してなかったら息もできないかもしれない。
俺もキルアもきちんとオーラを纏っていることを確認して、一歩一歩前へ進んだ。

そして見えてきたのは、ヒソカと戦うの姿。

なんで二人が戦ってるんだろ、しかもこんなすごい殺気。
ヒソカは楽しそうにしてるけどはとても怒ってる。あんな顔、初めて見た。
憎しみとか怒りとか、そういった感情をひとに向けることははあんまりしない。
負の感情を向けるぐらいなら、相手には無関心さを示すのに。

「……お前の能力、本当に厄介だな…!」
「アリガト」

面倒臭そうに眉を顰めたは、思いっきり床を蹴った。
蹴った瞬間にはヒソカの目の前まで飛んでて、脚力の凄まじさにびっくりする。
しかも、ヒソカに近づいた瞬間にさらに速さが増した…!?

手にしてたトランプをヒソカの顔に向けてが放つ。
それを払った隙をついて、ヒソカの腕をしっかりつかんだ…と思ったら。
なんでかヒソカが動きを止めた。………ように俺には見えた。
はその異変に驚く様子はなく、むしろものすごく真剣な表情で拳を振り上げる。

ガッ!!と割と本気の音と共に拳がヒソカの頭に叩き込まれた。
これにはヒソカも床に倒れ込む。………す、すごいや。

「クク、ククククク…」

ヒソカのオーラがぶわりと広がった。倒れてるのに笑ってる。
行くぞ、と背中を叩いて歩き出したキルアがすごく気持ち悪そうにしてた。
も顔を顰めてヒソカから距離をとってる。まるで俺たちに道を開けるように。

身体を起こしたヒソカは膝を立ててそれに腕をのせると、俺たちに視線をとめた。

「200階クラスへようこそ」

見ただけで、俺たちが念を習得したことがわかるみたい。
………って、ここまで近づけてるんだからそりゃわかるよね。
多分さっきまでの俺たちだったら、ヒソカとのオーラにあてられて前に進めなかった。
でもいまはここに立っていられる。

も俺たちの念を習得できたことを確認するように、ちらりと視線だけ振り返った。
見極めようとしてるのか、少しだけ焦げ茶の瞳を見開く。
無言のままってことは合格なのかな。それとも、まだまだ初心者だからダメかな。

「洗礼は受けずに済みそうダネ」

ヒソカは満足そうに頷いてる。
まさかプレートを返すチャンスがむこうから来るとは思わなかった、と俺は拳を握った。
念は奥が深いものらしくて、まだ俺と戦う気はないって言ってたヒソカ。
だけどここのフロアで一勝できれば、試合させてくれるらしい。………よし。

絶対に、ヒソカに一発入れてこのプレートを返してやるんだ!

200階クラスがどんなところかはわからないけど。
とりあえず、キルアと一緒に登録を済ませちゃおうっと。





200階クラスの説明を聞いて。

ウイングさんからは二か月は修行に専念するよう言われてたんだけど。
やっぱり「念」がどんなにすごいものなのか知りたくて、俺は試合の申し込みをしちゃった。

には怒られるかな、って思ったんだけど。
振り返ってもなんでか床とか壁を触ってるだけで、俺のすることを止めようとはしない。
念の師匠はウイングさんだから口を出す気はないってことなのかな。
…ウイングさん、言いつけ守らなくてごめんなさい。でも、試してみたいんだ!

俺たちのことをじっと見てる200階の選手たちは変な人達だったけど。
念を使える人達なんだと思うと、どんな戦い方をするのか楽しみでもある。

「おい、お前さっきから何してんだよ」

登録を済ませたキルアがしゃがみ込んでるに声をかけた。
腰を上げたはあたりをぐるりと見回して、ひとり頷く。

「修復できたかな」
「修復?」
「ヒソカが遠慮なくトランプを壁とか床に刺すから、傷がついてただろ」
「あ」
「自分の家でもないのに公共の物を傷つけるのはな」
「………だって戦ってただろ」
「…だから修復してたんじゃないか」

回収したトランプを手に気まずそうな顔。
言われた通り、見回せば傷ひとつない壁と床があって。
すごいや、どうやって直したんだろう。こんな数分の間に。

「…なあ、その腕輪」

キルアが指差したのはの腕輪。
それがなんなのかわからなくて俺は首を捻る。

「色、変わってね?」
「まあな」
「いつの間に設定したんだよ。条件何?」
「お前たちがもう少し念に詳しくなったら教えるよ」

かすかに笑って、部屋に行こうとがキルアの頭を撫でた。
なんだよいま教えろよ、と不満げに背中を叩くキルアには素知らぬ振りで。
部屋はどこに割り当てられたんだ?と聞きながらは歩き出す。
慣れた足取りなのは、200階クラスにいたことがあるからなんだって。

つまりここでの戦い方をは知ってるんだ。
念だって、俺たちとは比べものにならないぐらい沢山のことを知ってるんだろう。

ようやく踏み出せた一歩。
部屋への廊下を進んでいきながら、俺はそっとキルアの隣に並んだ。
まだ拗ねた様子のキルアに小声で耳打ちする。

「早く、強くなりたいね」
「………おう」

ヒソカだけじゃない。にだって早く追いつきたい。
俺たちはようやくその一歩を、踏み出したんだ。





きっと床と壁はピカピカに直っていることと思われます

[2013年 1月 19日]