第152話

無事にキルアもゴンも200階クラスに登録することができた。
久々に立ち入ったこのフロアの部屋はすごく高級感があって広い。懐かしいなー。
俺にとっては初めての家みたいな場所だったもんな。ヒソカに会った瞬間逃げたけど。

「わー!豪華な部屋だね。さすが200階クラスは違うね」
「……おいゴン」
「ん?」

キルアが大型テレビを前に足を止めた。
隣に並んだゴンは、テレビに映し出された文字を見て目を瞬く。
そこに表示されているのは選手への連絡だ。俺はこの画面を見るのが嫌だったなぁ。
次の試合日程などが画面には映し出される。つまり、ゴンの試合が決まったってことだ。

「戦闘日決定。三月十一日、午後三時スタート」
「はやっ!十一日つったら明日じゃねえか」
「………多分、明日は勝てない。でもいいんだ」

そう言って笑うゴンのオーラが静かに膨らむ。
勝てないとわかっていても戦わずにはいられない。そんな怖さをゴンは持ってる。
危険な状況を楽しんでしまえる部分は、キルアもゴンも共通していて。…そこが普通と違うとこ。

「早く実感してみたいんだ。この力で、どんなことができるのか」

まだ念が開花したばっかりなのに、ゴンのオーラはすでに重みがある。
……わかってはいたけど、やっぱり潜在的な才能が違うんだろうな。やれやれ。
いったいどんな化け物に育っていくのやら、と俺はソファに腰を下ろして溜め息ひとつ。

…………っていうか、そうか。ゴンは早速明日に試合か。
ウイングさんに止められてるはずだけど、好奇心を抑えることがゴンにはできない。
興味が出たものや、知りたいやりたいと思ったことには手を出さずにいられないんだ。
そういうとこ、さすがジンの息子だよなぁ。あいつだってひとの制止なんて聞かない。
普通はそこは諦めるだろ!ってとこの方がより燃えて突っ走る気がする。

「まったくお前はよー。一応、しばらくは試合は出るなって言われてんだろ」
「だって試してみたいんだ」
「へいへい。………ま、気持ちはわからないでもないけど」

確か200階クラスでの初戦は、ゴンは負ける上に大怪我するんだったよな。
命に別状はなかったはずだし痛い目をみないとゴンは学ばない。
だから今回は口出しはやめとこう。ゴンならすぐ回復するだろうし。

「二人とも。それだけオーラを出したんだ、慣れないことして身体も疲れてるだろ。さっさと風呂に入って寝た方がいい」
「「はーい」」





翌日、試合前に二人に食事を振る舞って、俺はロビーを進んでいた。
キルアは観戦席でゴンの試合を見守るつもりらしい。俺は結果知ってるからいいや。
…ゴンが怪我するところを見るのは忍びないし。
俺は癒し空間に逃げて、試合が終わるのを待とうと思ったわけだ。……そうです逃げるんです。

天空闘技場から出るために歩いていると、声をかけられた。
くん、と穏やかな声に振り返れば相変わらずシャツがズボンから出ちゃってるウイングさん。

「君はゴンくんの試合を観ていかないのですか?」
「…結果はわかってるから、見る意味もない」
「なぜ止めなかったんです。下手をすれば身体の一部を失うか、死ぬことだって」
「大丈夫、せいぜいが骨折程度で終わるだろ。…ゴンを止めるのは無理だよ、あの意思は曲げられない。一度、自分の行動の結果を知ってからじゃないとわからないんだ」
「………そういうところは、まだ子供なんですね」
「才能は化け物だけど、子供は子供だよ。でも素直だから学ぶべきことは学ぶはず」

そこはきっとジンとは違うところだな!
……まあ、ジンも人間として一番大事なところはわかってるし譲らないと思うんだけど。
周りを巻き込んでのハプニング大王すぎて忘れそうになる。

「俺はこういうことに口出すの苦手だから、師匠の貴方に任せます」

教えられるほどレベルが高いわけでもないし。
ゴンもキルアも良い子たちだから、素直に聞いてくれるとは思うんだけどね。

「あの子たちのこと、よろしく」
「……わかりました」

ウイングさんが頷いてくれたのを確認して、頭を下げてから俺はロビーを出る。
戦う上で強くなるには、ある程度危険な目に遭うことは避けられない。
俺だって念を習得していったのは身の危険が迫ってたからだし。
ゴミ山で生き残るため、天空闘技場で勝ち残るため、運び屋の仕事をするため。

あとは旅団と知り合ったのは大きいし、念を完成形に近づけられたのはジンのおかげだ。
クート盗賊団との戦いでまさしく命の危機に遭遇して、そんで念能力の方向が定まった。
だからジンに感謝してもいいんだけどさ……いいんだけど、したくない。

シャンキーがいてくれなかったら、俺マジで死んでたらしいからな!!
こいつと付き合ってるとこんなの日常茶飯事だぜ?と笑ってた医者の姿を思い出す。
それでも友人を続けてるんだから、シャンキーも相当な変人だよな。
ま、俺もジンを嫌いにはならないし。同じ男として憧れる部分もある。

それもまたくやしい、と溜め息を吐いて通い慣れた店への扉を開けた。

さん、いらっしゃいませ!」
「こんにちは」
「今日はさんをお待ちのお客様がいらっしゃって」
「え?」

イリカが案内してくれたのは、定位置とは違う席。
俺を待ってるって誰だ?と首を傾げながら奥に進むと、そこには予想外の人物が。

「…アン?」
「…あ。お久しぶりです、さん」

ぱっと顔を上げたのは、俺が先ほど回想してたクート盗賊団の騒動で出会った女性。
色々と辛い目にあったんだろうに、いまはシャンキーのもとで笑顔でお手伝いを頑張っている。
天空闘技場のお膝元まで遠出してくるなんてどういうことだろう。
シャンキーの病院は個人経営だから、アンを含めて二人しか働き手がいないのに。

ぱちくりと目を瞬きながら、アンの向かいに腰を下ろす。
驚いた、と素直に感想を漏らせば悪戯が成功した、という顔で笑う。

「ここのケーキ、すごくおいしいですよね。たまに買い出しに来るんです」
「へえ」

さすが女の子、そういう情報には目ざといんだなー。
ラフィー店長のケーキは本当においしいし、実際ここの店って有名らしい。
雑誌に取り上げられることもあるらしく、シーズンになると忙しさは凄まじいとか。
でも店長とイリカだけで店を切り盛りしてるんだからすごいよな。
あ、店長はハンターなんだから体力は一般人以上なのかもしれない。

さんが天空闘技場に滞在してると聞いて、お会いできるかなと」
「そうか。…会えてよかった。シャンキーは元気?」
「はい。この時期は花粉症の患者さんが増えて面倒臭い、ってボヤいてました」
「………花粉症患者のひとに失礼だろう」
「ふふ、文句を言いながらも丁寧に診察されてますよ」
「天邪鬼なところあるよな、あいつ」

おじさんが素直でも怖いでしょー、俺は素直な良い子だけど。なんて冗談も言ってたっけな。
子供なんだか大人なんだかわからん。さすがジンの友達。

「アンさん、こちらお持ち帰り用のお品です。冷やしておきますから、お帰りのときに」
「はい、ありがとうございます」
「イリカ、注文いい?」
「はい」

いつも通りの注文をしつつ、気になったケーキをもう一個頼む。
それに合わせた紅茶も運ばれてきて、午後のまったりとした時間を楽しんだ。

店長のおいしいケーキと、イリカのあったかい紅茶と。目の前にはアンの笑顔。

「………さん?」
「…ん?」
「いえ、なんだか考え込まれてるようだったので」
「ああ、ごめん」

キルアやゴンたちと一緒にいる時間も大好きだ。だけど、疲れるときもあるのは事実で。
そらな、主人公組なんだから騒動とは引き離せない。俺には厳しい状況も出てくる。
平穏という文字と親友でいたい俺としては、疲労困憊してしまうことも多い。
同じぐらい、ゴンたちには楽しさとか嬉しさをもらってはいるんだけどさ。

でもこうやって、まったりと過ごす時間は俺にとって一番の喜びなわけで。

「こういう時間は、幸せだなと思ったんだ」
「………はい、本当にそうですね」

当たり前の日常が、俺には合ってるよ。
非日常はごくごくたまーにでいいんです!





医者と店長自体が知り合いなことはまだ知らない模様

[2013年 1月 22日]