第153話
右腕頭骨尺骨完全骨折。
上腕骨亀裂。肋骨三か所完全骨折。
亀裂骨折が十二か所。………結果、全治四か月。
それが、ゴンが試合をして得た負傷の数々だった。
念同士の戦いを繰り広げる中、ゴンは最終的に纏を解いた状態になったという。
いやただオーラを纏うのをやめただけじゃない。むしろ絶の状態になり、より無防備に。
そうすることによって敵の攻撃を察知しようとしたのだが。
防御力が何もない状態で念の攻撃を受ければ大怪我をするのは当然。
ゴンは言いつけを守らなかった罰として、二か月の念の修行をウイングに止められた。
内臓にはあんまりダメージないらしかったから、普通に食事はできるらしい。
食材を買って天空闘技場に戻った俺は、たまたまキルアとウイングさんの会話に遭遇した。
「…遅いよ。もう知っちゃったんだから、ゴンも俺も」
キルアにしては少し落としたトーンの声。
「教えたことを後悔してやめるんなら、他の誰かに教わるか、自分で覚えるかするだけさ。だから、責任感じることないよ。俺の兄貴もヒソカもだって念の使い手だったんだから。遅かれ早かれ念に辿り着いてた」
これからの物語をゴンとキルアが乗り越えていくためには、念は必須だ。
だけどあまりに大きな才能を秘めた二人に、ウイングさんは恐ろしさも感じたんだろう。
大きな力はそれだけ制御することが難しく、暴走したときの破壊力は計り知れない。
二人ともまだ子供だ。どんな風に成長を遂げるのかは未知数すぎる。
でも、もう知ってしまった。
ならあとは正しく導いていくしかない。
「…わかりました。途中で降りるつもりはありませんよ」
ゆっくりと息を吐き出したウイングさんは覚悟を決めたような表情だった。
むしろ伝えたいことが山ほどある、と笑った師範代はキルアに修行をするよう勧めたけど。
ゴンはいま修行を禁じられているから、抜け駆けはしたくないとキルアが肩をすくめた。
ゴンの完治を待って、修行を始める。そう笑う姿は友達を大切にする男の子だ。
「燃」の修行ならば問題ない、と背中を押したウイングさんはキルアを見送る。
小さな背中を見送って振り返ったウイングさんと、ばっちり目が合ってしまった。
立ち止まる俺に気づいて、曖昧な微笑を浮かべられてしまう。
えっと、二人がお世話になってすみません…。
「大仕事を押し付けてくれたものですね」
「楽しそうでもあるけど」
「…私も、ひとりの武闘家であり指導者としても、才能ある子を開花させるのは楽しみですよ」
「ウイングさん、ついでにもうひとつお願いしたいことがあるんだ」
「?何でしょう」
「俺の修行も、見てくれないか」
「は」
思い切りぽかん、とした顔をされてしまった。
いい年こいていまさら基礎トレかよ?とか思われてたらどうしよう!!
でも俺、本当の基礎をちゃんと学んでないわけで。全部、原作の記憶掘り起こしただけでさ。
多分もっと細かい部分で覚えなきゃいけないことが沢山あるはずなんだ。
実戦で覚えたことは多いけど、本来学ぶべき知識はちょっと曖昧なまま。
「俺は全部自己流だから、正規の知識を得ておきたい」
「…そうですか。構いませんよ」
やった!ウイングさん優しい!!
てなわけで、明日からズシと一緒に修行開始だ。
自己を見つめる「点」をゴンとキルアは続けている。
そうすることによって、体内を流れるオーラが濃度を増すらしい。
………自己を見つめるたびに、俺はいつもいつもヘコむわけだけどな!!
「ズシ、今日からくんも修行に参加することになったよ」
「お、押忍!」
「よろしく、ズシ」
「よろしくお願いするっす!」
ちょっと緊張した様子で頭を下げてくれるズシに、俺も自己紹介。
生真面目な少年はウイングさんの指示で纏の修行を始めた。
集中してオーラを身体に纏う技術。そしてそれを維持するというのは、実はかなり難しい。
あっさりとできたキルアとゴンが規格外なわけで。普通はなかなか定着しない。
あっという間に身に着けたゴンだって、戦闘中は纏が乱れたりするしなー。
無意識に纏ができるようになるまではひたすら修行と経験を積むしかない。
「くんはつまり基礎を学びたいということでいいですか?」
「あぁ。…どうも俺は纏が苦手で」
「…そうですか?十分力強い纏だと思いますが」
「いや、なかなか安定しない」
自己流でやってるから仕方ないんだけど、すぐ乱れるんだよ。
ウイングさんが首を傾げながら俺のオーラを見てくれるけど、問題はないと言ってくれる。
うん、まあ、問題はね、なくてもね。精密さが欠けてるというかさ!
「もう少し、しっかり習得したい」
「わかりました。オーラというのは密度が大きいほど外に逃げようとする性質がありますから、くんの場合はより纏がしにくいのかもしれませんね」
「…そういうものか?」
「ええ。とりあえず、練をしてみてもらえますか。オーラ量を大まかに感じたい」
「わかった」
こういう指導者の前で念を使うって緊張するなー。
息を吸って吐いて、気持ちを落ち着かせてからゆるく拳を握る。
身体の中を巡っているオーラを、一気に押し出す!!
そういえばこうやって意識してオーラを解放することってあんまないかも。しかも全力で。
戦闘中は他のことに意識が散らされるし、全力を出し過ぎるとバテちゃうし。
「………結構です」
「…どうですか」
「正直言って冷や汗が出ましたよ。さすがゴンくんたちの保護者だ」
お、おお?これは才能をそれなりに認められてるフラグか?
俺の周りって化け物ばっかりだから、自分の念レベルがどれぐらいかわかんなくてさ。
むしろ弱いんじゃね?って不安もあったから、指導者にこう言ってもらえると嬉しい。
「しかしなるほど。そうなると纏を向上させるのは確かに重要ですね」
「…やっぱり」
「まずは点から始めましょう。心をひとつに集中し、自己を見つめ、目標を定めてください」
「………目標」
「恐らく君は日頃からそれを行っているでしょう。でなければあんな纏や練はできない。…しかし、改めて時間をとって見つめ直す時間を得るならば、より精度は増すと思いますよ」
「わかった」
とりあえずその場に胡坐をかいて座らせてもらい、目を閉じる。
集中して、自己を見つめ………目標を定める?
俺の目標ってなんだろうな。
元の世界に帰りたい。そのためには世界中を回って、手がかりを手に入れないといけない。
危険な場所だってあるだろうし、危険な人にも出会うだろう。
そんな状況にあっても生き抜けるような、強さを。
誰かを傷つけるためじゃなくて、自分を守るための強さを手に入れたい。
頭に浮かぶのはこの世界でお世話になったひとたちの顔。
そして最後に、元の世界にいるじーちゃん。
色々なことに振り回される毎日だけど、昔から俺の目的は変わってない。
この世界を無事に生き抜いて、あるべき場所へ帰りたい。
俺が願うのはただそれだけ。そのために必要な力なら、欲しい。
「それでは次に舌。想いを言葉に。頭で想うだけでも構いません」
「……ん」
「意志を高める錬………は、私が言うまでもなく行えているようですね」
「願うなら、自然と意志は高まっていくからな」
「ええ。そして意志を行動に移す発に辿り着くわけですが……素晴らしい。この短時間で、随分とオーラが静かに力強くなってますよ」
「え」
言われて自分のオーラを確認してみると、確かにすごく落ち着いて身体を巡ってる感じが。
……すごいな、やっぱり念って本人の精神状態に左右されるもんなんだ。
ウイングさんの言葉に従って集中し自分を見直しただけなのに、こんなに気持ちが凪いでる。
それに呼応するようにオーラが俺の周りをゆっくりと覆っていて。
これが本来あるべき「纏」の状態なんだよな。忘れずにいよう。
「ズシも、いつかこのぐらいの力強さを持てるように精進なさい」
「押忍!」
そう言ってくれるのはありがたいけど、問題はこれを維持できるかだよなー。
俺すごくびびりだから、絶対なんかあったらすぐ乱れるぞ。
「それからオーラ別の修行についてですが。くんはどのタイプか聞いても?」
「…特質系だ」
「それはまた。そうですか、では覚えやすいのは操作系か具現化系ですね」
念能力には六つのタイプが存在していて、系統が分かれる。
その全てを百パーセント習得することはできず、完全に習得できるのは自分の系統ひとつ。
あとは近い系統なら覚えやすいけど、百パーセントは無理。
俺は操作系と具現化系が習得しやすいけど、それでも八十パーセントしか覚えられない。
………そもそも、自分の系統を百パーセント習得することすら難しいんだけどな。
「どちらかというと、操作系よりだと思う。…多分だけど」
「なるほど。系統別の基礎訓練を受けたことは?」
「ない。そもそも、どう訓練していいかわからない」
「…そうでした、全て自己流でしたね」
ビスケがゴンと修行してたのは覚えてるけど。
原作だと強化系と放出系の訓練しか出てなかった気がするんだよなー。
他にもあったのかもしれないけど、俺の記憶もう曖昧だし。
せっかくの機会だし、やってもらおう!
とりあえず今日は操作系の基礎訓練からやってもらった。
特質系に関しては訓練はなし、って言われちゃったし。まあ、そうだよな。
特殊な性質を持つ系統で、特質系能力者以外には習得できないタイプだし。
これはジンとの修行で色々学んだから、まあよしとしよう。
直感と、知識と、経験と、鍛錬と。
あらゆるものを積み上げていかないといけない、それが念。
こういったことが嫌いじゃない俺は、黙々とウイングさんの修行を受け続けた。
「………それにしても、授業料が料理ってのは申し訳ない気が」
「いえいえ、とても助かっていますよ。ズシも私も修行に集中できます」
キルアとゴンは無料でお世話になってるし、せめて俺はと思ったんだけど。
なら昼食を作っていただきたいのですが、と笑顔で提案されたときは固まった。
修行のある日だけで構いませんからとか言われて。いやいや俺が構うよ?って感じだったけど。
…まあ、ウイングさんちょっと抜けてるとこあるからな。
一緒に料理したらけっこうやらかしてくれて、ズシと一緒に溜め息ついた。
「ズシ、こしょうってあるか」
「あ、そこの棚を開けるとあるはずっす」
「……あった。ありがとう」
「今日は何を作ってくれるっすか?」
「ちょっと手抜きして、鶏肉の塩こしょう焼き。でも意外とうまい」
「あれ、蓋…?フライパンなのに」
「こうやってちょっと蒸すと、中まできちんと火が通る。先に表面は焼き色つけてるから、外側はぱりっとしてるぞ」
「へー」
興味深そうにズシが頷きながら洗い物を片付けてくれる。
良い子だなー、勉強熱心だし。っていうかようやく俺に慣れてくれたみたいでよかった!
最初はなんかちょっと避けられてたからな…お兄さん不安だったんだよ。
一緒に修行して、料理作って後片付けして。
そんなこと繰り返してたら、二人で料理の本とか眺めるのも普通になってきた。
ウイングさんがたまにびっくりするようなメニューをリクエストしてきたりするけど。
どうやってそれを作るか、ってのをズシと悩んで決めたり。……ほら、予算もあるから。
そうやって過ごす時間はとても自然で違和感がない。
あ、そういやズシって操作系だっけ?シャルと一緒なんだよな。
だから俺と相性がいいのかも、と納得する。
え?イルミも操作系だって?知らない知らない聞こえない聞こえない。
カルトは認めるけどイルミなんてヤツは知りませーん!
「ズシ、酒」
「押忍!」
フライパンに注ぐとじゅわっと湯気が上がる。
うまそうっすー!と目を輝かせてくれるズシに、俺はなんだか楽しくなった。
まさかの改めて基礎トレ
[2013年 2月 6日]