第153話―ズシ視点
ゴンさんは念を覚えたばっかりなのに、200階クラスの試合に出た。
何時間も戦い続けるなんて普通じゃなくて、自分には全然追いつけない世界で。
すごくすごく強いゴンさんとキルアさんを見守っている、さんが。
師範代のもとで修行をするとやって来た。
初めて会ったとき、そのオーラの強さに圧倒された。
多分、纏をしているだけなんだと思うのに、無言の圧力に気圧されるみたいに。
言葉を発することすら自分にはできず、立っているのがやっとで。
「ズシ、今日からくんも修行に参加することになったよ」
「お、押忍!」
「よろしく、ズシ」
「よろしくお願いするっす!」
やって来たさんの圧迫感は相変わらずすごいっす…!!
自分を見下ろす瞳は攻撃的な色は何もないのに、怖いと感じてしまう。
だけどさんは表情を変えることはなく、丁寧に自己紹介をしてくれた。
師範代は纏の修行を続けるよう自分に指示してきたので、頷いて集中。
ゴンさんもキルアさんも、これを一日で習得してしまった。
自分はいまだに完璧にこれを会得できていないのに。
「くんはつまり基礎を学びたいということでいいですか?」
「あぁ。…どうも俺は纏が苦手で」
「…そうですか?十分力強い纏だと思いますが」
「いや、なかなか安定しない」
って、それでまだまだなんすか!?
そんなこと言われたら自分どうしたら…!!
「もう少し、しっかり習得したい」
「わかりました。オーラというのは密度が大きいほど外に逃げようとする性質がありますから、くんの場合はより纏がしにくいのかもしれませんね」
「…そういうものか?」
「ええ。とりあえず、練をしてみてもらえますか。オーラ量を大まかに感じたい」
「わかった」
呼吸を整えてさんが練を行う。
一気に放出されたオーラ量の凄まじさに、自分は纏の修行を忘れて呆然としてしまった。
びりびりと肌が焼ける。まるで地震でも起きているように感じられて。
肉眼でも見えるほどのオーラが迸り、自分や師範代に余波が叩きつけられた。
まだオーラを出しただけなのに、十分に攻撃になりそうなほど。
「………結構です」
「…どうですか」
「正直言って冷や汗が出ましたよ。さすがゴンくんたちの保護者だ」
………自分とはレベルが違うっす。
「しかしなるほど。そうなると纏を向上させるのは確かに重要ですね」
「…やっぱり」
「まずは点から始めましょう。心をひとつに集中し、自己を見つめ、目標を定めてください」
「………目標」
「恐らく君は日頃からそれを行っているでしょう。でなければあんな纏や練はできない。…ですが、改めて時間をとって見つめ直す時間を得るならば、より精度は増すと思いますよ」
「わかった」
修行なんて必要ないんじゃないか、というぐらい強いのに。
基礎の基礎を修行するよう指示されてもさんは嫌な顔ひとつしない。
強くなるために謙虚さと素直さは必要だよ、と師範代はいつも言うけれど。
こうして躊躇いなくどんなことでも必要ならば行う、それが強さへの近道なのだと。
目を閉じて自己を見つめるさんを見て教えられる。
ただでさえ力強かったオーラが、ゆっくりと濃度を増していく。
………すごい。見てるだけでごくりと喉が鳴ってしまいそうなこの重圧。
「それでは次に舌。想いを言葉に。頭で想うだけでも構いません」
「……ん」
「意志を高める錬………は、私が言うまでもなく行えているようですね」
「願うなら、自然と意志は高まっていくからな」
「ええ。そして意志を行動に移す発に辿り着くわけですが……素晴らしい。この短時間で、随分とオーラが静かに力強くなってますよ」
「え」
目を開いたさんは、ちょっとだけ驚いてるみたいだった。
やっぱり基礎を学ぶってすごく大事なことなんすね。こんなに強いひとでももっと強くなれる。
師範代の教えてくれることの正しさが証明されたようで、拳を握ると。
纏の修行を中断している自分に、師範代が笑って声をかけてくれた。
「ズシも、いつかこのぐらいの力強さを持てるように精進なさい」
「押忍!」
目に見える目標があるって、すごくありがたいっす!
例えどんなに遠くても、頂点を目指して自分は頑張るしかない。
その後も師範代たちは何か話していたけど、今度こそ纏に集中する。
だからどんな修行をしていたのかはわからない。わかる必要も、まだない。
自分はいますべきことをひとつひとつクリアしていくしかないのだから。
そうやって、さんというお手本ができて毎日の修行に緊張感が出た。
だけど一緒に修行していくと、本当は怖いひとではないんだということもわかってきて。
「ズシ、こしょうってあるか」
「あ、そこの棚を開けるとあるはずっす」
慣れた手つきで台所に立つ姿は……なんというか。
最初はすっごく驚いたっす。さんが料理なんてするんすか!?って。
それなりにはできると思う、と言ったさんはあのとき多分笑ってたんだと思う。
授業料の代わりに、と昼ご飯をさんが作ってくれるようになって。
横着なところのある師範代との偏った食事が改善された。
師範代、本当に妙なところでだらしないから、けっこうひやひやしてたんす。
自分がいるときはバランスを考えようとしてくれるみたいだけど、ひとりになるともう…。
きっとインスタント系のものか外食ばっかりになるに違いない。
「……あった。ありがとう」
「今日は何を作ってくれるっすか?」
「ちょっと手抜きして、鶏肉の塩こしょう焼き。でも意外とうまい」
そう言いながらフライパンに蓋をのせる。
こうすることで蒸されて中まで火が通るんだとか。へー!
料理といってもちょっとした手間をかけることですごく美味しくなる。
それを教えてくれるさんに、いつしか自分は普通に接することができるようになってた。
質問すればきちんと答えてくれるし、実は頭を撫でてくれたりもする。
キルアさんとゴンさんを見ているひとなんだから、怖いひとのはずがない。
…もっと早くにそれに気づいていればよかったっす。
いまはさんが料理をするときは手伝わせてもらっている。
できることなんて調味料を差し出したり、具材を入れるのを手伝ったり。
あとは洗い物を片付けるぐらいなのに、それでもこのひとは感謝してくれる。
味見をさせてくれたり、合間合間に料理の体験談を話してくれたり。
どれも自分には楽しく新鮮なものばかりで。
師範代の無茶な要望にも応えてくれようとする。
二人で料理の本を広げて悩む時間も、自分には楽しいものだった。
「ズシ、酒」
「押忍!」
フライパンに注ぐとじゅわっと湯気が上がる。
うまそうっすー!とつい声を上げれば。
焦げ茶の瞳がまた、笑ったような気がした。
ちびっ子には優しいよ!
[2013年 2月 6日]