第149話
食後のデザートも食べ終えたところで、俺はちょっと気にかかっていたキルアに声をかける。
電話したときになんか不機嫌そうだったんだよな、何かあったんだろうと思って。
理由を聞いてみたら、せっかく治ってた機嫌がまた一気に悪化してしまった。
ぶすっとした顔で頬杖をついたキルアはだんまり。隣のゴンが苦笑してる。
「?本当に俺がいない間に何があったんだ」
「えっとね、俺たち今日ウイングさんたちのところに行ってたんだ」
「ウイング……あぁ、ズシの師匠さんの」
「うん。ネンっていうのがなんなのか、やっぱり知りたくて」
そっか、今日だったのかー。
「念」を知ろうとしたキルアとゴンに、ウイングさんは「燃」の説明をするんだっけ?
嘘に敏感なキルアは教えられた事が真実ではないことを見抜いたんだろう。
…全部が嘘ってわけでもないんだけどな。「燃」は「念」を行う上での心構えみたいなもんだ。
強くなりたい気持ちがある二人。それにキルアはイルミを越えたいと思っている。
だから念に執着する気持ちはよくわかるし、二人にはその才能がある。
………だけどなー、俺が教えて基礎がめちゃくちゃになっても困るからなー。
「どうせは教える気ねーんだろ?」
「俺の場合、我流だから。せっかく基礎をマスターしてる指導者がいるなら、そっちに教えてもらった方がいいに決まってる」
「何言ってんだよ、そんだけ強くてさ」
そう言ってもらえるのは嬉しいんだけど、二人の才能を思うとお兄ちゃん涙出そう…。
念をマスターしたらあっという間にゴンとキルアに追い越されるよ、うう。
「お前たちの才能は桁外れだ。だからこそ、きちんと正しく指導されるべきだよ」
「………………」
「あ、キルア嬉しそう」
「バッ!適当なこと言ってんじゃねーよ!」
「にやけてたのに」
「にやけてるわけねーだろ!おい!!」
「ん?」
少年たちの微笑ましいやり取りを眺めていたらいきなり呼ばれて首を傾げた。
「教えてくれなくてもいーよ、けどお前のネンってやつ見てみたい」
「……うーん」
見せるといってもなぁ。
キルアたちが見せられたのって、個人個人で性質の違う「発」ではないよな。
確か普通の練を見せただけのはず。
ウイングさんには及ばないだろうけど、俺もやってみるか。
…そういや、意識しての練は久々かも。
纏は普通にやってるけど、使うのはもっぱら堅とか凝だもんな。
練は身体に留めていたオーラを一気に増幅して放出する技。
マンガだとスーパーなんとか人的な感じでかっこよかった記憶がある。
自分がそれできるって不思議な感じだよな………っと!!
「!!」
「……っ………!?」
座ったままオーラを練り上げて二人へと放出する。
目をいっぱいに開いて身体を強張らせる二人は、きちんと練を感じ取っているらしい。
まだ念を習得してるわけじゃないのに、本能で察知できるんだよな。さすが天才たち。
拡散したオーラをまた身体に留めるよう戻す。う、くそ、やっぱ苦手なんだよなこれ。
一度思いっきり放出しちゃうと纏を維持するのが難しくなる。…いつになったら完璧にできるんだ。
俺の纏は何年たっても曖昧なままで、すぐに揺れちゃうんだよな。未熟も未熟。
まあ、おかげで瞬間的に凝とかはできたりするんだけど。
「こんな感じでいいか?」
「す、ごい…俺、鳥肌立ったよ」
「………お前、こんなもん隠し持ってたのかよ」
「言っておくが、イルミはもちろんヒソカだってこれぐらいできるぞ」
「「え」」
いやなんでそこで驚くんだよ。明らかにイルミと同じ危険なレベルの男だろあれ。
「キルア」
「な、なんだよ」
「シルバさんたちも、普通に習得してるからな?」
「げっ」
「ネンって、そんなに知られてるものなの?」
「…まあ、こういう業界にいるなら知ってることが最低条件だろうな」
だってハンターとして正式に認められる条件なんだぜ?
ゴンはハンター試験に受かったけど、それはまだ仮免許みたいなもので。
念を習得して初めて、一人前のハンターとして認められるようになるんだ。
「だからまあ、遅かれ早かれお前たちは覚えるよ」
「…ふーん」
「俺たちもできるようになるの楽しみだね」
「そうしたら、イルミの野郎をぜってーぶちのめす」
「俺はヒソカに一発!」
………あの二人を相手にそんなことを考えられるキルアとゴンを俺は尊敬するよ、心底。
だって、普通関わりたくないだろ!?
その後もゴンとキルアは順調に勝ち続けていた。
俺は持ち帰り用のケーキを手に、ロビーのベンチに腰を下ろしてモニターを眺める。
結局ほとんど片手のみでこいつら200階まで辿り着いちゃいそうだなー。
「失礼」
穏やかな声が聞こえて顔を上げると、後ろで手を組んだ眼鏡をかけたお兄さんが立っていた。
シャツの半分がズボンから出ちゃってる。きちんとしてそうに見えるのにどこか抜けてるらしい。
………って、ウイングさんじゃないか。本当に優しそうなひとだ。
俺に用事なのか?あれ、でもまだ面識ないはずなんだけど…と不思議に思いつつ。
俺だけが座ったままなのは気が引けて、どうぞと隣を示した。
ありがとう、と微笑んだウイングさんはすぐには用件を口にせずモニターを眺める。
……お、ゴンとキルアの出番だ。
「君は、ゴンくんとキルアくんの保護者…のようなものですか?」
「はい」
「彼らに念を指導してはいないんですね」
え、保護者なら教えとけよ、っていう苦情!?
つきまとわれて迷惑してるんです、って話だったらどうしよう…!い、いや、だってさ。
「俺の場合、誰かに教えられたものじゃないから…妙な癖が二人に移っても困る」
「我流ですか」
「あぁ。貴方のように流派があるわけではなく、生きるために気が付いたら身に着いていただけで」
ウイングさんは…なんだっけ天然理心…これ違う。
えーと、心源流だったか。ビスケやネテロ会長の流派だった…はず。
そういうとこで学べたら俺もきちんと纏とかできるようになんのかな。
ホント俺の場合、単純に死なないためには念を制御するしかなかっただけだ。
………あんだけオーラ放出しててよく生きてたよ、昔の俺。
「そうですか」
「よければ、貴方に二人のことを指導していただきたい」
「…私ですか」
「キルアはともかくとして、ゴンはその資格があるはずだ。合格者の情報はもらっているのでは?」
「……そこまでご存知でしたか」
ハンター試験合格者は、いずれ念を必要とするときがくる。
そして念を習得する裏ハンター試験に合格することで、一人前のハンターになる。
ということは、常に合格者を見守っている存在がいるということだ。
そのうちのひとりが、ウイングさん。
『キルア選手ゴン選手、190階をクリアしてしまいましたー!』
っとと、二人とも無事に試合を終えたらしい。
これで二人は200階進出か。……つーことはだ、ヒソカとこれからご対面なわけだよな。
近くでモニターを見てたズシは拳を握ってすごい!と喜んでくれている。良い子だ。
「……仕方ない。ズシ」
「はい、師範代!」
「少し彼らと話をしてくるから、先に帰っていなさい」
ウイングさんの言葉に不思議そうに首を傾げるズシだったけど、素直に頷く。
ちょっと先生借りるなー、と手を振ればちょっと緊張した顔で頭を下げてくれた。
礼儀正しい子だよな、もっとちゃんと挨拶したいけど俺もキルアたちのことは気になる。
変態の洗礼……じゃない、200階クラスの洗礼を受けてるかと思うと。
ウイングさんと一緒に200階へと向かうエレベーターに乗り込んだ。
ぐんぐん上がっていくエレベーターが上階に近づくにつれて、ぞわぞわと肌が粟立つ。
………おい、おいおいおいおい、このオーラはヤバイだろ。すげえキモチワルイ。
「……この、オーラは」
「………ヒソカだな」
「ヒソカ?確か200階クラスの」
「そう。ゴンが倒したいと望んでる相手でもある」
「…そういえば、君たちの同期生でしたね」
うん、めっちゃいらん同期生だけどな。同窓会とかあったら呼びたくないヤツだけどな!
チン、という軽い音と共にエレベーターが開いた。
瞬間強く吹き付ける突風は、単にオーラが放出されているだけ。…禍々しい。
なんかもう肌にオーラが触れてるだけで呪われそうな勢いだ。
エレベーターの先の通路。そこを進むと受付があるんだけど。
まるでそこへ通すわけにはいかない、とばかりに凄まじいオーラの渦が放たれていた。
「無理はやめなさい!」
「…ウイングさん!?」
「彼の念に対して、君たちはあまりにも無防備だ。極寒の地で全裸で凍えながら、なぜ寒いのかわかっていないようなものです。これ以上心身に負担をかけると、死にかねないよ」
「…っ…これがネンだと!?あいつが通さないって思っただけでこうなるってのかよ!!」
説明するウイングさんに対してキルアが噛みつく。
本当の念について教えると静かな声音で告げたウイングさんに、顔つきが変わった。
キルアとゴンは今日の日付が変わるまでに200階クラスへの登録をしないといけない。
残された時間はあと数時間ほど。それまでに念を習得してこれるかどうか。
ま、二人なら大丈夫だと知ってるから俺は心配してないんだけど。
通路の角で話がまとまるのを待ってた俺は、ウイングさんと歩き出した二人にようやく顔を出す。
「って、!?」
「いたんだ!」
「邪魔になると思って。よかったな、ちゃんとした師匠が見つかって」
「…お前…」
「これ差し入れ。甘いものは疲れをとるのにいいからな」
「んな呑気なこと言ってる場合か!」
「ありがとう!」
「ゴンも礼とか言ってんじゃねーよ!」
と言いつつもしっかりケーキの箱を抱えてるキルアの頭をよしよしと撫でる。
二人が修行してる間俺はどうすっかなー。一緒に同行させてもらって基礎を学ぶのも…。
「」
ねっとりいやらしい声が聞こえてきて、俺はもうなんつーか。…なんつーかさぁ。
嫌々ながら視線を動かすと、ご機嫌な様子でこっちを見てるピエロ。
そういやあいつにキスされたんだったっけな…思い出したら腹立ってきたぞこん畜生。
怖いけど腹立たしい、という複雑な気持ちを持て余しながら睨みつけること数秒。
ヒソカが指でくいくいと俺に近づくようサインを送ってきた。
「どうせまたここに二人は帰ってくるんだろう?一緒に待ってようじゃないか」
「なんでお前と待ってなきゃいけないんだ」
「一人遊びもいいけど、いまはババ抜きをしたい気分でサ。付き合ってくれよ」
トランプ遊びをしてるときのヒソカは基本おとなしい。
だからまあ、キルアたちの帰りを待つ間ならいいかと俺は溜め息を吐いた。
二人の邪魔しても嫌だしな。………ヒソカと二人ってのが怖いけど。
「じゃあ二人とも、ここで待ってる」
「………おう」
「絶対戻ってくるからね!」
キルアたちに手を振って、俺はヒソカのもとへ。
………やめろ上機嫌になってオーラを振りまくな。
つか、機嫌よくても気持ち悪いなお前のオーラ!別の意味で禍々しい!!
床に座り込んで二人でババ抜き。…こういうときばかりは、イルミが欲しい。
「………おい、ヒソカ」
「ん?」
「バンジーガムを使うな。……って、ドッキリテクスチャーもやめろ」
「いいじゃないか、念を使ってのババ抜きっていうのも面白いだろう?」
「お前に有利なだけじゃないか」
「というか、ボクの能力をよく知ってるね。そんなに興味を持ってくれてたのかい?」
「死ね」
意外と早いピエロとの再会だった
[2013年 1月 13日]