第155話―クラピカ視点

ハンターとして仕事をするには条件を満たしていない。
そう言われた私は現在、念というものを習得するための修行に励んでいる。
基礎はだいたい覚えたと思うが…気がかりな点がある。

私は幻影旅団を捕えるために、力が必要で。
他者を巻き込むことのできない道という自覚はあるため、ひとりでも戦える力が欲しかった。
そのためには強化系が理想だったのだが。私の系統は具現化系だという。
師匠から受けた説明では随分と癖の強い系統であるようだった。
…これはこれでやりようはあるとは言えるが。

私が具現するものは鎖と決めて、そのための修行が開始された。
実際の鎖に触れて、それをリアルに生み出すための参考にするのだという。
けっこうしんどい修行だぜ、と師匠は笑っていたが望むところだ。

鎖が届けられるとのことで、私は午前は念の基礎訓練を行う。
そろそろ時間だろうかと師匠がいる場所へ向かえば、予想外の人物がいた。

「………………?」

私の声に反応して振り返る焦げ茶の瞳。
最後に会ってからまだそれほど時間は経っていないのに、ひどく懐かしく感じる。
艶やかな黒髪も、静かな表情も変わらない。それがいまは少し辛かった。
私はこんな場所でもがいてあがいて、足踏みをしているような状態なのに。

「クラピカ…」
「なぜ、お前がここに…」
「なんだ?お前ら知り合いか?」

師匠は意図していたわけではないらしく、運び屋としてに依頼しただけだそうだ。
こんな偶然などあるのだろうか、と驚いてしまうけれど。
故郷を失ったばかりの頃、たまたま同じ宿に泊まっていて出会った私たちだ。
きっとこうして何度も出会う運命にあるのかもしれない、とらしくもないことを考える。
…いや、そうであってほしいという個人的な願いだ。

全てを失ったときに差し伸べられた希望。
私が始まりの一歩を踏み出すとき、共にハンター試験に臨んでくれた。それが力となって。
そしてまた、暗闇の中をさまよう私の前に現れてくれた。

どうしていつもいつも、と胸が締め付けられる。
師匠が座るよう促すまで、私は一言も発することができなかった。
そんな私が落ち着くのを待つようにも沈黙したままで、すすめられて腰を下ろす。
師匠が用意したコーヒーは三つ。
の隣に私の分も用意されたから、躊躇いつつも彼の隣に座った。
そうして師匠とが雑談を続けている間、私はなんとか平静を取り戻そうと努める。

「なるほど、クラピカと同期か。そういや念能力者が三人いたんだったな」

三人。そんなにいたのか。
過酷なハンター試験、私たちが必死にクリアしていく横では涼しげにしていた。
…すでに念を覚えていたのならおかしいことではない。

「…は、受験した時点で念を習得していたんだな」
「ああ。あとはヒソカとイルミが能力者だ」
「……言われてみれば納得はできる」
「あの鎖はお前の修行道具か。ということは、具現化系か操作系か?」

荷物の中身を見てが尋ねるが、私は答えなかった。
これから私がしようとしていることは危険なんてものじゃない。
ただでさえ危険な世界に身を置いて、そこから脱出するためにハンターになったなのに。
私に関わることで彼が再び闇の世界へ戻ることなど、あってはならない。
いまやろうとしていることに関係した話は、すべきではないだろう。

「…私の能力について口にするつもりはない」
「賢いな。ちなみに俺は特質系だ」
「!?」

なのに、の方はあっさりと自分の系統を明かしてしまうではないか。
特質系は特殊な環境や血統によってしか得られない、希少な系統だ。
がそれであることはとてもよく似合っているとは思うが。

「すでに説明はあったんだろうが、具現化系か操作系の場合は特質系になる可能性はある。特に特殊な環境下に育った者は可能性が高い。…お前なんかそうだろうな」
「………おい、。なぜ」
「系統を喋ったのか?」

危険な場所に身を置くことが多い彼は、情報というものの価値をよくわかっているはずだ。
己の手の内を明かすというのは自殺行為。
ましてそれが念という戦う上で重要になってくるものであれば特に。
私の疑問など見越しているという表情で、はあっさりと言ってのけた。

「クラピカに警戒する理由がない」
「………っ………お前」
「お前たちには隠すつもりはあまりないよ。べらべら話すつもりもないけど」

淡々とコーヒーを飲むは、それだけ私を…そしてゴンやキルア、レオリオを信頼している。
そしてもし明かした情報でその身が危険に晒されても、弊害はあまりないのかもしれない。

念を知ったからこそ前よりも鮮明に感じ取れる、この男の強さ。
身体を覆うオーラは力強く静かでありながら底知れぬ深さを感じさせる。
当たり前のように纏を行っているところも、彼が念を身に着けて長いことを教えていた。
大抵の危険など、自分の手でなんとかできてしまうのだろう。
だからといって警戒心が薄いのはいただけない。

………いや、それだけ私たちのことを案じてくれているのか。

「本当にお前は…どうしようもない男だな」
「改めて言われると情けないが、まあそうだな」

優しすぎる。出会った頃から変わらない、いまも。
当たり前のように差し伸べられるその優しさが、嬉しいと同時に怖くて。
けれど結局、この手を取りたいと思ってしまう。

「私は具現化系だ」
「そうか」
「具現化するものは鎖がいい。そのためには実際の鎖に触れてみろとこの男が言うのでな」
「師匠!俺はお前のしーしょーうー!!」

こんなことならに教えを乞えばよかったかもしれない。
という不満をこめて、師匠のことを親指でないがしろに指さす。
わめいているのが聞こえるが無視だ。とりあえず、鎖に触れてみる。

意識して持ったことはないが、重い。そして冷たい。
これが、幻影旅団を縛り上げるもの。

色々な大きさや形状の鎖があり、どれが使うのにふさわしいか悩む。
そうして鎖を手の中で転がしていると、の気配がかすかに変わった。
顔を上げれば、ひそかに眉を寄せている。

「?どうした
「鎖の臭いはあんまり好きじゃないと思って」
「臭い……」

言われて鼻を近づけ確かめてみる。
………確かにいいものではないな、と頷いてしまった。
錆びた鉄の臭い…が近いだろうか。鼻と喉に刺さるような感覚がある。

「ずっと触れてると、臭いが染みついてしばらく取れなくなるだろ。それが好きじゃない」
「………詳しいんだな。そんな経験が?」
「子供の頃は割とよく」

鎖に縛れるような状況があったのか。…しかも子供の頃、とは。
の瞳に悲しさは浮かんでいないものの、少しだけ何かを思うように細められた。

「…そういえばもう随分前になるんだな。久しぶりに遊んでみたい気も」
「やめてくれ」

彼が鎖に縛られる姿も、鎖で何かを縛る姿も見たくない。
もうは自由になっていいはずだ。ハンターとして、日の下を歩いていける。
だから囚われることなどない。

「いいか、わざわざ好ましくない臭いをつけることはないだろう」
「まあ…それはそうなんだけど。クラピカはこれからその臭いにまみれるんだろう?」

澄んだ焦げ茶の瞳に、口ごもる。
私がしようとしていることを知っていて、彼は否定も肯定もしない。

「………それは」
「覚悟した方がいい。本当に、厄介なものだから」

ただ覚悟を問うのだ。

血にまみれ、復讐という鎖で敵を捕らえ、同時に囚われる覚悟はあるかと。
一度それらに汚れれば落とせない臭いがこびりつくことになる。
それでも歩いていくのかと、彼の眼差しは問いかけていた。

だが私は立ち止まることはできない。もう決めた。
例え修羅の道とわかっていても、歩みを止めるつもりはない。
そのためにハンターとなり、こうして念の修行もしているのだ。
もそれは理解しているのだろう。だから止める言葉は口にしない。
クラピカ、と私の名前を穏やかに呼んだ。

「…何だ」
「臭いを消したいときは、言ってくれ」
「は」
「完全に消すことは保証できないが、手伝えることはあると思うから」

似たような経験はあるからと言いたげな言葉。
行く道を否定はしない。ただ歩み終えた後は頼ってくれ、と。
お前のその優しさに、私がどれだけ揺らされているのかわかっているのか。
肩を叩く手は温かく、涙が出てしまいそうで。
堪えるように目を眇め、私はそのまま俯いた。顔を、見られたくない。

の瞳は澄んでいるときにはあまりに真っ直ぐで。
心の内を見透かされてしまうのではないか、と思う。

あやすように撫でられる髪。
ほら、まるで私が泣きそうなことに気づいているみたいだ。
彼は何も言わない。私がそれを必要としていないと、わかっているから。
いまこのときに必要なものだけを、与えてくれる。それに溺れたくなる。

「………お前は私を甘やかしすぎだ」
「…そうか?」
「私が何にまみれようと、関係ないだろう。そこまで気にしなくていい」

ひとりで歩くと決めたのに迷ってしまいそうになるから。あまり優しくしないでほしい。
やっとのことで絞り出した言葉も、はさらりとかわしてしまうのだ。

「俺はこういうのがひとより少し得意というか慣れてるから。だから口出ししてるだけだ」

そんなものに慣れないでほしい。得意だなんて言わないでほしい。
私からすればお前はいつだって優しくて、光のような存在で。
だからこそ、こちら側へ再び来ることなどあってほしくないと願うのに。

「子供の頃から培ってきたものが誰かの役に立てるなら、俺はそれで満足だよ」

重ねてきた辛い記憶すらも、私たちのためになるのならと喜んでしまえる。
どこまでもお人好しなにもう何も言えず、ただ黙って髪を撫でられていた。

口を開けば、嗚咽が漏れてしまいそうだったから。





あんな山奥で修行してたら鬱になると思うんです

[2013年 2月 21日]