第155話

「なるほど、クラピカと同期か。そういや念能力者が三人いたんだったな」

切り倒した木を机と椅子代わりにして、クラピカの師匠が顎を撫でた。
俺はクラピカの隣に座らせてもらってインスタントのコーヒーに口をつける。
コーヒーに視線を落としてたクラピカが、ぽつりと呟いた。

「…は、受験した時点で念を習得していたんだな」
「ああ。あとはヒソカとイルミが能力者だ」
「……言われてみれば納得はできる」
「あの鎖はお前の修行道具か。ということは、具現化系か操作系か?」

なーんて、本当は知ってるんだけど!!

「…私の能力について口にするつもりはない」
「賢いな。ちなみに俺は特質系だ」
「!?」
「すでに説明はあったんだろうが、具現化系か操作系の場合は特質系になる可能性はある。特に特殊な環境下に育った者は可能性が高い。…お前なんかそうだろうな」
「………おい、。なぜ」
「系統を喋ったのか?」

クラピカは警戒心がすごく強いし、それは大事なことでもある。
自分の能力やそのヒントを明かすっていうのは危険なこと。自殺行為になることもある。
だから秘密にしておこうとするクラピカは正しいんだ。
だけどそれは、クラピカが過酷な状況に自分の身を置いているから。

でも俺は違う。

「クラピカに警戒する理由がない」
「………っ………お前」
「お前たちには隠すつもりはあまりないよ。べらべら話すつもりもないけど」

話し過ぎたらクラピカとかキルアには怒られるだろうしなー。
………いますでに怒ってるっぽいしなー、どうしよう俺。

「本当にお前は…どうしようもない男だな」
「改めて言われると情けないが、まあそうだな」
「私は具現化系だ」
「そうか」
「具現化するものは鎖がいい。そのためには実際の鎖に触れてみろとこの男が言うのでな」
「師匠!俺はお前のしーしょーうー!!」

クラピカは礼儀正しく見えて意外と失礼だ。
自分の師匠を親指でくいっと指さすところなんて、弟子のすることじゃない。
青筋立てて怒る師匠を気にすることもなく、クラピカは早速鎖を手にとった。
そのまま手の中で転がしはじめる。触れたり、重さを感じてみたり、冷たさを確認したり。

…そういや鎖ってさ、ずっと触ってると金属の臭いが手についてあんま好きじゃないんだよな。
錆びついたような臭い?お金ずっと触ってるときもだけど。俺あれ苦手。

「?どうした
「鎖の臭いはあんまり好きじゃないと思って」
「臭い……」

くん、と鼻を近づけて臭いを確かめる。
ちょっとだけ眉を寄せたクラピカは、確かにいいものではないなと頷いた。

「ずっと触れてると、臭いが染みついてしばらく取れなくなるだろ。それが好きじゃない」
「………詳しいんだな。そんな経験が?」
「子供の頃は割とよく」

ブランコとかさ、ずーっと握ってるともう臭いが。あ、あと、鉄棒とかうんていとかさ。
よくよく考えると金属製の遊具ってけっこう多かったんだな日本。
特にブランコは好きだったから、手に鎖の痕とかついたりもしてたっけ。
冬に乗ると冷たいし指先痺れるし。それでも乗るぐらいには好きだったなぁ。

「…そういえばもう随分前になるんだな。久しぶりに遊んでみたい気も」
「やめてくれ」

あ、めっちゃ即答された。だよな、良い年こいてブランコとかダメだよな。
でも大人になったからこそ乗りたい気持ちもあるっていうか童心に返りたいっていうか。
いやそんな心底焦らなくても大丈夫だって。俺だってもうダメだってのはわかってるよ…!
下手したら不審者扱いされそうだしな、我慢我慢。…でもゴンとキルアがいればいいんじゃ。
ゴンはともかくとして、キルアは嫌がるかな。子供っぽいの避けるお年頃だし。

「いいか、わざわざ好ましくない臭いをつけることはないだろう」
「まあ…それはそうなんだけど。クラピカはこれからその臭いにまみれるんだろう?」
「………それは」
「覚悟した方がいい。本当に、厄介なものだから」

石鹸で何度洗ってもなんとなーく臭いんだよこれ。
クラピカは修行でどのぐらいの期間を鎖と過ごすことになるのか知らないけど。
その臭いすらも、具現化するためには必要な要素なんだろうけど。

「クラピカ」
「…何だ」
「臭いを消したいときは、言ってくれ」
「は」
「完全に消すことは保証できないが、手伝えることはあると思うから」

強力な石鹸とか臭いを誤魔化す香水とか消臭の何かとか探しとくし!
修行はぼろぼろになってこそだよな、とクラピカの細い肩にぽんと手を置く。
ぱちくりと見開かれた焦げ茶の瞳はしばらくして気が抜けるように細められた。
だけどすぐに俯いてしまったから、さらりと流れる金髪に隠れてクラピカの顔は見えない。

随分伸びたなー、とクラピカの髪を撫でる。
っていうか顔に怪我つくるなよ、せっかくの美人なのにさ。男だからあんま関係ないだろうけど。

「………お前は私を甘やかしすぎだ」
「…そうか?」
「私が何にまみれようと、関係ないだろう。そこまで気にしなくていい」
「俺はこういうのがひとより少し得意というか慣れてるから。だから口出ししてるだけだ」

主夫だよねー、ってシャルに当たり前の顔して言われたからな!
つか、家事能力が爆薬のようなレベルのじーちゃんと一緒にいれば誰だってこうなるだろ。
自分でやらないとまともな料理は出てこないし、部屋はあっという間に腐海の森になるし。
洗濯物だってセーターとか縮んだり色移りしちゃってたり、泣けることになる。

「子供の頃から培ってきたものが誰かの役に立てるなら、俺はそれで満足だよ」

クラピカはもう何も言わず。
黙って俺に頭を撫でられるだけだった。






鎖の臭い、苦手なの私だけですか

[2013年 2月 20日]