第157話―マチ視点
ヒソカから仕事の呼び出しがあって。
ならついでに伝言を頼む、と団長からメッセージを預かった。
ヒソカになんか会いたくないから仕事を蹴ろうと思ってたってのに、これじゃ請けるしかない。
なんで私が伝えなきゃいけないんだか、と重い気持ちで天空闘技場を目指した。
戦うヤツらの聖地とかいう、くだらない場所。
ヒソカの好みそうな場所だと商店街を抜けていたところで予想外のヤツを見かけた。
黒い髪と焦げ茶の瞳。特別奇抜な服装をしているわけでもないのに、目を引く男。
一般人とはいいがたい空気をまといながら、なぜか八百屋の前に立っている。
悩んでるみたいだけど、ホント何してんだか。
思わず近づいて声をかけるぐらいには、ちょっと驚いた。
「あんた、随分似合わない場所にいるけど。料理でもするの?」
「これでも一応」
当たり前のように答えたのは。シャルの友達っていう奇特な男。
驚く様子もなく振り返ったは、私が料理の腕を信用していない口ぶりに首を傾げた。
「…マチ?」
「シャルからよく聞かされるし、前にちょっと食べさせてもらったことはあるけど。あんたがこういう八百屋とかに立ってると、すごく変」
「……そう言われてもな」
「今晩の買い出し?」
「そう。カレーにでもするかと思って」
「ああ、長持ちしていいらしいね」
つまりこのあたりに長期滞在してる、もしくはする予定であるってこと。
…そういえばシャルがと会ったのはこのあたりだったって言ってたっけ。
あの変態みたいに戦闘狂ってわけじゃないと思うけど。
ああでも、前は小遣い稼ぎしてたんだっけ。あと暇潰しも兼ねて?…今回もそれか。
私がひとりで結論を出してると、の方から質問を投げてきた。
「……ヒソカに会いに来たのか?」
「その言い方やめてくれる?って、あいつがここにいることあんたも知ってるわけ」
「残念なことに」
あまり表情に変化の出ない男だけど、いまばかりは渋い顔。
私とこいつはあの変態に絡まれることが多いから、そこは妙な連帯感がある。
「…ふーん。その顔は、どうせ絡まれたんだろ」
「……残念なことに」
「ご愁傷様」
つい笑うと、の声が少し拗ねたものになった………気がする。
「マチだって、これから絡まれに行くんだろ」
「私は仕事。そのためなら嫌な客にだって会うさ」
「そうか」
私と話してる間も野菜を選んでいたは会計を済ませて、歩き出した。
天空闘技場へ向かうんだろうから私もそれについていく。
途中でカレーのルーだとか肉も購入してた。ついでに菓子まで。
肉なんて山のように買ってるもんだから呆れてしまった。
ウボォーならこれぐらいたいらげるだろうけど、こいつそんなに食べたっけ?それとも。
「…あんた、誰に作ってやるんだい?それともこれ一人で食べるわけ」
「いや、食べ盛りの子供二人の面倒をいま見てて」
「子供?」
ついに隠し子とかそういう。
女絡みのことでは信用のおけないについそんな想像をしかけるけど。
「天空闘技場で修行中なんだ」
師匠の真似事みたいなことをしているらしい。
「……へえ、あんたそんなこともしてんの。修行に付き合うなんて面倒だろうに」
「けっこう楽しいよ」
「世話焼くの好きらしいね。私にはわからないよ」
「そうか?マチだってけっこう世話焼いてくれるじゃないか」
この男がいったい何を指して言っているのかわからないけど。
これまでにあった色々なことを思い出させられ、なんだか居た堪れなくなった。
「見てられないだけ」
酔っ払ったあんたに強く出られなかったのも。
疲れきったあんたに、なぜか差し入れたり妙なことを口走ってしまったのも。
情けなさすぎて、怒る気になれなかっただけで。
それ以上の意味はないのだと強く反論してやりたかったのに。
あの焦げ茶の瞳を見つめたらまた変なことを言ってしまいそうで。
私の勘はよく当たるから、振り返ることはなく天空闘技場へ早足で進んでいく。
まるでそれを見通しているかのように追ってこないに。
ほっとすると同時に、腹立たしさも感じながら。
ひと仕事を終えて伝言も伝えて、さっさとヒソカとはおさらば。
その帰り道にシャルと遭遇して驚いたなんてもんじゃない。…というか、私が来た意味は?
あんたがここにいるなら、ヒソカへの伝言はそっちがやればよかったじゃないか。
だから出会い頭の一言はこれ。
「…なんであんたがここにいるわけ?」
苛々しながら睨みつければ、ケーキが入った箱を持ち上げて笑う男。
これを買いに来たんだ、と笑うシャルを念糸で縛り上げてやろうかと半分本気で思った。
その後が近くにいることを伝えたら、じゃあ呼ぼうという話になって。
シャルがとった宿でなぜか三人集まり、ケーキをつっつくことになった。
律儀に呼ばれて顔出すんだから、妙なとこ付き合いがいいこの男。
…それともシャルが呼んだから来たのかね。
「で、はどれ食べる?選んでいいよ」
「あの店行ったのか」
「うん。と待ち合わせしてるのかと思われちゃった」
「あぁ…」
箱を覗き込みながら当たり前のようにかわされる会話はすごく変。
シャルもも甘いもの好きなのは知ってるけど、待ち合わせと勘違いされるって…。
「あんたら、二人でケーキ屋とか行くわけ?」
「「うん」」
しかも即答だよ。
なんかもう突っ込むのも面倒で、私はお茶を淹れることに専念する。
が箱からケーキを取り出す姿をちらりと見れば、心なしか嬉しそう。
子供みたいな顔して。そんなにこのケーキが好きなわけ?とひと口入れてみる。
…甘すぎず、だけど口の中で溶けていく柔らかい感覚が気持ち良い。
そういえばこれ、前にも食べたことある。が持ってきたやつだ。
「っていうかさ、次の仕事はヒソカ来る気あんの?」
「さあ?一応、釘は刺しておいたけど」
シャルがあの変態の話題を出してくるもんだから、ケーキがまずくなりそうじゃないか。
隠すこともなく眉を寄せると、意外にもが口を開いた。
「…ヒソカ、サボるのか」
「というよりも、まだ一度も蜘蛛の招集に来たことないんじゃないっけ」
「こっちとしては来てくれなくて結構。このまま顔出さないで、団長に抹消されればいい」
「あはは、俺もヒソカがいなくなってくれるのは賛成」
「……団員仲間にそう言われるあいつって…」
「「仲間と思いたくないあんなの」」
私とシャルの言葉が重なると、も気持ちは分かるというように頷いた。
どこからどう見ても狂っているようにしか見えない、あの変態。
蜘蛛のルールにのっとって仲間になったんだから、団員であることに文句は言えないけど。
さっさと死んでくれないか、とケーキをさらにひと口。
するとが厳しい表情で黙り込んでいることに気づいた。それはシャルも同じ。
「?どうしたの」
「いや……」
無心にケーキを食べながら考え込んでいたが、問う。
「蜘蛛の仕事って、中止になったりすることあるのか」
「団長の決定で動いてるから、クロロがやめたって言えば中止にはなるんじゃない?」
「そうなったことはないけどね」
「そりゃ欲しいと思うものがあるから動くんだろうし。クロロは一度欲しがったら執念深いから」
「あんたには言われたくないと思うよ」
「そうかなぁ」
首を捻るシャルは置いておくとして、どうして仕事の中止について聞いてきたのか。
なんともいえない予感が私の胸をかすめた。
悪い予感でも良い予感でもない。……正しくは、どちらにも転ぶ可能性がある予感って感じ。
私たちにとって、悪い結果にも良い結果にもなりそうなものを、この男は持っている。
その決定を躊躇っている、ように思えた。………全部勘だけど。
じゃあその決定って何?と思うけど。
蜘蛛の仕事が中止することと関係があるんだろうか。
は今回の仕事の内容も予定日も何も知らない。シャルだって団員以外にそれは話さない。
じゃあどういうことか。……仕事が中止になりそうなことが起こるかもしれないと、心配してる?
それも微妙に違う気がした。
「にしてもが仕事のこと気にするなんて珍しい。入りたくなった?」
「え」
「ヒソカ倒して入るっていうなら、歓迎するよ。さっさとあの奇人変人殺してくれないかい」
「…無茶言うな。あいつとは戦うどころか話したくもないのに」
ヒソカとは同じ空気を吸うことすら避けたい。それは私もシャルも同じ。
「けどホント、だったら歓迎するよ」
「反対するヤツもいないだろうね。反対されたとしても、条件満たせば入団できるわけだし」
「その結果がヒソカだからなー」
「……いや、俺は入るつもりはない。それにフェイタンあたりは嫌がるだろ」
「フェイタンは誰が来てもああだって」
そんなことを話しながら雑談に戻っていくけど。
はその後もどこか上の空のまま。溜め息も吐いていた。
きっとこの後、店の場所をちゃっかり聞いているマチさんです
[2013年 3月 24日]