第157話
「あ、来た来た。やっほー」
「…なんでシャルがこのあたりにいるんだ」
「それマチにも聞かれた」
身分証明書などを必要としない、訳ありの人間が泊まるようなホテルにシャルはいた。
キルアとゴンが寝たのを確認してから出て来たから、けっこう遅い時間になってる。
だけどまだまだ宵の口、とばかりにシャルはいつも通りで。
一緒に部屋にいたマチが頬杖つきながら見慣れたケーキをつついている。
「あれ、そのケーキ」
「これを買うために来たんだってさ。ならあんたがヒソカに伝言渡せばよかったじゃないか」
「俺は完全に気まぐれで来ただけだから。近くまで来たし、って感じで。マチは確実にヒソカに会う予定だったんだろ?ならその方がちゃんと伝言できる」
「あ、そう」
「…ヒソカとの仕事は済んだのか?」
「済んだ。あの馬鹿、両腕とも切り落とされてたよ」
「うわー、本当に馬鹿だなー」
それで済ませてしまうシャルとマチは普通じゃない。
…まあ、ね?マチの念糸なら腕を治せるという信頼の表れなのかもしれないけど。
だいぶ原作の記憶が遠い彼方にいってる俺だけど、それでもカストロとの戦いは印象深い。
だ、だってさ、両腕なくなった上にその切れた自分の腕かじったりしてたからなあいつ!
腕の断面からトランプ引っこ抜いたり……うう、なんでこういうことばっか覚えてんだよ。
やっぱあの試合は見なくてよかった。漫画とかアニメならともかく、生で見たら俺死ぬ。
「んで、マチからが来てるって聞いてさ。顔見たいと思って」
「あぁ…そう」
「俺とマチの二人でお茶してもつまんないし」
「それは同意見」
ええー…そこ同意する男女ってどうなのよ。遠慮なく過ごせる仲間って感じではあるけど。
シャルは美少年…青年?だし、マチなんて本当に美人。二人とも落ち着きがあって。
俺にとっては旅団の中の数少ない味方みたいな印象なわけで。
だけど当人たちはさばさばした付き合いらしい。らしいっちゃらしいけどさ。
「で、はどれ食べる?選んでいいよ」
「あの店行ったのか」
「うん。と待ち合わせしてるのかと思われちゃった」
「あぁ…」
「あんたら、二人でケーキ屋とか行くわけ?」
「「うん」」
事実のため素直に頷くと、マチがなんともいえない顔をした。え、なんで。
甘いもの大好きな俺にとってシャルは良い甘味愛好家だ。
男って甘いものダメってイメージが強いし、そういう店に入るのを躊躇うひとも多い。
だけどシャルはそういうの全然気にしないから、スイーツ系も一緒に回ってくれて嬉しい。
キルアも好きでついてきてくれるけど、色々と忙しいからなー。
…シャルも忙しいんだろうけど、なんか割とつかまりやすいのはなんでだろう。
夜中にケーキとか、女の子なら気にするかもしれないけど。
俺は全く気にしないため、遠慮なくケーキをいただく。
マチが淹れてくれたお茶をもらって、三人でぼろい部屋の中雑談を続けた。
「っていうかさ、次の仕事はヒソカ来る気あんの?」
「さあ?一応、釘は刺しておいたけど」
「…ヒソカ、サボるのか」
「というよりも、まだ一度も蜘蛛の招集に来たことないんじゃないっけ」
「こっちとしては来てくれなくて結構。このまま顔出さないで、団長に抹消されればいい」
「あはは、俺もヒソカがいなくなってくれるのは賛成」
「……団員仲間にそう言われるあいつって…」
「「仲間と思いたくないあんなの」」
ああ…マチとシャルの声が重なる。うん、俺も同じ立場だったら同じこと言うけど!
マチの預かった伝言って、ヨークシンに向けてのものだったよな確か。
集合日だかなんだか…えーとヨークシン編は九月スタートのはずだから…。
まだちょっとあるけど、どうにか止める方法ってないのかな。
下手に動くと俺が殺されそうだし、でもパクやウボォーには死んでほしくないし。
ヨークシンで仕事すると仲間が死にますよ、なんて忠告するわけにもいかない。
何でそれを知ってる?って尋問されるだろうし。その情報が確かだっていう証拠もない。
多少の危険があるってだけなら、クロロたちは計画を止めないだろう。…この間の慈善活動がそう。
呪われたイヤリングがクロロに危険な未来を伝えていたのに、あいつはむしろ楽しげにしてた。
だから俺が警告したところで、あいつらは止まらない。
でも何もしないでいる、ってことも俺には……いやいやしかし。
じゃあクラピカを止めれば?ってことになるけど。それも俺にはできないと思う。
家族や仲間を殺されて。……しかも普通じゃなく、想像もできないような惨い殺され方をして。
蜘蛛と戦うことだけを支えにこれまで生きてきたクラピカを知っているから。
他人の俺がどうこう言える領域じゃないんだよ。
俺にはクラピカの辛さも抱えてきたものも、想像することしかできなくて。
その想像だって実際の苦痛の半分も理解できてないんだろうと思う。
クラピカが背負った覚悟、決意、それらを覆すには俺にも同じだけの覚悟が求められるはず。
…そんなものを背負ってきたことのない俺には、無理な話だ。
「?どうしたの」
「いや……」
ぱくり、とケーキを頬張る。甘い味が少しだけ俺の気持ちを浮上させてくれるようだった。
シャルやマチたちと、クラピカが敵になって命の奪い合いを繰り広げる。
俺にとっては皆大事なひとだからそんなことはやめてほしいのに。
「蜘蛛の仕事って、中止になったりすることあるのか」
「団長の決定で動いてるから、クロロがやめたって言えば中止にはなるんじゃない?」
「そうなったことはないけどね」
「そりゃ欲しいと思うものがあるから動くんだろうし。クロロは一度欲しがったら執念深いから」
「あんたには言われたくないと思うよ」
マチの呆れた顔に、そうかなぁとシャルは首を捻った。
…まあ、うん。シャルのパソコンとか携帯に対しての執着は確かにすごいよな。
「にしてもが仕事のこと気にするなんて珍しい。入りたくなった?」
「え」
「ヒソカ倒して入るっていうなら、歓迎するよ。さっさとあの奇人変人殺してくれないかい」
「…無茶言うな。あいつとは戦うどころか話したくもないのに」
俺の言葉に、だよねーとシャルが肩をすくめマチも深々と頷いている。
すごいよな、あの旅団にここまで思わせるヒソカって。イルミですら気持ち悪いって言うときあるし。
漫画で読んでるときは単純に個性的で好きだったんだけどなー。…気持ち悪いとも思ってたけど。
やっぱあれだな、漫画と現実じゃ違うんだよ。
だって漫画読んでたときは、シャルナークとか別段興味なかったし。
童顔のマッチョ?ぐらいの認識だったはず。それが俺の数少ない友人になろうとは。
「けどホント、だったら歓迎するよ」
「反対するヤツもいないだろうね。反対されたとしても、条件満たせば入団できるわけだし」
「その結果がヒソカだからなー」
「……いや、俺は入るつもりはない。それにフェイタンあたりは嫌がるだろ」
「フェイタンは誰が来てもああだって」
俺はあの殺気を浴び続けたら身体がどうにかる。
でもそっか、蜘蛛の仕事はやっぱりクロロの決定で動いてるのか。
つまりはクロロがヨークシンでの大仕事をやめてくれればいいわけで。
……ううーん…説得なんて俺にはできないしなぁ。
そもそもヨークシンのオークション襲撃を俺が知ってるのはおかしな話だし。
シャルやマチはこうして普通に会話してくれるけど、仕事内容については話題に出さない。
こういう裏社会で情報っていうのは大事なもので。命を左右することにもなるから。
俺も下手に聞いて二人を警戒させるのは嫌だから、触れない。
だからヨークシンの件でクロロに直接尋ねることはできない。……はあ、どうしよ。
あ、つかその時期って俺仕事あるじゃん。
バッテラ氏がグリードアイランドを競り落とすのと、プレイヤーの選考会と。
そのためにツェズゲラを呼びにゲームの中に行かないといけない。
………あれ?ヨークシン編って俺、現実世界にいない可能性もあるんじゃね…?
今頃になって気付くとか、遅!
そうなんです、ヨークシン編とGI編はある意味で重なってるという
[2013年 3月 21日]