第158話―キルア視点
朝、目が覚めたらがいなかった。
最初はトイレとか風呂とか、むしろ飯作ってるのかと思ったんだけど。
俺の部屋にもゴンの部屋にもいなくて、むしろあいつのベッドが使われた形跡もなくて。
これは夜からいなかったんだ、とわかって俺は唸った。
よく考えれば昨夜はおかしかったんだ。
飯を食べて風呂も入って、なのには俺たちが寝る時間になってもそのまま。
着替えもせずに先に寝てろなんて言って。
いつもなら寝ないときでもベッドには横になって、本を読んでたりするはずなのに。
全くその気配がなかったのに俺はそれに違和感を覚えなかった。
…ヒソカの試合を観て集中力を使ったから疲れてたんだろ思う、多分。
苛々と昨夜のことを思い出してると、ドアが開く音。
俺は入口の前で腕を組んで仁王立ちしてたら、予想通りが帰ってきた。
「お・か・え・り」
「………ただいま」
不機嫌なのを隠すつもりもなく、低い声で出迎える。
はちょっとだけ目を瞬いて、だけどいつも通りの表情で「どうした?」とか聞いてくる。
どうした、じゃねえよ!いたいけな子供置いてどこいってんだ!
「お前、いま何時かわかってる?」
「………朝の八時」
「俺らが寝た後、風呂入ったら寝るって言ってなかったか?」
「ああうん、そのつもりだったんだけど。知り合いが近くまで来てるって連絡があって、なら顔出すかってことになったんだ」
「へえ、ふうん。そんで朝帰り」
俺らを置いて会いに行くような相手って誰だよ。
じとりと睨むと、が頬をかいて謝ってきた。
「悪かった」
「…別に?俺がお前の行動に口出す権利はないんだけどさ」
「心配かけたか?」
俺の心を見透かすような言葉に頷くことはできず、話題をちょっとだけずらす。
「………女といたの?」
「え。………まあ、いたけど」
「あ、そ」
あーはいはい、そうですかやっぱり女と会ってたんですか。
それこそ俺が口出す権利はない、って背中を向ける。
寝直す気にもなれず洗面所に行って顔を洗った。気持ちも切り替えたかったし。
冷たい水が頭をすっきりさせてくれる気がした。
そうしてるとが後ろから入ってきてビビる。
だけど俺の反応を気にする素振りもなく、ぽいぽいと服を脱ぎ始めた。
おい!?と俺が声を上げれば、風呂入るからって手を振る。
さっさとバスルームに入ってく背中を、俺は呆然と見送った。
…いや、女と会ってたんだろ?
のことだから、どうせ色々としてきたはず。
なのに帰ってまずすることが風呂ってどうなんだ。
女に優しいんだか冷たいんだか、マジでよくわかんねぇ。
夜中に出てくぐらいなんだから気に入った相手なんだろ?
なのに、会ってきた名残を消そうとするみたいに風呂に入るって。
洗面所から出て、とりあえず俺は朝食用にトーストを焼く。
が作ったジャムを塗ってくわえたところで、風呂から上がったらしい影。
濡れた髪のまま入ってきたは億劫そうな感じでベッドに入った。
「…おい?」
「このまま、ちょっと寝る」
「は?ウイングさんとこで修行するんじゃねーの」
「……昨日は寝てないから、眠い」
「んな!?」
寝てないって、おま…!!
俺が赤面してる間に、は遠慮なく眠りはじめる。
……この寝顔を見れるってのは、ちょっとした特権だけどさ。
寝てないって、夜中からこの時間まで……とか?
ハンター試験とか仕事とか俺らに付き合って行動とかしてっから、ご無沙汰だったんかな。
それともやっぱ他人がいるとこじゃ眠れないとか?
もしそうなら、俺の前では眠るっていう特別さが増すような気はする。
………青少年の前で朝帰りとかすんなよ、とは思うけど。
「つーわけで、ありえねーだろ?」
「そこはの自由なんじゃない?ちゃんと帰ってきたわけだし」
寝てるあいつの邪魔をしないよう、俺はゴンの部屋に顔を出してた。
このまま点の修行もするつもり。だけどその前に、俺はゴンに朝のことを愚痴ってた。
そうでもしないと集中できそうになかったし、鬱憤を晴らしたかったから。
「そりゃそうだけどさ…」
「でも最後にはキルアにところに帰ってくるんだから、安心しなよ」
「は!?な、何を安心するんだよ」
「にとっての帰る場所は、キルアなんだよ。きっと」
ゴンが言った言葉が頭に流れ込んで、俺は一気に身体が熱くなるのがわかった。
ハズイこと言うなよ!と殴る。俺まだ怪我人!って声がするけど知るか。ほぼ治ってんだろ。
けどま、ちょっと気分は落ち着いた。だから点を開始する。
そんで修行がひと段落して、そろそろ昼飯でも食うかってことになった。
も起きてるかも、ってことで俺の部屋に戻ろうと廊下に出たら。
ドアを開けたがちょうどいて。しかも。
「あー!!何持ってんだよ!」
あいつ手にワイン持ってやがる!俺があれほど…!!
「酒は禁止って言ってんだろ!」
こいつの酒癖の悪さは身に染みてわかってる。
ゴンが後ろで不思議そうにしてるけど、マジでこいつヤバイんだと言ってやりたい。
挙句記憶が残ってなかったりするからな。一番最悪な酔っ払い方だろ。
俺が詰め寄ると、は淡々と答えた。
「…もらっただけだよ。俺が飲むわけじゃ」
「それどうすんだよ」
「………誰かにあげる?」
「よし、ならさっさと渡してこい。俺の部屋に置くのはダメだからな!」
困ったような気配がするけどここは譲れない。
しばらく考えるように首を捻ってたは何か思いついたのか、小さく頷いた。
とりあえず作ってあったらしい昼飯を食べて。
出かけていくを俺は見送った。
よし、これで最悪の事態は回避できたな。
………つーか、誰に渡すんだろ。
酒癖悪くて女癖も悪いとか、最低じゃないですか
[2013年 3月 27日]