第159話

雨の降り続けるゴミ山の地。
俺にとっての出発点のような場所にまた戻ってきて、じっちゃんの姿を探す。
顔見知りは何人かいるから話を聞いてみると、案外あっさりと見つかった。
今回は珍しく自分で組み立てた仮小屋に住んでいるのではなく、まさかの地下水路にいるらしい。

下水の臭いがきつかったり、毒が発生する場所もあったりでここで暮らす人間はあまりいない。
雨風がしのげる場所ではあるんだけど、いきなり増水して流される危険もある。
なんだってこんな場所に?と首を傾げながら俺はマンホールを開けて地下水路に下りていった。
このゴミ山から外の街へと繋がっていたりする水路は、交通手段としてはけっこう使われる。
障害物なく一直線に行けることもあるからな、近道になる場合もあるんだ。

俺もじっちゃんに必要なルートは教えてもらってはいたんだけど。
真っ暗な水路を円をしながら進んでいく。えーと、確かここを曲がった先が新居って言ってたな。

「じっちゃん、いるか?」
「………か」

ちょっと遠い奥の方から聞き慣れた声がする。変わらない声に元気そうだ、と安心した。
ゆっくりと近づいていくと、明かりが灯る。じっちゃんがランプをつけたみたいだ。
俺の祖父であるじーちゃんにそっくりな外見のじっちゃんは、顔色も悪くない。
久しぶり、と声をかければ変わりないようじゃなと肩をすくめられた。

「いや、少し落ち着いたか」
「…落ち着いた?」
「安定感が増したというか。嫁でももらったか」
「まさか」

でもここにお世話になってた頃は十代だったしなー。
それがいまや二十代で……うん、落ち着きもするよ。っていうか落ち着かないと恥ずかしい。

「今日はじっちゃんに報告したくて」
「報告?」
「ハンター試験、合格したんだ」

歩き出すじっちゃんについていきながら報告すると、ほおと感心した声。

「お前さんなら受かるだろうな。これで堂々と日の下を歩けるわけだ」
「まだハンター証を使う機会はあんまりないけど」
「まあ、注意は必要じゃろうな。貴重品も貴重品だ」

ハンター試験に合格して一年の間に多くのハンターがハンター証を奪われるという。
そんな危険に遭遇したことはないんだけど、それだけ狙われることが多いということで。
ライセンスは当人以外が持っていても使えないし意味がないもの。
だけどお金を出して欲しがるひとなんていくらでもいるらしい。

「それで?ハンターになってお前は今後どうするつもりだ」
「…とりあえず、そろそろ自分の家が欲しい」
「なら不動産にでも行けばいいだろう」
「できるだけ誰にも知られなくないというか…。足がつくようなことはしたくないんだ」

シャルとかキルアとかはいいんだけどさ、ヒソカに家がバレたら恐ろしすぎる。
いま俺にとって家と呼べる場所はシャルに間借りさせてもらっているマンションだ。
あそこはシャルとの共同の家だから、逆に安心なんだけど。
このままだとキルアを家に呼べないんだよなー、シャルと鉢合わせしたら困る。

だんだんと資料も増えてきたし、自由にできる家が欲しい。
そう思ったんだけど探すのって案外難しい。
シャルに紹介してもらうと、旅団のメンバーに筒抜けになる可能性もあるし。

あっと、その前に。忘れないうちに今回の目的のもの渡しておかないと。

「じっちゃん、これ」
「?……酒か」
「かなり良いものらしい」
「……やれやれ」

なんでか溜め息を吐いて受け取ったじっちゃんは、くるりと方向を変えた。
道を間違えたわけじゃないだろうし、行き先を変更したっぽい。
いったいどこへ向かってるのかと疑問に思いながら薄暗い通路を進んでいく。
すると、鉄の扉が見えてきて。軽くノックして名乗ったじっちゃんが扉を開けて中に入った。

恐る恐る俺も中に入らせてもらうと、驚くことにすごく豪勢な部屋。
赤いふかふかの絨毯が敷かれて、高そうな調度品が並んでる。な、なんだこの部屋。
さっきまでしてた下水の臭いが消えて、ふわりと花みたいな香りがしてきた。

「今日はまだ晩酌には早いわよ」
「客を連れてきてやったんじゃ」

奥の部屋から顔を出したのはヴェールで顔を隠した…恐らく割と高齢の女性。
杖をついているためか背中は曲がっていて、きちんと立っても多分すごく小柄だろう。
ゆっくりとやってきたそのひとは、よいしょと声を洩らしながら長椅子に座った。

「こんなところまで私を訪ねてくるなんて、物好きもいたものねぇ」
「お前さんの妙な趣味も、役に立つことがあるんだろうさ。ほら、から酒だ」
「あら、私の好きな銘柄じゃない。ありがとう、ちゃん」
「………いえ」

まさかちゃん付けで呼ばれるとは。
顔は見えないけど、茶目っ気のあるおばあちゃんみたいだ。動作が可愛い。

「私はマゼンダというの。この年寄りとは悲しいことに腐れ縁でね」
「わしが年寄りならお前も年寄りじゃろうが」
「あらあら、そんなことネイビーにも言えるの」
「あいつはいつまでもわしにとっての最高の女じゃ」

………えーと。とりあえず目の前にいるおばあちゃんが、マゼンダさん。
じっちゃんとは幼馴染で………ネイビーさんって誰だ?
俺の疑問を感じ取ったのか、マゼンダさんがふふふと少女のように笑った。

「ネイビーはね、私の親友よ」
「わしの嫁だ」
「あなたとネイビーが結婚しようが、ネイビーとの友情は変わらないもの」
「………じっちゃん、結婚してたんだ」
「あいつはさっさと先に逝ったがの」

そう語るじっちゃんの瞳は柔らかくて、同時にすごく寂しそうで。
じーちゃんが、ばーちゃんのことを語るときと同じものだってわかった。
あんまり口に出すことはなかったけど、じーちゃんがどれだけばーちゃんを好きだったか知ってる。
俺が小さい頃はばーちゃんも健在だったから、いつも仲良く過ごしてたっけ。
ばーちゃんの方がじーちゃんを好き、って見られることが多かったけど本当は逆で。
プロポーズもじーちゃんからだったんだ、ってこっそり教えてもらったことを覚えてる。

好きだとか愛してるとか口に出すことはほとんどなかった。
でも歩くときは必ずじーちゃんが車道側を歩いてたし、遺跡旅行の帰りにはお土産を必ず持参。
家の掃除をやってたのも実はじーちゃんだった。…俺が大きくなってからは俺の仕事になったけど。
あれは多分、広い家の中の掃除をやらせるのはばーちゃんが大変だったからなんだろう。

ばーちゃんが死んだあと、じーちゃんが大きく取り乱すことはなかった。
だけど、すごくすごく好きだったんだろうなってのは俺にも伝わってて。
あのときじーちゃんに感じていたものを、じっちゃんからも感じる。

「年をとっても、この男の顔を見ないといけないなんていやあね」
「仕方なかろう。ネイビーの話をできる相手なんてお前ぐらいしかおらんのだ」
「昔話に花を咲かせるようじゃ、本当に年寄りねぇ。それで?ちゃんはどんな物件をお探し?」

………はい?なぜいきなり物件の話に。

「この女の話の突飛さは気にするな。用件を済ませればええ」
「………えっと、俺の招きたいひと以外には知られずに済むような家を探してます」
「つまり隠れ家的なものね。そうね、ちょうどいいところが残ってるわ」
「ほう、運がいいの」

いやあの、話の展開に俺はまったくついていけてないんですけど!?
ハートフルな思い出話を繰り広げるはずだったんじゃないの?なんで物件!?
確かに家探してるとは話してたけれども、この流れって訳わからないよ!

「それじゃ、紹介してあげる。ついてらっしゃい」
「わしは先にこれを飲ませてもらうぞ」
「態度のでかい客ね。おつまみでも持ってきなさいよ」

ぷんぷんと怒りながら、マゼンダさんは奥の部屋へ。
ついてこいって言ってたから後を追えばいんだよな?いいのかお邪魔して。

カーテンをめくって奥に入ると、いくつかの扉が目の前にあった。
そのうちの右端の扉へと向かったマゼンダさんは、鍵の束を取り出す。
そして扉の鍵穴に差し込み、がちゃりと音が響いた。

「この家なんてどうかしら」

飛び込んできたものに、俺は思わず息を呑んでしまった。





オリキャラ祭りですみません

[2013年 4月 16日]