第163話―クラピカの師匠視点

クラピカがようやく鎖を具現化できるようになった頃。
言ってた通りって男は本当に修行の様子を見にやって来た。
律儀っつーか付き合いが良いっつーか…。

試しに念で戦ってみろ、とクラピカをせっついてみたがまあ結果はわかりきったもの。
奇襲の形だったってのにあっさりと気付かれたしな。
具現化を習得するにあたり、鎖の重さや質感、冷たさや音までもクラピカは再現してる。
鎖がぶつかるかすかな音を耳ざとく拾ったらしいは、瞬時に円を広げた。
……この脊髄反射みたいなスピードはすげえな。

奇襲するときは音を消すようにしろ、ってクラピカに教えてやらねえと。
実際の鎖を使う操作系と違って具現化系はそういうことをできるのがメリットのひとつだ。
能力者が生み出したものなんだから、大きさや硬さ音を立てるかどうかも制御できる。

しっかし、間合いに入るために大木を殴り倒すとは思わなかったぜ。
念能力者同士の戦いだから念だけで、なんてルールはない。
実際に命のやり取りをするなら、周囲の状況や物を利用することも必要だ。
念とは関係ないものを使うことで戦況は変わるし、有利にも不利にもなる。
それをクラピカも学習しただろう。……やっぱ実戦が一番だよな。

しかも相手が実戦慣れしてる相手だと、得られる経験は倍以上だ。
……っと、決着がついたみたいだな。

「それにしても、いきなり背後からってのはないだろう」
なら問題ないと師匠が」
「おい」

俺は姿を隠してたんだが、は当然のように俺がいる方向を睨んできた。
しかも凄まじい殺気のおまけつき。

「んな殺気飛ばさんでくれよ」

降参のポーズをとりながら顔を出す。
物申したい感じの視線を向けてきただったが、気にしないことにしたらしい。
クラピカに向き直って念の修行成果について語り始める。
具現化系の特殊性について感想を述べ、クラピカなら上手く使いこなせると褒めた。
まあな、腹立つぐらい頭の回転良いからなこのバカ弟子。

「操作系と違って、実際に鎖がなくてもすぐに取り出せるし」
「あぁ、それは私も思った。常に鎖を見える場所に持っていれば、操作系と誤解させられる。そうなれば私の手に鎖がないときには相手は油断するだろう」
「視覚による思い込みってあるからな。熟練の念能力者でも、凝を忘れることもある」
「凝……目にオーラを集中させればよりオーラが見えるものだったか」
「そう。念による攻撃って隠すこともできるから、凝を使って警戒するのは基本だな」

あとは<円>も警戒する方法としてはうってつけなんだが。
これは凝よりもさらに応用技になるから、クラピカに教えるにはまだ早い。
もそう思ったのか円については語らない。こいつ、教えるの向いてんじゃねえのか?
わざわざ俺が教えんでも、クラピカを指導してくれそうな雰囲気だ。

「念を隠すとは?」
「<隠>っていうんだが…まだ教わってないか」
「そろそろ教えてやってもいいかと思ってたところだ。クラピカ、隠ってのはオーラを限りなく見にくくする技術でな。つまり念で造られた鎖なんかは、それ丸ごと見えなくすることができる」
「…なるほど。単純に鎖を消すのではなく、その能力を発動した状態で隠すことができるのか」
「そう。だけど凝で隠は見破れるから、使い処は注意しないとだな」
「わかった」

具現化した鎖を実際に戦闘として使ったのは初めて。
だからかクラピカは疲れたらしく、休憩所につくと息を吐いて腰を下ろした。
さて、とりあえず客にはコーヒーでも淹れてやるか。まずは火を起こさないとな。






その後は夕飯も一緒に食って。
俺はクラピカに制約と誓約について教える羽目にもなった。
…こいつはあんま教えたくなかったんだけどな。制約はともかくとして、誓約は。
クラピカは何もかもが危なっかしい。念を教えていいもんか、といまだに俺が悩むぐらいには。

強化系が理想、と言ってたクラピカは具現化系。
系統は生まれ持ったものであり、それを変えることはできない。
具現化系は特質系になる可能性もあるにはあるが。

攻め、守り、癒し、その全てを補強できる強化系が理想ってのは正しい。
だが無理なもんは無理。とはいえ絶対的な強さなんてもんは、戦いの場にはない。
具現化系の能力者が強化系の能力者に勝つことだっていくらでもありうる。
バランスが難しい能力ではあるが、上手く条件が揃えば驚異的な威力を見せるのが具現化系だ。
いったいどういう条件下で念を使うつもりか、クラピカの口から聞くのは…少し怖いな。

「お前は、クラピカがハンターになった理由も念を覚える動機も知ってんだろ?」
「…あぁ」

夜の修行に、と森の中に消えていったクラピカを見送るに声をかけた。
一見誰をも拒んでいるように見える男だが、話しかければ普通に答えてくる。
クラピカの戦う理由を考えたとき、かすかに焦げ茶の瞳が揺れたように思えた。

「なのに、背中を押すんだなお前は」
「………あの決意を動かすのは、他人には難しいだろ」
「お前さんの言葉なら聞きそうだがな」
「…そうかな。止められるんなら、もちろん止めたいけど」

なのにそうしないのは、こいつはクラピカの故郷のことも知ってるんだろう。

「クラピカが誓約を持ち出すとしたら、条件はなんだと思う」
「………一番、重いものをかけるんじゃないか」
「………………やっぱりそうなるよな。あーあー、なんつー駄目な弟子だよ」

命を簡単に投げ出すもんじゃない。
クラピカのヤツは簡単に投げ出すつもりなどない、って言うんだろうが。
復讐の道を歩こうとしてるなら、それは人生全てを投げ打ってるようなもんだ。

憎たらしいヤツだが、俺の弟子ってことは変わらない。
…できるなら、そんなことに念も命も使ってほしくねえ。

「……あなたがクラピカの師匠でよかった」

ふっと息を漏らして目を細めたは、もしかして笑ったのかもしれない。
そういう台詞は、クラピカのヤツから聞いてみたいもんだぜ、まったく。




師匠さん、出番少ないんで捏造過多ですけど。人情のあるひとだと思ってます

[2013年 5月 16日]