第164話
さて、俺はクラピカの修行に付き合ってるわけだけど。
午前中はクラピカは念の基礎練。俺もそれに付き合ったり、飯の準備したり。
昼食の後はクラピカと手合せ。これは実際の鎖を使っての訓練もやったりする。
鎖って鞭みたいに特殊な武器になるから、どういう風に使えるかも知っておかないとだろ?
具現化したものだから、物理現象を無視して動かすこともできるけどさ。
普段は普通の鎖の振りしておくわけだし。
あとは念の応用技も手合せの後に訓練に組み込んでるらしい。
凝も隠もここで練習するみたいだ。念って他にも色々あるからなー。
「…クラピカ、目を閉じてろ」
「あぁ」
「器用なもんだなぁ」
しゃきんとハサミが閉じると同時に金色の髪がはらりと地面に落ちる。
あんまりに伸び放題だったクラピカの髪を切ることにしたんだ。
天空闘技場にいた頃とか、実はキルアの髪を切ったりしたこともあるんだよな。
普段はキキョウさんとかイルミが切ってたみたいだけど、あのときは傍にいなかったし。
あとは美容院でもよかったんだろうに、キルアにねだられて俺がやることに。
…いま思うと、赤の他人に背後に立たれるの嫌だったのかもな。
けど俺としては下手な切り方したらどうしよう、って緊張で手が震えそうだったよ。
失敗したらイルミに殺される!って死の恐怖と戦ってたな。
もともと自分の髪は自分で切ったりしちゃってた。じーちゃんがそういうひとだったし。
女の子じゃないんだから、多少雑でもいいだろって感じで。
「後ろ髪は揃えるぐらいにするが、前髪は短めにするぞ。邪魔だろ」
「頼む」
「…あっという間に伸びそうだな」
さらさらすぎて触っててびっくりするよ。
手櫛で流れるように指をすり抜けていく金糸は、俺の知ってる髪と違う。
普通は多少でもからむだろ髪。手櫛したら、ちょっとは引っかかったりするだろ!
「こんなもんか」
「ありがとう」
「どうせなら俺も切ってもらうか」
「「それよりもヒゲを」」
「黙れバカ弟子とダメ友」
いやだってさ、師匠さんけっこうカッコイイのに。
シャンキーもそうだけど、なんでわざわざヒゲ伸ばすのかわからん。
それが成人男性の証、とかいう民族的な風習ならわかるんだけどさ。
…単純にヒゲ剃るの面倒なのか?とか思っちゃうじゃん。
ネテロ会長のレベルだったらもう何も言わないけど。
「しかし、クラピカの髪は切るのがもったいないな」
「そうか?」
「こんな綺麗な髪見たことない。俺の民族じゃ絶対に見られない色だし」
日本人は黒髪だからなー。
金髪のひとと結婚しても、黒髪の方が優性遺伝だから子供には反映されにくいし。
孫、とかなら金髪が生まれる可能性もあるけど。
「の一族は黒髪なのか」
「そう。あと肌の色が黄色で………あぁ、ハンゾーと同じ感じだ」
「………ハンゾーの髪の色まではわからないが」
「……あぁ、そうだったな」
………あいつ、ハゲてるもんな。いや、剃ってんだろうけどさ。
「さて、んじゃ修行に戻るぞクラピカ。今日は<堅>の訓練だな」
「纏と練の応用技だったか」
「よく覚えてたな。通常よりもずっと多いオーラで肉体を強化する技だ。オーラの消費量はかなりのものになるから、最初は…数分が限界だろうな」
「数分…」
「実力者と戦うには、最低でも三十分はこれを維持できないと話にならん。」
「?」
「お前は何時間これを維持できる?」
「おい待て。何時間、だと?」
「こいつレベルになりゃ、何時間どころか十時間だって維持できてもおかしくねえよ」
何時間って言われても、ちゃんと計ってたことないからなぁ。
でもオーラが底をついて堅ができない、なんてことはとりあえずなかったと思う。
腕を組んで首を捻る俺に、クラピカが怪訝そうな顔をした。
「…悪い。限界まで計ったことがないから、わからない」
「な!」
「へーへー、そうですか。んじゃ三十分の維持が目標だぞクラピカ」
「…わかった」
「あ、ちなみに実際の戦闘時は訓練の六倍ぐらいの速さでオーラが消費されるからな」
「……つまり、三十分維持できたとしても実際には五分ぐらいしかもたないということか」
「正解。せいぜい頑張ってタイム更新を目指せ」
旅団を倒すために早く力をつけたい、っていうクラピカの希望があるから。
修行もかなり過酷というか、メニューが相当詰め込まれてて。
俺がこれやったら死ぬわ、って思うぐらいだ。でもクラピカは絶対に弱音を吐かない。
這いずってでも修行を続けようとするんだから、見てるこっちが辛いときもある。
そんなクラピカのために俺ができることなんてたかがしれてる。
食事の用意したり、手合せの相手になったり。そんなもんしかない。
俺としても、念能力者相手の戦いの訓練になって助かってたりする。
だってシャルとかイルミとか相手にしてたらさ、訓練って言っても大変なことになりそうだろ。
絶対に命懸けの特訓になることはわかってるから、あいつらには念の修行は頼まない。
ウイングさんはズシだけでなくゴンとキルアの修行を見てもらってるから頼みにくいし。
そんなこんなで、山にこもる二人のために買い出しは俺が担当。
野外炊飯にもだいぶ慣れてきた頃、クラピカの制約と誓約もだいぶ固まったみたいだった。
「…これでどの程度威力が増しているかは、旅団を相手にしてみなければわからないが」
「全部の系統を完全に使えるとか、随分とチートだな緋の眼は」
「同胞の無念を晴らすための力だからだろう」
「………そうかな」
クラピカが緋の眼になると、オーラの絶対量が上がるだけでなく特質系になることが判明した。
まさかの全部の系統を百パーセント使いこなせるっていう。特殊にも程がある力だ。
クラピカの望んだ通り、ひとりで戦うための力を緋の眼は与えるわけだけど。
……俺としてはさ、復讐のためにその力があるわけじゃないと思うんだ。
多分クルタの皆がクラピカに与えたのは、ひとりで生きていくための力なんだよ。
ただひとり残された同胞が、この広い世界で負けてしまわないように。
そのための特別な力なんじゃないか、って俺は思う。……伝えられないけど。
いま伝えても、クラピカには届かない。
いつか自分の力を、クラピカ自身が別の意味で受け入れられるようになるといい。
「あとは俺がいなくても、なんとかなりそうだな」
「……もう帰るのか?」
「随分長居したよ」
もうどんぐらいこっちにいるかな。キルアとゴンはどうしてるだろ。
多分もう念の修行再開してるとは思うんだけど。ゴンとヒソカの戦いも終わってたらどうしよう。
「クラピカ」
「…何だ」
「俺はお前の道を応援はできない」
「……」
「けど、これだけは言わせてくれ」
クラピカの瞳がゆっくりと持ち上がった。俺はじっとその目を見つめる。
「絶対、死ぬなよ」
いまは落ち着いた茶色の瞳が驚いたように見開かれた。
師匠さんも心配してたみたいだけど、本当にクラピカは危うさがある。
不安定なバランスの上にいるから、いつ転げ落ちていくかわからなくて。
ゴンたちが傍にいられればいいのに、それはできない。
これからクラピカはマフィア界に踏み込むことになる。
危険とは隣り合わせだし、綺麗ごとだけじゃやっていけないことも出てくるだろう。
それでも、クラピカは決めたのなら歩いていってしまうだろうから。
「あんまり、ひとりで抱え込むな。俺やゴンたちがいるし、他にも頼れる相手が周りにいるなら遠慮なく重い荷物は預けろ」
「…無茶を言うな。これは私の問題だ」
「復讐に関してはな。クラピカはそれ以外の些細なことまで全部抱え込むだろ」
まだ十代なのに、そこまで無理する必要ないんだぞ。
…十代だからこそ逆に自分で自分を追い詰めるのかもしれないけど。難しい年頃だもんな。
上手く言葉にできなくて、あとはもうクラピカの頭をわしわしと撫でることしかできない。
振り払わないのはきっと。
クラピカなりの譲歩なんだろうなと思った。
さすがにヒソカ戦には間に合いたい(願望)
[2013年 5月 17日]