第165話―キルア視点

「動くと殺す。念を使うと殺す。声を出しても殺す。……わかったら、ゆっくり目を閉じろ」

200階クラスの選手サダソ。
今日これから試合する予定の対戦相手の控室に俺はいまいた。
念を習得してようが200階の選手だろうが、こいつの実力は大したことない。
だから俺がこいつの控室に入ったことも、背後に立ったことにも気づかなかった。
…鏡の前に座ってたのにだぜ?どんくせぇ。

こいつはが予想してた通り、ズシを使って俺とゴンをゆすってきやがった。
負けひとつぐらいくれてやってもいいか、と八百長試合をOKしたんだけど。
俺が負けてやる代わりにゴンにはこういうことすんな、って警告したのにさ。

「約束を破ったらどうなるかわかったか」

ナイフを手に俺が殺気をぶつけただけで、サダソは動けなくなった。
脂汗が噴き出してるのが見える。呼吸も震えて、多分身体も震えてるだろう。
こんぐらいの殺気で動けなくなるとか、小物にも程があんだろ。

「…わかったらゆっくり目を開けて、鏡の俺を見てよく聞け」

恐る恐る顔が持ち上がって、鏡越しに目が合う。
…つか、こいつの目って開いてんのかわかりづれー。

俺が手にしたナイフはちょっと動かしただけでこいつの脳天に突き刺さる。
人間の頭なんて俺にとっちゃもろいもんで、真っ二つにすることだって簡単だ。
すごく腹立ってるから、痛みを長引かせてとどめを刺すのを焦らすのもいいかもな。

「二度と俺たちの前にきたねー面出すな。……………約束だぜ?」

約束を破ればどうなるか、もうわかったよな?
俺の無言の問いかけに、サダソは浅い呼吸のまま小さく頷いた。
それを確認して部屋を出る。一応、これから試合だからリングには上がらないとな。
不戦敗なんてごめんだし。

てなわけで、俺は戦うこともなく。
姿を現さなかったサダソのおかげで、不戦勝を手に入れた。






ここ天空闘技場は、俺がと出会った場所。
家族以外で初めて、信頼できると同時に強いと思える相手と出会った場所だ。
あの頃のもいまの俺たちと同じように一敗もすることなく200階まで上った。
もう念を覚えてたんだろうから当然だけど。当時も選手の質ってのはよくなかったらしい。
新入りのから一勝をとろうとして、俺をネタに脅しをかけてきやがった。

あのときの試合を思い返すと、実はって怒ってたんじゃないかって思う。
後でビデオで見返した試合は珍しく時間をかけてて。いたぶってるみたいだった。
圧倒的な実力差を見せつけて、最後は降参するよう仕向けて。

もう二度と同じことをしないよう、骨の髄まで叩き込んでたんだと思う。
実際あの後は俺が狙われることもなかったしな。

あの頃からは裏社会の人間で。あいつにとっては俺は堅気の部類だったのかも。
ゾルディック家の人間とはいえ未熟もいいとこだった。実戦経験を積むために来たわけだし。
は昔も今も変わらないから、堅気の人間を自分の領域に巻き込むことを嫌ってたはず。
だからガキだった俺を盾にされて、めちゃくちゃ怒ってた…可能性もある。
今回のズシの件、俺すげーキたもんな。久々にこんだけ怒ったぜ、ってぐらい。

「サダソ、どうしたんだろうね?」
「さーな」

ゴンの試合にもサダソは顔を出さなかった。完全に天空闘技場から去ったらしい。
ま、それぐらいのまともな頭はあるってことか。ならもういいや。

首を傾げたゴンはちらっと俺を見たけど、教えてやるつもりはない。
ゴンもそれをわかってるのか追及してくることはなかった。
今度は俺はリールベルトってのと試合。ゴンはコマ男のギドと再戦予定だ。
ウイングさんの修行で俺たちのレベルは確実に上がってる。
念での試合がどんなもんになるのか、ちょっとは確認できるといいけど。

「あ、だ!おかえりー!」

飛行船の乗り場に繋がってるエレベーターからが姿を見せた。
俺たちを見つけて目を瞬いたは、ひらりと手を振って近づいてくる。

「随分長かったじゃん」
「…あぁ、なんか色々と追加で頼まれて。二人はどうだ?」
「えっとね、練の訓練と凝の訓練と。あ、サダソってヤツと試合の予定だったんだけど、なんでか試合に顔出さなくて俺もキルアも不戦勝になっちゃった」
「そうか」

部屋に向かいながらゴンから報告を受けたは、俺の頭にぽんと手を置いた。
ちらりと見上げるとこいつは俺には視線を向けないまま、ゴンの話に相槌を打ってる。
だけど頭に置かれたままの手はわしゃわしゃと頭を撫でててきて。
それは褒めるような宥めるような、俺が何をしたかを知ってるような動きだったから。

………ちぇ。

「なあ、肉食いたい肉」
「そうだな、今日はキルアの好きなものを作るか」
「えー、いいなぁ」
「明日はゴンの好きなものにしよう」
「やった!」

あの頃。出会った頃のと似たような立場に俺はいる。
二回目の闘技場は俺にとって小遣い稼ぎとちょっとした修行のつもりだったんだけど。

重なる記憶に、むずがゆさを感じた。






怒ってたというか、キルアに何かあったらイルミが怖かったというか…

[2013年 6月 2日]