第167話―ゴン視点

いよいよ念を使って試合ができる。
リングへ一歩一歩と進んでいきながら俺は呼吸を整えた。
大丈夫、頭はいつも以上にすっきりしてるし身体も軽い。最高のコンディションだ。

今日対戦する相手は前にもやったギド。
ズシをさらってわざと負けるように脅してきた連中のひとり。

最初は一敗ぐらいならいいか、って思ったんだ。
もちろん嫌な気持ちはしたし、ズシを人質にとるなんて許せないとも思った。
だけど俺が天空闘技場に来たのは修行のためで、いまはヒソカと戦うことが目的。
それさえ果たせれば一敗するぐらいどうってことない、って思ってた。

だけど、あいつらは関係のないズシを巻き込んで。しかもキルアに同じ手で脅しをかけた。
……俺だけで済ませる、って約束だったはずなのに。その約束をあっさり破ったんだ。

ものすごくそれが許せなくて、そしてそれはキルアも同じだったみたい。
サダソとキルアの試合、結局サダソはリングに姿を見せることはなくて。キルアの不戦勝に。
………多分、キルアが何かしたんだろうと思う。何も言わないし、俺も何も聞かないけど。
も察知してたみたいだけど、やっぱり何も言わなかった。

そんなこんなで、今日は俺とギドの試合。キルアはリールベルトとの試合がある。

遠慮なんていらない。むしろ今日までの修行の成果をようやく確認できる。
オーラがずっと強く大きくなった自覚はあるし、纏だけじゃなくて練や凝だって覚えた。
もう負ける気なんてしないよね。

使い慣れた釣り竿を手に、俺はリングへの階段を上った。






試合は俺もキルアも快勝!
後日、俺はリールベルトと試合があって、キルアはギドと試合予定。
だけどギドは俺が立てない状態にしちゃったから、不戦敗になっちゃうかも。ごめんキルア。

試合内容や念の反省点とかをキルアと話し合いながら200階に戻る。
フロアに入ったところで、一瞬だけ俺とキルアの足が止まった。
下手したら気づかないかもしれない微妙な変化だけど、空気が揺れた気がして。
俺たちの部屋がある方向からだ、と顔を見合わせてまた歩き出す。
そうして進んでいくと、見慣れた背中がふたつ並んで立ってた。

「…あれ」
「………なんであの二人が並んでんだよ」

心底嫌そうな顔でキルアが舌打ちする。
とヒソカが分かれ道で並んで話をしてて、すごく対照的なオーラを出してた。
ヒソカはものすごく機嫌が良さそう。逆にはすごく機嫌が悪いみたいだ。

何か文句みたいなのを言ったっぽいが、手にしてた紙?をヒソカに投げつける。
紙って普通は投げてもひらりと空気を待って上手く飛ばないものなんだけど。
真っ直ぐに顔面に向かったそれをヒソカがキャッチした。そのときの音が硬い響きで。
……あれって紙じゃなかったのかな。刃物か何か?
でも俺の見間違いじゃなければ、多分あれってチケットの半券のはずなんだけど。

「…キルア。チケットの半券って鉄製とかだっけ?」
「………いや。つかお前もあれ半券だと思うか」
「うん、多分」
「……ウイングさんが花を硬化させて花瓶に突き刺すとかやってたな」
「あ」
も同じようなことやったってことか?…つまりあれ、誰でも習得できる技術なんだな」

そっか、ああいうことも念ってできるんだよね。
俺もキルアも基礎の基礎しか教わってない状態みたいだから、知らないことだらけだ。
当たり前に使いこなせてるはやっぱりすごいや。

「楽しみは最後にとっておくんだろうが。いまは引っ込んどけ」
「ククク、OK」

不気味なオーラと共に去っていくヒソカをはずーっと睨みつけてた。
なんだかんだであの二人って、気さくな感じだよね。遠慮ないっていうか。
ヒソカは誰に対しても遠慮なんてしないだろうけど。
も普段は関係ないひとには無関心なのに、ヒソカにはそれなりに相手するっていうか。
けっこう俺たちには見せない顔を見せてるなって思う。

で、それはキルアも感じてるみたいで。
面白くなかったのか、わざと大きな声での名前を呼んで走り出した。

「お、いたいた。!ちゃんと試合観たんだろーな!」
「……あぁ、二人ともお疲れ」
「俺たちの試合、どうだった?」

ヒソカに向けてた厳しい顔から一変、ふわりと和らいだ表情で迎えてくれる。
いい試合だった、ってに言ってもらえるとなんだかくすぐったい。
もうヒソカなんていなかったもの、みたいに会話を始めるから俺もキルアもそれに倣う。

「あれだけ戦えれば十分じゃないか?基礎はほとんど大丈夫だな」
「よっしゃ」
「ギドは多分もう出れないとして…ゴンはリールベルトと試合か。キルアが使った手は通用しないけど、考えてあるか?」
「それキルアにも言われた。大丈夫、ちゃんと考えてあるよ」

多分あれを使っちゃえば勝てると思うんだよね。
そうか、と頷いたは俺とキルアの頭にぽんと手を置いた。
いつもならそのまま頭を撫でてくれるんだけど、置かれた手は動かなくて。
キルアと顔を見合わせてからを見上げると、溜め息を吐いたところだった。

「?どうしたんだよ、溜め息なんて吐いてさ」
「……いや。もっと強くなりたいなと思っただけだ」

予想もしてなかった返しに、俺たちはきょとんと瞬きする。

「え、十分強いじゃない」
「そうだよ、そういうの高望みって言うんだぜ」
「…そう言ってもらえるのは嬉しいけどな。守りたいものを守るぐらいの力は欲しいだろ」

そう言って俺たちを見下ろす焦げ茶の瞳は切なげに揺れてる。
悲しそう…とはちょっと違う。迷ってる?ううん、それもなんかちょっと。
躊躇ってるっていうのかな。
何かを守る、っていうことはすごく難しくて。はきっとそれをよく知ってる。
自分の身を守ることだけでも大変なのに、ひとのことまで思える。
それは俺が好きだなと感じる大切なの気持ち。

「こんな風に俺が想う資格は、ないんだろうけど」

だけどきっと、これまではそういう気持ちを避けてきたのかもしれない。
理由はよくわからないけど、自分の身を守ることだけで生きてきたんだと思う。
クラピカやキルアもそうだったんじゃないかな。もしかしたら、レオリオも。
だけど皆すごくすごく優しくて。やっぱり誰かを守ったり助けずにはいられなくて。
俺はそんな素敵な仲間たちを、守りたいと思う。

の守りたいものの中に、多分俺とキルアは入っていて。
だけどそう願う資格なんてない、っては言う。

そんなことないよ。どうしてそんなこと言うんだろう。
悲しい顔なんて似合わない。の目は優しさに輝いていてほしい。
俺が頭に乗る手をつかんだと同じタイミングで、キルアもの手をつかんだ。
へへ、考えることは同じ…ってことかな?

「資格とか関係ないよ。はちゃんとその強さを持ってる」
「…いちいち難しいこと考えてんじゃねぇよ。お前のやりたいようにやればいいだろ」

だって皆ちゃんと守られてきたんだよ、に。
そんでに何かあったときは、俺たちが守る。仲間や友達ってそういうものでしょ?

揺れてた焦げ茶の瞳が見開かれて、それからじわじわと優しい色が広がっていく。
綻ぶように笑顔を見せてくれたが不意に俺とキルアを引っ張った。
そのままの胸に抱き寄せられた俺たちはしっかりと抱きしめられてしまう。

「わ!?」
「な、ちょ!」
「嬉しいこと言ってくれるな二人とも。よし、今日は好きなもの作ってやろう」
が作ってくれるものはなんでも美味しいよ」
「あ、じゃあ俺甘いもん食いたい!」

はいつだって俺たちの好きなもの作ってくれるのに。
あ、でもちゃんと野菜とかも入れてくるところはミトさんと同じかな。

あったかい気持ちをくれる大切なひとたち。
大事な存在を俺だって守れるようになりたくて。
だからもっともっと強くなりたいんだ。

いまは守られるばっかりの俺もキルアも。
いつかに追いついて。一緒に守れるように。





さすが主人公

[2013年 6月 24日]