第168話―ポンズ視点

「いらっしゃいませ」
「こんにちは。店長いるかしら」

馴染みと呼べるくらいには足を運んでいる店。
天空闘技場のお膝元にあるには穏やかすぎるケーキ屋に私は足を運んでいた。
そう頻繁に来るわけじゃないから、今回も久しぶり。
前に顔を出したときは新人も新人でわたわたしてたバイトの子も、すっかり慣れたみたい。
私の顔を見てすぐに用件がわかったのか、笑顔で頷いて奥に入っていく。

ここへ来た目的はちょっとした仕事道具を補充するため。
もちろん、ここのケーキもおいしくて気に入ってはいるんだけど。それは副次的なもので。
私にとってはここで手に入る別の物の方が重要。

「いらっしゃい。えっと、久しぶり?」
「えぇ、お久しぶりです。店長秘蔵の蜂蜜を買いたくて。在庫あります?」
「うん、ちょうど少しだけ余裕があるよ。二瓶ぐらいになっちゃうけど」
「十分です」

じゃあ持ってくるよ、と笑ってまた奥に入る店長は童顔。
多分私より年上だと思うんだけど、下手したら学生でも通用しそうな顔をしてるのよね。
あの落ち着いた雰囲気からは大人びたものを感じるんだけど。年齢不詳もいいところよ。
女からすればうらやましい。いつまでも若く見られるのって。

この店で使われてる蜂蜜は、店長が独自に採取や調合を重ねたものらしい。
蜂蜜に限らず、店で使用してる調味料の大半はそうやってこだわってるものみたい。

たまたま立ち寄ったこの店で食べたケーキに、私は思わず立ち上がったっけ。
口に入れた瞬間に広がった甘さや香りがこれまで食べてきた蜂蜜とは異質で。
普通のものじゃないですよね、と店長を呼びつけてまで確認しちゃったのよね。
だけど不躾な質問に怒ることもなく、よくわかったねと生徒を褒めるように店長は頷いた。

私の相棒は蜂。
いつもお世話になっているこの子たちに、たまには良いものを食べさせてあげたい。
新しく生まれてくる子を育てるにも、ここの蜂蜜は最適。元気で賢い子に育ちやすい。
さすがにどうやって作ってるのかまでは教えてもらえないけど。
でも現物が手に入るならそれでいいわ。そう思うことにしてる。

「お待ちの間、何か召し上がりますか?」
「そうね…。食べてる時間はなさそうだから、持って帰ろうかしら」
「はい、ぜひ」

ショーケースを眺めて色とりどりのケーキから食べたいものを探す。
これ、と指さしたところで後のドアが開く音がした。
ケーキを箱にしまっていたバイトの子が顔を上げ、笑顔で来客を迎える。

「いらっしゃいませ」
「こんにちは」

その笑顔がいつも以上に明るい気がして。
あらもしかして甘酸っぱい何かかしら、と野次馬根性が働く。
ちらりと背後を振り返って私は硬直してしまった。

およそケーキ屋に似つかわしくない雰囲気の男性が席に向かおうとしているところで。
しかもその横顔が見知ったものだったから。

「……?」

今年のハンター試験で同じ受験者だった男だ。
思わず名前を呼ぶと足を止めたが視線をこっちに向けて、かすかに目を見開く。
あ、私のこと覚えてたみたい。

「ポンズ?」
「久しぶりね。まさかこの店で会うなんて」

っていうか名前まで覚えてるなんて予想外よ。
この店のケーキは絶品だから、なんて答えるの雰囲気はすごく柔らかい。
………ひょっとして甘いもの好きなのかしら。すごく意外なんだけど。
ヒソカとかギタラクルと一緒にいるような男だから、危険なものしか感じなかったのに。

まあ、優しいところもあるのかも?とは軍艦島で思ったけど。

さん、お知り合いだったんですね」
「あぁ。今年のハンター試験で一緒になったんだ」

バイトの子と話す姿はすごく自然で。
それだけ彼がこの店に通ってる、ってこと。そんなに甘いもの好きなの。
なんだかおかしくなってくる。ちょっと可愛いかも、なんて思ったのは内緒。

「私は途中で落ちたけど。あなたは受かったんでしょ?」
「よく知ってるな」
「というかあなたの実力なら受かるでしょうよ。それに、ポックルから聞いたわ」

しっかり合格して幻獣ハンターになったポックル。
私も未知の動植物を相手にする仕事が多いから、自然と何度か顔を合わせる機会はあって。
ちょっとした雑談の中で、最終試験がどんなものだったかを知ることができていた。
一応、来年のハンター試験も受けてみようと思ってるから、参考に。

「ポックルと会ったのか?」
「仕事でちょこちょこ一緒になるわよ。最近は修行を始めるから、って休んでるみたいだけど」
「あぁ…修行ね」

私も試験に向けて修行をしているところだけど。
ポックルは何か別の新しいことを始めてるみたい。それが何かは教えてくれなくて。

考え込む私の思考を切り替えるように、が話題を変えた。

「ポンズもケーキを買いに?」
「いいえ?ここには必需品を仕入れに来てるのよ」
「必需品?」
「お待たせ。…あぁ、くんも来てくれてたんだ」
「店長。こんにちは」

蜂蜜の入った箱を持って現れた店長には律儀に挨拶してる。
すっかり常連のやり取りを横目で見ながら、私は頭を下げて会計を済ませた。
ケーキとは別に買っているものには不思議そうに首を傾げる。

「……ポンズ、これは?」
「仕事道具だから秘密」
「そうか。…あ、足はもう平気?」
「どれだけ前の話してるのよ。ちゃんと完治してるわ」

私の仕事道具が気になるだろうに、すぐに話を逸らしてくれる。
こういうところ、やっぱり仕事慣れしてるわよね。お互いの秘密に触れない、っていうのが。
だから私も安心して彼の話題転換に応じた。

軍艦島で足を捻るっていうハプニングがあったんだけど。
が部屋まで運んでくれた上に治療もしてくれたのよね。そういえばあれどういう原理なのかしら。
きっと彼の仕事に絡むようなことだから、教えてはもらえないだろうけれど。
あのときはすごく助かったから、それだけでいい。
が意外と優しい人間なのかも、って知れた出来事でもあったしね。

「重いもの運ぶときとか、よかったら俺使って。運び屋やってるから」
「へえ、そうなの」
「これ連絡先」

ここで営業挟んでくるなんてそつがないわね。

「どこにでも運んでくれるの?」
「…山奥とか交通機関もないような奥地にも、呼びつけられるよ」
「あら、それは素敵ね。私も奥地で調査してることが多いから」

調査自体は楽しいんだけど、女として必要な品が切れたときは困るのよね。
仕方ないことだと諦めてはいるし。好きなもののためだから我慢もするけど。
ときどき発狂しかけることもあるから、そういうときは荷物を運んでもらおうかしら。

もう二度と会うこともないと思っていたひとなのに。
まさかの場所で再会し、繋がりができた。

人の縁って本当に不思議。





甘いもの好きな男のひとっていいですよね(好きなものを分かち合える的な意味で)

[2013年 7月 18日]