第169話
「、仕事頼みたいんだけど」
「………それは頼み事をする態度じゃない」
思わず声がかすれたのは、寝起きのせいと喉元に針が突きつけられてるせいだ。
ゴンとヒソカの試合が七月十日に決定して、それに向けてちびっ子たちは<発>の修行。
あと一か月ほどあるとはいえ、どれだけ鍛えても無駄になることはないだろう。相手はヒソカだ。
頑張るキルアとゴンを見守りつつ俺も修行しつつ、ふらっと古本屋の森である町に行ってみたり。
そこで大量の本をゲットしてしまったため、このところ完徹で読書に明け暮れてしまった。
おかげで朝起きるとゴンたちはもういない、というダメな大人っぷりを発揮してたんだが。
目が覚めたら、瞳孔の開いた猫の目がじっと俺を見下ろしていたわけですよ。
しばし見つめ合って、俺はそれがひとであることに気づいた。
んでもってさらさらの黒髪が流れてて、手には鋭利な刃物……じゃない針が。
そこでようやく頭が回転を始めて、寝てる俺に跨ってるのがイルミだと理解した。
んで、最初に戻るわけなんだが。
「つか、通信機使って連絡すればいいだろ。なんのために俺に渡したんだ」
「あれは緊急用だし。そもそも俺からかけても出ないでしょ」
「………」
よ、読まれてる。だってイルミからの連絡とか怖くて出れないよ!
基本的にメールで用件はくるから、そっちのがまだ心の準備ができるというか。
「キルの様子を見るのも兼ねて。元気そうで安心したよ」
「……着実に念をマスターしてるよ」
「あの師範代も、基礎を教えるのは向いてそうだし。が教えればいいのに、と思ったけど」
「…俺は何かを教えるのには向いてない」
「そう?大丈夫、できるできる」
「………?なんだよ、やけに押すな」
「うん、頼みたい仕事が、カルトとの修行なんだよね」
「………………はぁ?」
それ仕事じゃなくね?と思うし、仕事だったとしても運び屋に頼む内容じゃない。
訳がわからずいまだ寝そべった状態で俺はイルミを見上げた。
相変わらずの無表情さでありながら、イルミはひとりしきりにうなずいている。
…なんか人形がぜんまいで動いてるみたいで怖い。
「カルトもそろそろ念を覚えさせようと思って。いま起こしてるところなんだけど」
「はあ」
「俺ん家、ちょっと変わってるから。普通の修行ができないんだよね」
ちょっとじゃねえだろ…?
「たまには外の人間にも付き合ってもらうか、って話になって。特別講師みたいな感じで」
「………ゾルディックならもっと適役を見つけられるだろ」
「ダメだよ。一応俺たち賞金首なんだから」
「………………あぁ、そういえば」
「安心して預けられる相手、ってなると限られるんだよね。うちの家族、どうもカルトにはキルアと違う意味で甘くなりがちだし。執事たちはどうしたって加減するし」
「いや待て。その流れでいくと、俺は加減しないから選ばれたってことか」
「だってしないでしょ?」
………しないっつーか。加減なんてしてる余裕ないだろうなっていう。
だってゾルディックの一員だよ?カルトだよ?
多分そもそもの能力値が俺とは違う。キルアより幼いとはいえ、俺より強いはずだ。
いまはまだ念を習得してる俺の方が有利だろうけど、完全に習得された日には…。
「………まあ、できないだろうな」
「うん。だから任せたくて」
「……ちょっと顔出すぐらいなら、いいけど」
「じゃあ二週間コースね」
「おい」
長いだろ!?修行うんぬんよりも、そんな長期間ゾルディック家にいたくねえよ!!
「え、これでも短くしてるつもりだけど」
「………そうか。ならせめてひとつ」
「何」
「執事の邸で、寝食はとりたいんだが」
「カルトの先生にそんなことさせられないんだけど」
「臨時の講師だろ。最終的にはシルバさんとかお前あたりが見るんだろうから、俺はそこまで特別な待遇は受ける必要ない。客じゃなくて仕事相手なら、それぐらいで十分だ」
頼む、本邸には泊まりたくない。キルアがいるならともかく!
いやカルト大好きだけど、根からのゾルディック気質というか怖い部分もある子だからさ。
そもそも本邸で食事をとる勇気がない。執事さんたちはまだ普通に近い…かもしれないから。
俺の寿命を削らないためにも、ここは譲れない。
「って、妙なとこ謙虚だよね」
「お前はマイペースすぎだ」
「とりあえず母さんには話してみるよ。すごく残念がると思うけど」
「………そうか」
「じゃ、このまま行くからカルトの修行よろしく」
急すぎだろ!?
「何か持ってくものある?」
「………寝間着のままなんだが」
「いいよ別に。あっちで服ぐらい用意させるから」
「ならえーと携帯」
「はい」
「…どうも」
「じゃあ行くよ」
まさかの肩に担がれて運ばれる俺。
こうなったイルミに逆らうなんて俺にはできるはずもない。殺されるのヤダ。
風のように流れていく景色の中、俺はとりあえずキルアにメールを打つ。
<仕事入った。二週間ぐらい空ける>
それに対してのキルアの返信は慣れたもので、了解という一言。
あ、でも下に追加の文章があるな。
<が帰ってきたら、ばっちり発を習得して驚かせてやるからな>
そんな言葉になんだか胸があったかくなって。
頑張れ、と心の中でエールを送る。
…エールを送りながら、俺はものすごい嘔吐感に襲われていたわけだが。
く、空腹すぎて気持ち悪いのと。
高速移動の上に担がれてるから腹が圧迫されてるのとで。
「………イルミ」
「何」
「意識手放していいか」
「別にいいけど。寝不足は髪によくないよ、ちゃんと寝たら?」
肌じゃなくて!!?