第169話―イルミ視点

「カルト。家族以外に修行を頼むとしたら誰がいい?」

俺の質問に我が家の末っ子は不思議そうに首を傾げた。

キルアが現在天空闘技場に滞在しており、念を習得しようとしてる。
そんな情報が俺たち家族にもたらされ、状況を確認してみればそれは事実だった。
が指導してるのかと思ったら、ハンター協会の関係者が師匠になっているらしい。
傍にいるのに残念ねぇ、と母さんは溜め息を吐いてたけど。
親父いわく、は自己流で念を覚えたようだから、指導を避けたんじゃないかって。

詳しい素性は知らないけど、は母さんのように流星街みたいなところで育ったっぽい。
そうなると生き延びるために念を習得するのは自然なこと。
本能のようなもので会得していくから、逆に正しい手順や基礎なんて丸無視だ。
それでも彼の念は洗練されてると思うけど。多分すれすれを生きながら学んできたんだろう。

となると、そもそもの最初の段階から念を教えるのは不向きなのかもしれない。
命のかかってる状況でならともかく、キルアが滞在してるのは天空闘技場なんて遊び場だし。

が付き添ってるなら問題が起こることはないだろう、ってことで家族会議は終了した。
ならこれを機会にカルトにも念を教えておくかとも。
いまは念を起こす修行を続けてる。それもすぐに終わるだろうから、次はどうするか。
基礎訓練とは別に実戦も必要だよね。けどその相手を選ぶのが難しい。
俺や親父でもいいけど、いつもいつも家にいるわけじゃないし。
執事たちに任せると絶対に手加減して、カルトがへそを曲げそうな気もする。

だから一応、本人の希望を聞いてみようと思ったんだけど。

「………がいい」

予想通りの答えが返ってきて、だよねと俺は頷いた。
なら早速、仕事の依頼って形で頼んでみよう。






そんなわけでキルアたちがいないときを見計らって、が滞在してる部屋に。
ベッドの傍には本が何冊も積み上げられてる。あ、読書好きなんだっけ。
そういえばうちに書庫があったから、そのこと教えてみようか。

俺がベッドに近づいてもは目を開けない。
まあ、気配を殺してる上に絶もしてるんだけど。
殺気を出してないからっていうのもあるよね。よっこらしょ。
さすがに俺が上に乗れば起きるかな、って見下ろして確認。
瞼は閉じたままだったけど、オーラがじわりと身体から染み出してきた。
あ、これは起きてる。ってことで用件伝えるよ。

、仕事頼みたいんだけど」
「………それは頼み事をする態度じゃない」

唸るような低い声と、溢れ出すオーラ。
起こされて不機嫌?………あ、いつもの癖で針握ってた。

うーん、謝るべきかなここは。そう思ったんだけど。

「つか、通信機使って連絡すればいいだろ。なんのために俺に渡したんだ」

は得物を向けたことを怒るでもなく、連絡手段について文句をつける。
俺との仲だから許してもらえたってことかな?うん、そういうことにしておこう。
確かににはゾルディック専用の通信機を渡してあるけど。

「あれは緊急用だし。そもそも俺からかけても出ないでしょ」
「………」

あ、否定しないってことはやっぱりそうなんだ。
必要以上の接触をしない、っていうのは俺たち裏稼業の人間には常識。
家族ぐるみの付き合いみたいなもんだけど、はそこの線引きが厳しめ。
…ま、一人前と認めた人間に対してだけだけどね。キルやカルトには甘いし。

そうそう、キルとカルト。

「キルの様子を見るのも兼ねて。元気そうで安心したよ」
「……着実に念をマスターしてるよ」
「あの師範代も、基礎を教えるのは向いてそうだし。が教えればいいのに、と思ったけど」
「…俺は何かを教えるのには向いてない」
「そう?大丈夫、できるできる」
「………?なんだよ、やけに押すな」
「うん、頼みたい仕事が、カルトとの修行なんだよね」
「………………はぁ?」

いまだベッドに寝転がったまま見上げてくる焦げ茶の瞳は不審な表情。
そうだよね、ゾルディックの人間が部外者に修行頼むとか異例もいいところだし。
でも気分転換みたいなものだから、難しく考えなくていいよ。

「カルトもそろそろ念を覚えさせようと思って。いま起こしてるところなんだけど」
「はあ」
「俺ん家、ちょっと変わってるから。普通の修行ができないんだよね」

ちょっとか?って目が言ってるけど気にしない。

「たまには外の人間にも付き合ってもらうか、って話になって。特別講師みたいな感じで」
「………ゾルディックならもっと適役を見つけられるだろ」
「ダメだよ。一応俺たち賞金首なんだから」
「………………あぁ、そういえば」

今思い出したって顔。ま、指名手配されてようが気にしないしね俺たち。
も気にせず一緒に行動してるから、やっぱり意識の外にあったらしい。
うん、忘れるよね。賞金稼ぎ以外にも命の危険なんていくらでもあるんだし。
いちいちそれだけを気にしてられないっていうか。

でも外でならともかく、ゾルディックの敷地内にそういう輩を入れるわけにはいかない。
あと単純に、カルトを教えられるようなレベルの人間ってなると。

「安心して預けられる相手、ってなると限られるんだよね。うちの家族、どうもカルトにはキルアと違う意味で甘くなりがちだし。執事たちはどうしたって加減するし」
「いや待て。その流れでいくと、俺は加減しないから選ばれたってことか」
「だってしないでしょ?」

俺の指摘にが一瞬考え込んだ。

「………まあ、できないだろうな」
「うん。だから任せたくて」

ある程度の力加減は教える側として必要だけど、加減すればいいってものじゃない。
カルトが成長するためには限界のぎりぎりで相手をしないと駄目。
でもうちの家族は皆そこらへん甘くなりがちだから、カルトは不満みたいだ。
キルは後継者だから修行に関しては厳しくしてきたけど、カルトはそうじゃないし。
いつまでも子ども扱いされるのが気に食わないらしい。

はちゃんと同じ目線で挨拶してくれたから、と俯きがちにカルトが言ってたのを思い出す。
子供だから、なんて言い訳にならない世界で生きてきたからこその行動だったのかな。
逆に俺たち一家はやっぱり家族のことは大事で好きだからね。甘さが出る。

だけど修行にそれは命取りだってことも知ってるから。

「……ちょっと顔出すぐらいなら、いいけど」
「じゃあ二週間コースね」
「おい」

それだけ時間を拘束されるのは、仕事の関係上嫌なのかもしれないけど。
二週間程度なら俺との仕事でもよくあることだよね。
というか、きちんと相応の報酬は払うよ?依頼、って形だから勿論。

「え、これでも短くしてるつもりだけど」
「………そうか。ならせめてひとつ」
「何」
「執事の邸で、寝食はとりたいんだが」
「カルトの先生にそんなことさせられないんだけど」
「臨時の講師だろ。最終的にはシルバさんとかお前あたりが見るんだろうから、俺はそこまで特別な待遇は受ける必要ない。客じゃなくて仕事相手なら、それぐらいで十分だ」

の眼差しが強くなって、譲るつもりはないっていうのがわかる。
…それはちょっと困った。カルトは絶対にと一緒に過ごしたいだろうに。

だけど仕事として依頼しちゃったのは俺だ。
の言う通り、取引相手を本邸のそれも家族の私室に通すなんて本来ありえない。
そんなの俺の家族は気にしないだろうし、なら大歓迎だろうけど。
仕事に対するこういう姿勢も、親父たちは納得して受け入れちゃう気がする。

って、妙なとこ謙虚だよね」
「お前はマイペースすぎだ」
「とりあえず母さんには話してみるよ。すごく残念がると思うけど」
「………そうか」
「じゃ、このまま行くからカルトの修行よろしく」

ベッドから立ち上がって促すと、微妙に寝癖になった頭でが起き上がる。
不機嫌そうではあるけど拒否はない。なら契約成立ってことで。

「何か持ってくものある?」
「………寝間着のままなんだが」
「いいよ別に。あっちで服ぐらい用意させるから」
「ならえーと携帯」
「はい」
「…どうも」
「じゃあ行くよ」

時間が惜しいし、のんびりしてるとキルたちが戻ってくるかもしれない。
の身体を勝手に肩に担ぐけど、これに対しても抗議はなかった。
ゾルディック専用の飛行船に乗り込むため、空港に向かう。
その間にはメールを打ってるみたいだった。多分キルあたりに。

「………イルミ」
「何」
「意識手放していいか」

耳元で聞こえる声がかすれてるというか、本調子じゃなさそうで。
朝なんてとっくに過ぎた時間に寝てたぐらいだから、寝足りないのかなとあたりをつける。

「別にいいけど。寝不足は髪によくないよ、ちゃんと寝たら?」

それに対しての返事はなくて大人しくなる。
本当に寝るつもりみたいだ。本に夢中になると周りが見えなくなるとは言ってたけど。
あんまり動かさなくて済むように微妙に抱え直して、俺はカルトにメール。
を連れていけそうだと伝えると、嬉しそうなメールが返ってきた。
仕事として依頼したから、きちんとけじめはつけるようにと注意もしておく。

………ま、こうやって俺を信頼して寝こけるあたり。
だって、すでに仕事の線引きは越えてると思うんだけどね。





信頼と違う

[2013年 8月 20日]