第133話
いよいよ始まったらしい、と悲鳴を上げてホールから出てくる客に焦る。
ネオンまだひっついたまんまだしもー!とりあえずいまはこのまま仕事するか…!
立ち上がって、ネオンを抱いたまんま外へ出るように声を上げる。
とにかく逃げることしか頭にない客たちは割と素直に玄関へ殺到していった。
外にはそれぞれの車とかもあるだろうし、建物から出てくれれば問題ない。
今回のお仕置き対象は旅団メンバーがしっかり捕まえてんだろうし。
「ほらネオン、本当に危ないから避難…」
「やー!」
「死んだら元も子もないだろ」
「が来てくれれば帰るってば」
無理だってば!
俺をコレクションにしようという、その思考回路が本当に理解できない。
どこにでも転がってるような日本人ですよ。いや、この世界じゃジャポン人は珍しいのか?
いやいや、ハンゾーとかノブナガとかマチとか、バショウだってあれ日本人だよなきっと。
………体格良すぎる気がするがまあいい。つまり俺と似た人種は絶滅危惧種ではないはず。
なのに、なんでこの子はこんなにも俺に執着するんだろうか。
命を懸けてまでコレクションを集めようとするその意気ごみはすごいけどさぁ。
「ダルツォルネ、悪い」
「は?」
とりあえず断って、無理やりネオンを引き剥がしてダルちゃんに押し付ける。
そんでもって、そのダルツォルネごと扉に向けて思いっきり…片手で押す!!
ゾルディック家の試しの門も開けられるようになった俺は、本気出すとかなり怪力に成長。
その上に手の平にちょっと念を多めにこめておいたから、勢いはさらに上乗せされてる。
もちろんダルツォルネも念能力者だから、ちゃんと俺が触れてた部分は念でガードしてた。
おかげで怪我もしないだろうけど、扉の方へ背中から吹っ飛んでいく。
………すげーなあれ、人間ミサイルみたいになってる。扉開いたままでよかった、うん。
さ、ネオンが帰ってくる危険があるから俺は逃げ遅れがないか確認に逃げよう!
玄関から背を向けて慣れないヒールでつるっつるの床を歩いていく。
………もうこれ脱いでいいかな。滑って転びそう…って、うおわ!?マジですべっ…!!
パンッ パンッパンッ
ずりっと情けなく滑った俺はバランスを取り戻すこともできず転がったわけだけど。
………俺がいた場所にいくつかの穴が開き、そこから硝煙が。
………………。
よし、京都……じゃなくて、ホールに行こう。
あそこまで行けば旅団の誰かしらがいるはずだ、戦闘はあいつらに任せよう。
逃げ遅れてるひととかいないよね!?大丈夫だよね!?うん、じゃあ俺の仕事終わり!!
走りにくいヒールはさっさと脱いで投げ捨てダッシュ。ドレス走りにくい…!!
「シャル!!銃声が!!」
つか銃弾そのものが俺に…!!!
分厚いドアを開けてホールに飛び込むと、むあっと鼻に入り込む錆びた鉄のような臭い。
一瞬眉を顰めるけど、なんとかこらえる。
遺跡巡りしてて悪臭には慣れてるけど、やっぱり血の臭いは苦手だ。
…そう、ホールは血の海になってて。お、おいおい、慈善事業だったんじゃないのかよ。
硬直しかける俺に、この場に不釣り合いな汚れひとつない姿でシャルが振り返った。
こんだけ血が流れてるってことは、派手にやらかしたんだろうに…返り血ひとつないって。
「……ヤバイな」
ホントこいつらヤバイ。つい渋い顔で呟くと、シャルが静かに頷いた。
そのむこうで暴れ足りないのか肩をいからせてるウボォーがいて、めっちゃ怖い。
どしどしと荒い足取りで俺の方に来たかと思うと、そのまま無言で通り過ぎてホールの外へ。
しばらくして銃声と悲鳴が聞こえてきたから、俺を銃撃してきた奴等がやられたのかも。
………………狙ってきた相手とはいえ、ちょっと気持ち的によろしくない。
「ほらクロロ、しっかりしな。痛みに意識集中して。寝るんじゃないよ」
「…痛みから逃避したいと思うのは自然なことじゃないのかマチ」
「死にたいならそれでいいけどね。こっちが困るんだよ」
そんな会話が聞こえてきて、え?と視線を移動させれば。
オークション用に設置されたらしいステージに横たえられたクロロ。
マチが念糸を使って治療してるっぽいのが見えて、もしやと近づく。
俺に気づいたらしいクロロが、少し額に汗をかきながら笑った。
「イヤリングの予言通りになったな」
「………それどころじゃないだろう」
「ホントだよ、けっこうヤバイとこ当たってんのにさー。マチ、どう?」
「傷が深い。一度広げて弾を出さないと鉛が残るね」
「…それはちょっと遠慮したい」
「死にたいの」
「だって麻酔なしだろ?」
「んなこと言ってる場合じゃないだろ」
っていうか、纏を普通にしてただろうし、そうそう簡単に撃たれるはずもないクロロが。
急所に弾をもらってるなんてどういうことだ、と驚く。相手に念能力者がいたんだろうか。
まあ、いたっておかしくないよな。恐らくはもう殺されてるんだろうけど。
クロロの傍に膝をついて、俺は患部らしき場所に手をあてる。
…どこまでできるかわからんけど、試してみるか。
「?あんた、何を」
「…近くまで弾を戻せるかもしれない」
「は」
完全には無理だろうけど、と俺はオーラを両手に凝縮させる。
そしてその両手をクロロの患部にあてて≪刻まれた時間(タイムレコード)≫を使う。
腕輪の石は現在は透明。そのメモリを限界のマイナス50まで使う。
石が真っ青に染まるまで念を注ぎ込むけど、傷口自体はほとんど変化していない。
……う、やっぱり人間相手だとあんまり時間の効果が出ないか?
「………あ、これなら開かなくても弾を取り出せそうね」
「…そうか、頼む」
「え、何いまの。何したの」
「時間を巻き戻しただけだ。といっても、これが限界」
あとの処置はマチに任せて、俺はシャルと一緒に壁の方に移動して寄りかかる。
ちょ、っと疲れた…。あんだけの傷を負ってる対象が相手だと、気も張るし。
「この石の色が染まるまでしか、時間を動かせないんだ」
「時間が動かせるだけでもすごい…あ、ならさ」
「?」
「なんか別のもので時間を早めてリセット、とかできないの?」
「無理」
やっぱ考えるよなそれー。
例えば、クロロの傷を治すために時間を巻き戻してメモリをマイナス50にする。
それが終ったら、別の何かを使って時間を早送りして、腕輪を+50まで進める。
で、またクロロのところに戻って時間を巻き戻す。
なーんてことができたら、ほとんど無制限に俺は時間を変化させられる。
………無理に決まってる。念は魔法じゃない。大きな力は制約が課せられるのが普通だ。
俺の≪刻まれた時間(タイムレコード)≫は実は別の制約もあって。
一度時間を進めるか戻すかした場合、そのメモリの数だけタイムレコードが使えなくなる。
つまりは今回は0からマイナス50まで動かしたから、50分は早送りも巻き戻しもできないわけ。
50分後にまた時間を動かしても、大抵はもうそれじゃ意味ないんだよな。
だけどこれぐらい制約つけないと、能力としてみそっかすな威力すぎて…!!
「いっ…!!!」
「よし、弾取れた。じゃあ縫合するから、ほら黙って寝てな」
「………だいぶ痛かったぞマチ」
「んなしょっぱい傷負う方が悪いんだよ。ちょっとシャル、押さえてて」
「はいはい」
なんか全然元気そうだな、よかった。
でもやっぱ血がけっこうすごい。あれは布とか当てた方がいいんじゃ。
「マチ」
「何」
「クロロの傷口、覆う布が必要だろ。これ破こうか」
「これ…?」
「ドレス。長すぎて邪魔だし」
そう提案したら、マチだけじゃなくてシャルまで唖然としてたけど。
そんでもってなぜか、クロロは爆笑してた。んで傷口に響いて涙目になってた。
…訳わからん。
念能力を旅団の前でしっかり使ってしまいました。
まあ、全部の制約説明したわけではないので、大丈夫だとは思いますが。
[2012年 9月 9日]