第171話―カルト視点

本当にが修行を見てくれることになって嬉しかった。
どんな念を使うんだろう、僕も早くちゃんと使えるようになりたい。
そう思ってたのに。

、纏の修行ばっかり。僕ちゃんとできるよ?」
「やろうと思えばできる、ってレベルだろ。無意識でも安定させてできるようにならないと」
「?」

どうしてそんなことを言うんだろう。
だって纏ってオーラの不意打ちの攻撃に備えるためのものでしょう?
訓練されてるから咄嗟に反応できるし、わざわざ安定させなきゃいけない意味がわからない。
もうできることを練習する、ってすごく退屈なのに。

「ね、
「んー?」
「手合せしたい。一緒に修行できるの、二週間だけなんでしょ?」
「手合せ…」

普通の手合せだってとはしたことない。
イル兄様と一緒に仕事をしてるんだから、すごく強いはずなのに。
戦ってるところをは見せてくれなくて。見せたがらないんだ、ってキルア兄様も言ってた。
プロの仕事人は軽々しく手の内を明かさないものだ、ってお父様も言っていたけれど。
せっかくこうして修行を見てもらえるのに。

僕のお願いには悩んでるみたいだった。
それから何かを思いついたみたいで口を開く。

「カルト、ちょっと遊ぼうか」
「…遊ぶ?」
「纏の状態を維持しながら、鬼ごっこしてみよう」

なんだそんなこと?

「それで俺を捕まえられたら、手合せするよ」
「!ほんと?」
「うん」
「ならやる!」
「じゃあ決まり。とりあえず纏をやってみろ」

鬼ごっこは得意。お兄様たちとやってたし、ミケとも遊ぶ。
執事たちとやることもあるけど、手加減してくるからつまらない。
でも今回はが相手だし、捕まえられたら手合せしてくれる。なら頑張らないと。

「あ、それから」
「?」
「これも修行の一環ってことで、俺も念を使って逃げるからな」
「え」
「あぁ、カルトに攻撃するようなことはしない。逃げる上でしか使わないよ」
「………ずるい」
「念の修行なんだから、俺だって使うよ。こういう使い方もあるんだって見てて」

見て学ぶ、っていうのは修行でもとっても大事なことのひとつ。
だから僕もそれ以上は文句を言わなかったけど。

の逃げ足は速いなんてもんじゃなかった。
僕が瞬いてる間にものすごく遠くまで行っちゃってる。
本気で気配を殺されるとどこにいるかもわからなくなって。
それじゃ勝負にならないから、時間を置いて姿を見せてくれたりするけど。

こっちも気配を殺して、あとは絶までして接近してみるのに。
どうしてだかは僕が接近するのを察知して逃げてしまう。なんで?絶は完璧なのに。

どうしても捕まえられなくて。
そんな状態が三日も続いて苛々してきた。
修行の時間が終ればは執事たちの館に行っちゃって一緒にいてくれないし。
不機嫌になりながら食事してれば、いい修行をしてもらってるらしいなってお父様は笑うし。
全然よくない。楽しくないし上手くいかないし面白くない。こんなののどこが良い修行なの。

絶対に捕まえてやる、って殺してやるぐらいの勢いで追いかけてたんだけど。

散歩してるミケに会って、ちょっとだけ踏み台につかわせてもらおうと思った。
ただ手でミケの肩に触っただけだったのに。血が噴き出して。
触れたミケの肩がプリンみたいな柔らかさと脆さでびっくりした。
そのままだらりと前足を下げたミケは、だけど何も反応せず歩き出そうとする。
だめ!そんな状態で歩いたら使い物にならなくなっちゃう!
それに見つかったらお父様に怒られるかもしれない、と慌てて伏せを命令した。

大人しく伏せをしてくれたミケの傍に着地して、どうしようと考える。
血が流れてる傷口からは骨とか肉がはみ出てる。
…もうあれ直らないかな。どうしてこんなに簡単に壊れちゃったんだろう。
いつもは乗ったりちょっと軽く叩いたりしてもなんともなかったのに。

「…カルト?」
「………

の声が聞こえて振り返ると、僕とミケを交互に見ていた。
怒られるかも、と思って警戒してると焦げ茶の瞳がじっと僕を見つめてくる。

「…もしかして、カルトが?」
「………触ったら、壊れちゃった」

すぐに叱られると思ったけどそんなことはなくて。
はミケを見上げて観察してるみたいだった。
カルト、って静かな声が名前を呼ぶ。静かなのがとても怖い。

「…何」
「こういう場合は壊れたっていうんじゃなくて、怪我をしたっていうんだよ」
「……?」

予想もしてなかったことを言われて目を瞬く。
何を言ってるんだろう、と思ったのが伝わったのかがしゃがみ込んだ。
そして僕と同じ目線になって、かすかに目許を和らげる。……あ、笑ってくれた。
頭を撫でてくれる手は優しい。何かを伝えようとしてくれてるみたいに。

「ミケとはよく遊ぶんだろう?」
「…うん」
「でもいまのお前じゃ、オーラが武器のように鋭すぎてミケがこんな風に怪我をする」
「………うん」
「一緒に遊びたいなら、ちゃんと制御しなきゃダメだ。纏の状態を維持できてたなら、こんな風にならなかったはずだよ」
「…そうなの?」
「纏をして、触ってごらん」

纏だってオーラが身体に覆っている状態なのに。それで触って大丈夫?
でもが嘘を言うとも思えないから、僕は素直に従って纏の状態でミケに手を伸ばした。
また触れた瞬間に血が噴き出したらどうしよう、ぱっくりと割れちゃったら。

なかなか触れられない僕を、は黙って見守ってた。
ミケも静かに僕を見つめて待っていてくれる。当たり前だ、ミケは従順に育てられたから。
それでもこうして受け入れてくれてる姿にほっとして、なんとか毛並みに触れることができる。
ちょっとごわごわした毛の下で、確かな鼓動を感じ取れた。

「…あったかい…」
「な?ちゃんと触れるだろ」
「うん」
「だからちゃんと纏は習得しておこう。ミケと遊べなくなる」
「………うん、覚える」

そっか、だから無意識でもできるようにならないといけないんだ。

「カルトならすぐだよ。あ、それと」
「?」
「ミケに痛い思いをさせただろ。それは悪いことだ」
「………そうなの?」
「カルトはミケに怪我をさせたくてわざと触ったのか?」
「ち、違う!」

ただ踏み台にさせてもらおうとしただけで、怪我なんてすると思わなかった。
だから必死に否定するとはだろうなって顔で頷いてくれる。

「そうしようとしたわけじゃないのに、怪我をさせたり壊したり。それって良いことか?」
「………仕事以外だと、ダメ…かも」
「うん、なら謝ろう」
「謝る?」
「ミケに。悪いことや失敗したなら謝る。仕事する上でも人間関係を続けるでも大事なことだ」

の言うことは初めて聞くようなことばかりだけど。
確かに家のものを壊したりしたらお母様に謝る、ということを思い出した。
ミケを見上げると肩からまだ血が流れてるのがわかって。
…あれを僕がやったんだ、と思うとぽろっと言葉は出て来た。

「…ごめんなさい」

謝ると、ミケが顔を寄せてくれる。
びっくりしたはずなのに近づいてくれるミケを撫でれば嬉しそうにしてくれて。
許してくれるの?ありがとう、ごめんね。心の中でもう一度謝った。

「さて、カルトもちゃんと謝ったことだし。ご褒美だな」
「え?」

急にが空気を変えるように立ち上がる。
ご褒美ってなんだろう、と不思議に思う僕にミケの背中に乗って大丈夫か聞いてきた。
ちゃんと資格を持つ者としてミケは覚えてるだろうし、僕が傍にいる。
だから大丈夫だと頷くとはすぐにミケの背中に飛び乗った。

その後は本当に本当にびっくりした。

がミケの傷口に手をあてたかと思うと、みるみる傷が塞がっていったんだもの。
これも念能力なのかな。すごい、こんなことできるんだ。

「これでOK」
「………すごい。、いまのどうやったの?」
「俺の念能力。あ、けどイルミには内緒な」
「どうして?」

イルミ兄様なら一緒に仕事してるんだし、知ってるんじゃないの?

「自分の能力を他人には明かさないんだよ。カルトだって、自分の武器や攻撃手段をひとに教えることはないだろ?」
「うん。でも僕には見せてくれたじゃない」
「言ったろ」
「?」

ミケから飛び降りたは僕の頭を撫でて、また小さく笑う。
イルミ兄様も知らないことを教えてくれた、そのことがくすぐったくて。

「ご褒美だって」

こんな風にご褒美をくれるなら。
がずっと僕の修行を見てくれたらいいのに。

心から思った。




あともうちょっとだけ続きます

[2013年 8月 22日]