第173話―キキョウ視点

「キキョウさん、すみません」
「あらあら、どうなさったのさん」

カルトちゃんの修行を見るために我が家を訪れてくれたさん。
残念ながら本邸に泊まってはいただけなくて、食事も遠慮されてしまったまま。
あまり顔を見られないことが本当に悲しかったのだけれど。
夕食の時間になって玄関ホールに現れたさんに驚きました。

だって彼の腕には、甘えるように首に腕を巻きつけたカルトちゃんがいて。
いまも肩に額をこすりつけているじゃありませんか、まあ可愛らしい。

「カルトちゃん、眠そうね。今日は随分と修行を頑張ったみたい」
「新しいことに挑戦させたので、いつもより疲労があるんだと思います」

褒めるようにカルトちゃんの頭を撫でるさん。
ふふ、そうしていると二人とも仲の良い兄弟のよう。
さんも黒髪だから、違和感がまったくない。イルミとは違ったタイプだけれど。
こういう息子もいてくれたらいいのに、とつい考えてしまうのは悪い癖ね。

「カルトちゃん、晩御飯は食べられるかしら?」
「………ねむい」
「そう。さん、カルトちゃんを部屋まで連れていっていただけるかしら」
「はい、お邪魔します」
「せっかくですから、食事もなさっていかれませんこと?」
「いえ俺は…」

ゆるゆると首を振ったさんは、腕の中のカルトちゃんに視線を落とす。
眠そうにうとうとしながらも、彼の首にしがみついて離れないカルトちゃん。
これはきっと、横になってもさんから手を離さないかもしれない。
あぁ、甘えん坊なカルトちゃんったら。カメラ、カメラないかしら。あ、ビデオでもいいわね。
ミルキに後で小型カメラでも頼んでおきましょう、それがいいわ。

カルトちゃんの部屋の位置を知ってるさんは、そのまま歩き出し。
私は食事の準備が整ったことをあのひとに報せに。

カルトちゃん以外の家族が揃うけれど、今日はイルミも仕事でいないし。
私含めて四人しかいない食卓はなんだか味気ないわね。
ミルキが珍しく部屋から出てきているからよしとしましょうか。

「親父、カルトはどうした?」
「修行で疲れて眠っておる。が付き添っているから安心せい」
「へー、あいつが疲れるなんてことあるんだ」
「確かに珍しいな。それほど厳しい訓練だったのか?」
「まあ、カルトには厳しかったかもしれんの」
「あら、どんな修行でしたの?」

末っ子とはいえ、ゾルディック家の人間。
生半可な鍛え方をしていないカルトちゃんが、あんなにも疲れるだなんて。
皆が興味津々の様子で視線を向けると、お義父様が楽しげに笑う。

「折り紙じゃよ」
「折り紙?何それ」
「……あぁ、昔見たことがある。紙を折って作るものだろう。精巧なものは驚くレベルだ」
「紙なのに?」
「ほれミルキ。ちょうどカルトが完成させた鶴がある」
「………ふーん。これをカルトが作ったんだ」
「うむ。<周>を使いながらな」
「なるほど、それは消耗するな。オーラを維持することはいまのカルトには困難だろう」
「ふふ、カルトちゃん器用ね。これどうやってるのかしら」
「教えたのはじゃ」
「あいつ、なんでもできるんじゃないの」

ミルキが呆れた表情を浮かべるのは、ゲームでいつもお世話になっているからね。
ここへさんがいらっしゃったときには、一緒にゲームをして遊ぶことがあるみたい。
基本的にはイルミやキル、カルトが優先されるから頻度は高くないようだけれど。

ミルキのゲームに付き合えるのはもちろん、こうした遊びにも精通しているだなんて。
…そういえば料理もできるってイルミが言っていた気がするわ。

「本当に…さんが女性だったらよかったのに」
「あれを嫁にするのは骨が折れるだろうて」
「そうだな、簡単には頷かないだろう。イルミが相手でも逃げてしまいそうだ」
「あら、イルミやキルと仲良しさんではありませんか」
「それとこれとは別だろう。あの手のタイプは、ひとつの場所に縛られるのを好まない」
「むしろここまで関わってくれていることが奇跡じゃろう」
「まあ、それはお互いに…といったところだが」

確かに。
ゾルディックの人間ではない部外者が、こうも我が家に馴染んでいるのは異例。
本来なら警戒すべきことだけれど、さん本人がしっかりと線を引いているものだから。
ついついこちらは甘えて線を超えてちょっかいをかけてみたくなるのかもしれませんわね。

もっと近づいて、線を超えて。いらっしゃいと手招いて。
そうして本当に線を超えてしまう愚かな人間なのか。それとも意思が揺らぐことはないのか。

境界を超えてほしいと願う気持ちと、超えた愚かな人間を見た瞬間に牙を剥こうとする気持ち。
甘えるような心と、獲物を待つような欲にまみれた心。
両極端なそれが共に混在していることを、私も他の家族も自覚している。
カルトちゃんやキルはまだそうではないかもしれないけれど。いずれ気づくでしょう。

大切にしたい、愛しい。
そう思うものほど。

壊してしまいたくなる気持ちに。





それから数日して、さんはきっちり期限日に去っていきました。
本当にあっさりとした別れで、彼はカルトちゃんに手を振って私に頭を下げる。
あとはもう振り返ることなく颯爽と立ち去る背中を、カルトちゃんが寂しげに見送って。

あぁ、やはり。この家に囚われてはくれないのね。
残念なようなどこかホッとしているような、そんな気持ちに包まれる。

……本当に、残念。
彼がこの家に住んでくれたらきっと楽しいと思うのに。
あぁでもお楽しみは次までとっておくのもいいかもしれないわね。
まだまだ楽しみがあるのかと思うとホッとしてしまうわ。退屈というのは人間の敵ですもの。

「お母様」
「なぁに、カルトちゃん」
「折り紙の勉強、したい。本とかある?」
「そうねぇ…書庫に何かあった気はするわ。ジャポン関連の」

イルミあたりが一時期集めていたものがあったはず。
あの子は操作系の能力者だから、何かを操作することに関しての資料を集めていて。
その中に紙のものもあった気がするのよね。結局あの子は針を選んだけれど。
なんだったかしら、ジャポンの秘術、みたいなタイトルだったような。

「そういえばカルトちゃんは何系の能力だったの?」
「操作系」
「あら、じゃあイルミや私と同じね」

ひとつのものに対しての執着がとっても強いひとが多い系統。
カルトちゃんが執着するようになるものは何かしら。家族はもちろんのこととして。

じっとさんが去っていった方向を見つめる眼差しに。

答えは出ているような気がして。
つい微笑んでしまったのは秘密です。





相反する危うさがあるのがゾルディック家、というイメージが
…あ、カルトが読んだのは陰陽術的な何かの資料です、多分

[2013年 9月 23日]