第175話
さて、ヒソカとゴンの試合が明日に迫った日のこと。
ウイングさんの家で<発>がどこまで成長したかのお披露目をちびっ子たちが行った。
キルアのオーラを受けた水は蜂蜜のような甘さになって。
ゴンによって強化された水は凄まじい勢いで増えコップを割ってしまうほど。
「ゴンくん、キルアくん。二人とも今日で卒業です」
師匠の言葉にお互いの顔を見合わせた二人は嬉しそうに笑って拳を合わせた。
「それとゴンくん。君にはもうひとつ、大事なことを伝えなければなりません」
「…大事なこと?」
「ゴン=フリークスくん。裏ハンター試験、合格!」
「…え?」
「合格ですよ。おめでとう」
にっこりと笑顔で祝福されるものの、ゴンはぱちくりと目を瞬いていて。
キルアもどういうことだって顔でウイングさんを見上げてる。
そんな二人の心情が分かっているんだろう、ウイングさんは穏やかな声で説明を始めた。
「念能力の会得は、ハンターになるための最低条件」
ハンターになるってことは、危険な状況に踏み込むことが増えるってこと。
ハンターでなくても念を習得してる者はいて、賞金首になってることも多い。
幻影旅団なんてその良い例だよな。イルミやヒソカだって、ハンターになる前から念を覚えてる。
ひとつの線を超えた先に行くには、念は必須ってことだ。
やだやだ、ブラックリストハンターとか好き好んでなろうとするヤツの気がしれない。
……クラピカは一応それ狙いみたいなもんだけどさ。
「しかし悪用されれば恐ろしい破壊力となるこの能力。公に試験として条件下するのは危険。…それゆえ、表の試験に合格した者だけを試すのです」
「なんだよ、最初から俺たち…ていうか、ゴンには教えるつもりだったのかよ」
「ええ。ちなみに私が属する心源流拳法の師範は、ネテロ会長ですよ」
「「いっ!?」」
「お二人のことは師範から色々聞きました」
「あんのジジィ……」
ハンター試験中におちょくられたことを思い出してるんだろう。
キルアが悔しそうにわなわな震えてる。そんな様子を優しげに見守ってウイングさんが続けた。
「キルアくん」
「あ?」
「ぜひもう一度、ハンター試験を受けてください。君なら次は必ず受かります」
「え」
確信をこめられた言葉に、キルアは猫目を大きく見開く。
隣のゴンはすごく嬉しそうに笑って頷いた。それはキルアの合格を信じている顔で。
イルミの妨害がなければ今年の試験だってキルアは受かってただろう。
でも俺は、今年は落ちてよかったんじゃないかと思ってる。
キルアは強い。だけど心にまだ埋められないものがある。
それを教えてくれる存在、満たしてくれる存在と、出会えたのが今年の試験。
来年にはきっと、本当の意味で胸を張ってハンターになれるんじゃないかなと思う。
どこか暗い匂いを漂わせてたキルアが、こんなに晴れやかな表情を浮かべるんだから。
「いまの君には十分資格がありますよ。私が保証します」
「………ま、気が向いたらね」
素直になれないキルアは恥ずかしさを隠すため、そんな素っ気ない言葉を返す。
嬉しいんだろうに我慢しちゃって可愛いなこの、と俺はついその銀髪をわしゃわしゃ撫でた。
子供扱いすんな!といつも通り怒られたけど怖くないってーの。
むしろぷんすかしてる様子が余計に可愛くて俺の顔がゆるみそうになる。
その後は他のメンバーの念修行の様子を教えてもらうことができた。
ハンゾーは俺も会ったけどとっくに念を習得。クラピカも修行を終えたらしい。
レオリオは大学受験が先だからまだ修行は始めてない。ポックルは苦戦中、ってことだった。
「ちなみに、ヒソカとイルミははじめから念を習得しており条件を満たしています」
「つーことは、もだよな?」
「えぇ、そうですね」
ちびっ子たちの視線が俺に集まる。
な、なんだね、ズルしてたわけじゃないぞ。俺は念がないと死んでたからな!?
お前らみたいに生身で生き延びられるほど、スペック高くないんだからな!?
「ゴンくん、最後にひとつ忠告です」
「え?」
「明日のヒソカとの試合。くれぐれも無理をしないように。いいですか?」
「はい!」
通い慣れたウイングさんの家から手を振って帰る。
これで念の基礎修行は終わりかー。ちょっと寂しいな。
ウイングさんやズシと一緒に過ごす時間はあったかくて、すごい安心感があったから。
俺も念能力の底上げしてもらえたし、何より基礎を確認し直せたのはよかった。
ゆら、とゴンを包むオーラが揺らめく。
緊張感と同時に高揚を帯びた気配に、明日の試合を心待ちにしているんだろうとわかった。
「なあ」
「…ん?」
「明日の試合、どうなると思う」
ゴンの背中を見つめながらキルアが俺の腕をつかんで尋ねてくる。
どうと言われてもな…。
「ゴンの目的は、一発くらわせてプレートを返すことなんだろ?」
「けどあいつは勝つ気でやると思うぜ」
「だろうな。というか、でないと一発すら当てられないと思うぞ」
「……わかっちゃいるけどさ、マジでヒソカの強さは何事だよ。化け物か」
「キルアこそ。イルミに一発くらわせられるか?」
「………………………。…………念を覚えたいまでも………死ぬ気になってできるかどうか?」
「うん、そういう冷静なところキルアらしいな」
本当は「できる!」って言ってやりたいだろうけど、キルアは自分の力量をよく理解してる。
イルミに勝てない、という事実を認めるのは悔しいだろうに感情と切り離して結論を出せる。
だから俺はついいつもの癖でキルアの頭を撫でた。
男にとっちゃ、負けを認めるのってホント情けないからな!潔さって難しいんだぞ!!
イルミもヒソカもまさしく化け物だと思う。旅団の連中もな。
あんなのと戦うなんて俺は御免だ。酔っぱらってでもないと無理。
でもそれを嬉々としてやっちゃうゴンは、やっぱりジンの息子なんだなーって思うよ。
「絶対にやる、って意思があるなら…まあ一発ぐらいできるんじゃないか?」
「心もとねーなー」
「ゴンもキルアも成長途中で、可能性の塊だ。俺やヒソカの予想を上回ることも多い」
「…おい、ハズイこと言うなよ」
ぼす、と俺の腕を拳で叩いてからキルアは小走りにゴンの隣に並んだ。
キルアってば照れてやんの。あんな風な微笑ましい姿を見られるのはいつまでかなー。
小さい頃みたいに素直に甘えてくれるのも嬉しいけど、こういうのもいいよな。
あ、ちゃんと成長してるんだなって親に近い目線だ。
…これがさらに成長すると、完全に思春期に突入して俺のことなんて無視するようになんのかも。
鬱陶しがられる未来を想像して。
ひとり勝手に落ち込んでしまった。そんな未来、ヤダ。
キルアくんはおませさんなので、とっくに思春期に突入してますよ
[2013年 10月 18日]