第176話

いよいよやってきました、ゴンとヒソカの試合。
いやー、緊張しますねー、俺はできれば観戦したくアリマセン。

といってもさすがにそれは薄情だよなぁ、とキルアの隣でリングを眺めているところ。
観客の興奮はすごくて、さっさと始めろと野次に近い声が飛んでる始末。
ヒソカの試合ってだけで人気あるからなー。なんであんなグロイ試合を観たいと思えるんだ。
…漫画で読んでたときは確かにヒソカが出るとテンション上がってたけど。
でもあの恍惚状態に入ったピエロは、きもちわる!って思ってたな、うん。

「あ、始まる」
「……いよいよか」

うわ、歓声がすごすぎて耳が痛い!
リング中央にやって来た二人は静かに視線を交わしてたんだけ……ど。

ゴンをじっと見てたヒソカが、唐突に禍々しいオーラをぶわりと溢れさせた。
いやもう。リングから俺の席までけっこうな距離があるのに、ぞわりと肌が粟立つぐらい。
怖い、気持ち悪い!!っていうか気持ち悪い!!!思わず何回も思うぐらいキモチワルイ!!
よくこんなオーラを前にして立ってられるよゴンってば!

「………

キルアが俺の膝を叩いた。
我に返って横を見ると、ちょっとだけ顔色の悪い弟分がそこにはいて。
俺がヒソカに怯えてオーラを膨らませていたことにようやく気付いた。ご、ごめん。
キルアたちが耐えてるのに俺だけ怖がるとこが恥ずかしい。
慌ててオーラを引っ込める。修行ちゃんとしてマシになったのに、やっぱ纏は苦手だ。

…観戦中に動揺してもオーラを乱さないように気をつけないとな。
俺は極力感情を揺さぶられないように気合を入れ直して、それからリングに目を戻す。
平常心、平常心、心頭滅却!!

なんてやってるうちに試合がいよいよ開始。
ゴンとヒソカの攻撃の応酬が繰り広げられるものの、優勢なのはヒソカだ。
…というか、うん、完全に遊ばれてるっていうか。ヒソカは一歩も動かない。
なのにゴンの攻撃は一撃すらも当たらない。ゴンの拳も蹴りも、すごい速さなんだけどな。
でもヒソカはそれら全部を軽々と受け流す。

俺はもう癖になってる<凝>で試合を観てるけど、ヒソカは纏しかオーラを使ってない。
その纏すらも、最低限に抑えられてる。はてさて、ゴンの課題は多いな。

ヒソカに一発入れられるかはもちろんのこと。
ヒソカに何かしらの念能力を使わせるほどに認めてもらえるか。
そんでもってそれをどうにか回避なり反撃なりできるかどうか。

その全部をゴンならやっちゃうんだろうけど。いまはまだ未熟というかなんというか。

「……無駄な攻撃が多いな」
「ゴンはなんでもかんでも全力すぎんだよ。全部当てようとしても無理だっつーの」
「キルアと比べてもゴンは実戦経験が少ないからな。読み合いもよくわからないだろ」
「あれも勘みたいなもんじゃね?」
「勘と同レベルになるまでお前の判断力が高いってことだよ」

クラピカもだけど、キルアもめちゃくちゃ頭の回転が速い。
それは元の頭の良さもあるし、積み重ねられた経験によって弾き出された答えでもある。
だけどそれすらも越えてときに正しい結論を導き出すのは本能だ。
ゴンはその本能が誰よりも鋭い。………お、気付いたみたいだ。

リングの巨大な石板をめくったかと思うとそれをヒソカに投げつける。
もちろんヒソカはそれを拳で砕くけど、砕け散った石が目くらましになって。

ゴンはヒソカの左頬に無事右ストレートを叩き込むことに成功した。

というわけで、ハンター試験で預かったままだったプレートも返却。
これでゴンの目的は無事に果たしたわけだ。俺だったらもうここでリタイアするわ。
…なんでそのまま試合を続行しようと思えるのかわからん。

「念について、どこまで習った?」
「……基礎は全部」
「そうか。キミ、強化系だろ?」
「え!?な、なんでわかるの!?」

自分の系統をばらされて動揺する素直なゴンに、ヒソカは楽しそうに笑った。
ダメだよそんな簡単にバラしちゃと言われて怒るゴンが癒しである。
…しょうがないよゴン。強化系はどうしたってわかりやすいから、バレるから。
そんでもって系統がバレようがあんまり関係ないのが強化系だから。

「なんでわかったんだよ!」
「血液型性格判断と同じで、根拠はないけどね。ボクが考えたオーラ別性格分析さ。強化系は単純一途」
「うっ」
「ちなみにボクは変化系。気まぐれで嘘つき」

どちらも合ってる。ゴンは本当に単純一途だ。
そんでもってヒソカやキルアたち変化系も同じ。気分にムラがあって、嘘をつくのが得意。
ヒソカの診断だと放出系は短気、具現化系は神経質、操作系は理屈屋、特質系は個人主義。

…俺、個人主義っていうよりさ…単純にぼっちなだけなんだけど……。

「ボクたちは相性が良いよ。性格が正反対で惹かれ合う。とっても仲良しになれるかも」

ヒソカの言葉の通り、強化系のゴンと変化系のキルアは仲が良い。
お互いに持っていないものを補い、それぞれの良さに惹かれて支えられている。

「だけど注意しないと。変化系は気まぐれだから、大事なものがあっという間にゴミへと変わる」

だから失望させるなと、ヒソカが床を蹴った。
それまでは完全に手加減していたとわかる凄まじいスピード。
ゴンの動体視力なら追いかけられるかもしれないけど、身体が反応できてない。
軽々と石板を吹っ飛ばすヒソカの力は本当に化け物だ。もう何回化け物って言ったっけな…。

ゴンはとりあえず作戦を考えるためか、ヒソカから距離を取る。
まあね、あんだけ距離とってれば大抵のことには対応できると思うよな。

「………手遅れだけど」
「え?」

ずっと凝をしてる俺には見えてるけど、ゴンもキルアも普段は纏しかやってない。
だから見落としている。ヒソカの次の手がとっくに打たれていることに。

でも勘の良いキルアは何かを察したようで。

「ゴン、凝だ!!!」

そうして叫んだキルアとその声を拾い上げたらしいゴンの二人は。
いつの間にかゴンの頬に貼りついていたヒソカの念能力らしき何かに、気付いた。






ヒソカの念はガムみたいに貼りつけられるし、ゴムみたいに伸縮自在。
一度あれをつけられるとすごく厄介だ。単純な性質だからこそ、凡庸性があって強い。
だって攻撃や防御でヒソカに触れれば、それだけでバンジーガムをつけられちゃうんだ。
反則だよなー、えげつないよなー、シンプルなんだけどさー。

というわけで、ヒソカの念につかまったことにより、ゴンがフルボッコされる状況に。
………と思うだろ?ここが漫画の主人公の違いだよな。

逃げられないなら向かうまで!とばかりに一直線にヒソカに襲いかかるゴン。
いやあこの度胸はすごい。もうヒソカの顔をタコ殴りにしてるんだけどさ。
…どんどんヒソカのオーラが膨らんでいくんだよね。禍々しい、って表現もぬるい。
恍惚と、殺気と、愉悦と、狂気と、全部混ぜ込んで濃縮したようなオーラ。
これを前に攻撃を続けられるゴンはすごいや。

さすがのゴンも、一瞬怯えたように怯んでたけどな。






「結局、TKO負けかー…」
「ヒソカ相手にあの怪我で済んでよかったじゃないか」
「まあな。…はあ、心臓に悪い。つかキモ!ヒソカのヤツ本当にキモ!!」

自分の腕をさするキルアの言葉に頷いて俺は席を立った。
やっぱ俺はあいつとは絶対に戦いたくない。いや、誰とも戦いたくないけど。
対峙してるだけで寿命が削り取られていく感じがする。

「さ、ゴンを迎えに行こう」
「おう」

これで、天空闘技場での目的は達成されたことになる。
最後にもう一回、いつものケーキを食べたいなぁなんて考えながら。

俺はキルアの背中を押して控え室に続く廊下を目指した。





ヒソカとの試合は何度読んでも、自重しろ変態、と思います。好きな試合ですけど!

[2013年 10月 18日]