第135話―クラピカ視点

ゾルディック家が住むというククルーマウンテン。
そこへ辿り着いた私たちに待っていたのは、重く行く手を阻む巨大な門だった。

「試しの門」と呼ばれるそれは、ゾルディック家を訪れる者の資格を問うものだ。
それは押す者の力に応じて大きい扉が開く仕組みになっている。
扉は1から7まであり、数が増えるごとに重さが倍になっていく。
1の扉は片方2トン。つまり2の扉になると片方だけで4トンになるわけだ。
最低でも1の扉を開ける力がなければゾルディック家に入る資格はないということになる。

キルアに会いに来た私たちだったが、ゾルディックの敷地に入ることすらできていない。
この門を隔てた向こうには、私たちとは住む世界の違う者たちが暮らしている。

だからといって、諦めるゴンではない。無論、私とレオリオもだ。
守衛であるゼブロさんが特訓するといい、と家を提供してくれてしばらく滞在している。
も後から追ってくるだろうからちょうどよかったかもしれない。
ここで訓練しつつ、彼が来るのを待とう。

「…しかし、トンを超える重さを動かすことになろうとはな」
「……物思いにふけってる暇があったら薪を割れよクラピカ」

ぎぎぎ、と特製の重石の入ったベストなどで身体を覆ったレオリオが歩いてくる。
寝ているとき以外はこうして身体に負荷をかけ、日常で使う器具も全て重いものを使用している。
スリッパですら片方二十キロはあるそうだ。扉ひとつひとつも重く、開けるのに苦労する。
ハンター試験を合格した私たちは、身体能力は一般人よりはるかに高いはずだ。
それでも、ここで暮らすゼブロさんやシークアントさんには遠く及ばない。

「はあ、どんだけ化け物の暮らす場所なんだよここは」
「…だが届かないわけではない。スリッパのせいで転ぶことも減ったしな」
「けどよ、急いで便所に入るときとか拷問だぜ?ヤバイのにドアが開かねえってのは」
「そのうち軽々と開けられるようになるさ」

ゼブロさんたちはただの使用人。下っ端も下っ端ですよ、と苦笑していた。
その上にはさらに執事たちがいるらしく、彼らはより強いのだとか。
想像もつかない次元だが、キルアはそうした世界で生まれ育ったわけだ。

そして、キルアの師匠であるというも。
こちらの世界の人間なのかもしれない。







少しずつ生活に慣れてきて、何日かに一度、試しの門に挑戦する。
全く歯が立たなかった最初に比べれば、かすかにでも動かせるようになってきた。

「……ずらすのが限界か…」
「でもすごいよクラピカ!レオリオも開きそうな感じだったし」
「おう、ここまでくりゃ1なんて言わず2まで開けてやらぁ!」
「いいなー、俺も早くやりたい」
「お前は折れた腕が完治するまで無茶すんじゃねーぞ」

医者の卵であるレオリオが注意すると、はーいとゴンが肩を落とす。
といっても完治までもうそれほど時間はかからないとのことだった。
普通ならまだまだ動かすことすら厳しいだろうに、並の回復力ではない。
野生児ってのは恐ろしいな、というレオリオの言葉には私も同意だ。

「……おや、誰か来たかな」
「え、ゼブロさんわかるの?」
「一応、こんなところで働いてますからね。気配には敏感なんですよ」

いま私たちはゾルディックの敷地内にいる。
試しの門を中から開こうとしている状態で、観光バスなどは向こう側で来るはずだ。
バスのエンジン音は聞こえないが、車のドアが閉まるような音は聞こえる。
来訪者か、それともまたゾルディック家を狙っての賞金稼ぎか。

どちらにしろ、この扉を開けられるような者はそういないだろうが。
と、急にゼブロさんの表情が険しくなった。

「皆さん、ちょっと離れていてください」
「どうしたの?」
「いえ、危険かもしれません。この様子はちょっと…急いでいるのかな」

よくわからないが試しの門から距離をとった瞬間、ぞわりと私の肌が粟立つ。
それはゴンも同じだったようで、緊張した表情で門の方を振り返った。

と同時に凄まじい勢いで開かれる巨大な扉。

まるで普通のドアを蹴破るかのような。
いとも容易く開かれた試しの門をすり抜けてきたのは、黒い風。
私たちの横を駆け抜けるその姿を、辛うじて残像としてとらえることができる。

「「…?」」

私とゴンが声を発した頃には、もう彼の姿は見えなくなっていて。
いまの一瞬では自信がないが、ゴンもの姿を見たのだろう。

「は?って…いまのが?」
「…恐らく、そうだと思うが」
「ゼブロさんの言うとおり、すごく急いでたみたいだったね」
「あの様子だと、イルミ坊ちゃんに呼び出されたのかもしれないねぇ」
「彼はよくここを出入りするのですか?」
「ええ。昔からイルミ坊ちゃんの仕事の関連でよくいらしてますよ。もうゾルディック家とは仕事仲間というよりは、家族の一員みたいなものかもしれない」
「イルミとは、友達じゃないの?」

ゴンの静かな問いかけに、レオリオが「おいおい」と呆れている。
暗殺を仕事としており、キルアに友達という存在ができることをあれだけ否定していたイルミ。
言い出しっぺの彼が友達をつくるとは思えないし、そもそもそういう必要性を感じるかどうか。

「どうだろうねぇ……。仲が良いように見えないこともないけど、空気はいつもピリピリしているよ。さんに確認してみるのが一番だけど…以前は否定されたね」
のヤツも、ダチってのをよくわかってなさそうだしな」
「………そうだな」
「そう?はすごく優しいじゃない」
「そこは俺も否定しねえけどよ、あいつは与えるばっかで受けることを知らねぇんだよ」

レオリオの言葉はいちいちもっともだ。
はイルミとは違い、何も感じないわけではない。むしろ、本来は柔らかい心を持っている。
だからこそ私たちに惜しみない優しさを注いでくれるし、面倒見がいい。

だというのに、自分は優しさや想いを受けることに慣れていない。
そうしたものを受けられると、予想すらしていないように思えた。それが歯痒い。

彼に受けた沢山のものを、同じだけ…いやそれ以上に私たちが返したいと。
そう思っていることになぜ気づかないのだろうか。
恐らくはキルアも私たちと同じような複雑な想いを、に対して感じていただろう。
厄介な男だ。こちらの気持ちも少しはわかってほしい。

「しかし彼はさすがですね。片手で門を開けちゃいましたよ」
「………なんだとぉ!?」
「…あれほどの勢いで開いたのに片手か…」
「さすがだよね。よし、俺も頑張ろう」
「そうだな。このままでは、いつまでもキルアを迎えに行けない。
「つーか、に任せちまえばいいんじゃね?」

それじゃ意味ないの!と頬を膨らませるゴンに笑って。
キルアやが触れてきたものに、少しでも近づきたくて私も訓練へと戻る。

こんなところでのんびりしている暇などない。

私たちが歩もうとしている道は、もっともっと先にあるのだから。





「イルミ坊ちゃんにもあなたのような友達がいたなんて嬉しいですよ」
「友達じゃない」
「え。しかし随分と打ち解けているように…」
「仕事で一緒にいるだけだ。それ以上でも以下でもない。二度とその話題は出すな」
(俺がイルミに殺されちゃうかもしれないじゃん!!)

なんてやり取りがあったとかなかったとか。

[2012年 9月 25日]