第135話

ようやく旅団から解放された俺は、本を家に置いて急いでゾルディック家へ。
いまごろゴンたちどうしてっかなー、多分まだ試しの門を開くための特訓中だと思うけど。
遅れたお詫びとかなんか持ってくべき?どうしたもんか。

「……ん、メール」

飛行船のチケットをとろうと携帯を操作してたら着信。
なんだなんだと受信メールを開いて、俺は思わず硬直してしまった。

『いつも持ってくるケーキ、よろしく』

………送信者はイルミ。
…お前、俺をパシリにしてんじゃねえよおおおぉぉぉぉ!!

という抗議を送れるはずもなく、俺は涙を堪えながらダッシュ。
飛行船のチケットは夜の便でとることにして、懐かしい天空闘技場のお膝元へ。
なんか久しぶりな気がするなこの辺り。何しろハンター試験が体感時間として長かった。
あ、そういやキルアがゾルディック家を出たら、また天空闘技場に来るんだよな。
………ヒソカも来るんだよな、っていうことは考えないでおこう。

見慣れた店が見えてきて、なんでだかほっとする。
ここは俺の癒し空間だからなー。ただいま俺の平穏の象徴!

「いらっしゃいませ。あ、さん…!」
「久しぶり、イリカ」
「お久しぶりです」

迎えてくれた店員の女の子イリカは、今日もほっこりと温まる笑顔。
俺の定位置のテーブルは今日もきちんとそこにあって、しみじみと腰を下ろす。
あー、やべえ…久しぶりすぎてちょっと感動してきた。
原作の物語がスタートしてからこっち、心休まる時間が本当の意味でなかったのかも。

「本日はどうされますか?」
「………メニューが増えてる」
「はい。期間限定のものもありますけど、定番メニューも少し増えました」
「…あ、これイリカのために店長が作ったとか?」
「え!」
「雰囲気がイリカっぽい」

この店の店長はどんな雰囲気のケーキでも作り出せるけど。
なんというか、こういう透明感があって可愛いケーキは珍しいんじゃないかなと思う。
一応大衆向けに作ってるらしいから、可愛いなら可愛いではっきりしたものを作る。
期間限定のメニューなら、こういった清楚な感じのケーキもあったりするけど。
…うん、定番メニューに入ってるところを見るとイリカのイメージなんじゃないかな。

と顔を上げると、イリカがおろおろと慌てている。
あれ、何かおかしいこと言ったっけ俺。いいと思うよこれ。

「すごく可愛いケーキだよな。派手すぎなくて俺好み」
「そ、そうですか?」
「普通の可愛いって感じのも嫌いじゃないけど」
「やあ、くんいらっしゃい」
「あ、こんにちは店長。お久しぶりです」
「うん、元気そうだね。少し疲れてるみたいだけど」

ホールに店長が出てくるってことは、いまは落ち着いてる時間なんだろう。
イリカとのんびり話してて悪いかなと思ったけど、店長まで加わってくるなら大丈夫みたいだ。

「ちょっと最近バタバタしてたので」
「じゃあそのケーキはお勧めだよ。甘いけどしつこくないし、酸味が少しあるから疲れが飛ぶ」
「はい、これは食べる気満々です。あ、そうだ。お土産用にもいくつか選びたいんですけど」
「いつもの彼?」
「いえ、シャルじゃなくて。…それほど拘りないヤツなので、お勧めを詰めておいてください」
「わかった。予算は?」
「………1ホール分ぐらいあれば満足するかと。あ、領収書これでお願いします」

さすがに口にするのは躊躇われたため、イルミ=ゾルディックと書いたメモを渡す。
それを受け取った店長は目を瞬くと、わかったとだけ頷いてキッチンに入っていく。
…すげえ、ゾルディックって名前見ても動揺しないよ。

あ、そういえば店長ってハンターなんだっけ。そのことも聞けばよかった。
イリカが淹れてくれた紅茶に口をつけ、まあいいかと切り替える。また、ここに来るわけだし。






癒しの時間を終え、お土産を手に飛行船に乗り込む。
そしてゾルディック家の住むククルーマウンテンがあるパドキア共和国ベントラ地区に到着。
観光バスに乗り込んでもよかったんだけど、一般人の前で試しの門開けるのもなー。
ということで、タクシーを使って近くまで行ってもらった。
車内で『そろそろ着くぞ』とイルミにメール。ケーキ早めに届けないとだよな、どうしたもんか。
あ、でも最悪俺の念で巻き戻せばいいのか。…あんまそういうことしたくないけど。

タクシーから降りて料金を払い終わったところで、イルミからメール。
『うん、じゃあ五分で持ってきて』。

………………お前さ、ここから本邸のある山の上までどんだけの距離があると。
どんだけジャイアニズムなんだよこの馬鹿ああぁぁぁー!!と叫びたい。
ヤバイ、こりゃ本気出さないと五分じゃ辿り着けないぞ。くそう、念使っていくか。
しかもケーキ持ってるから片手で門を開けないとじゃないか、しまった!

右手にオーラを集めて、俺はダッシュしながら試しの門にぶつける。
よっしゃ開く!!念覚えててよかった!覚えてないと俺死んでたし!!

開いた扉をすり抜けて、瞬きを止めるとそのまま俺は本邸への道を真っ直ぐに進む。
足に凝でさらにスピードを上げると、カナリアの姿が見えた。
少し驚いたような顔が一瞬だけ見えたけど、その横もすり抜ける。
執事室も見えてきて、ゴトーさんが頭を下げたのがわかったけど、それもいまはスルー。
ご、ごめん!急いでるから挨拶はまた後で…!!

「イルミ!」
「や」

玄関ホールすらも駆け抜けてイルミの部屋に入ると、本を開いてお迎え。
優雅に読書してたなこの野郎。俺が必死に山上ってるときに…!
だけど不満を口にする勇気もなく、無言でケーキの入った箱を差し出す。
ありがと、と受け取ったイルミは本を閉じて立ち上がった。

も来る?」
「…どこに」

俺いまめっちゃ疲れてんですけど。

「キルのいる拷問部屋」
「………」

………えっと、キルアには会いたいんだけどさ。
ご、拷問部屋を覗くのはちょっと遠慮したいというかなんというか。
なんで家にそんなもんあんだよ!いやゾルディック家だからなんだけどさ!
家族に当たり前のように使う神経が本当にわからない。必要なことだと知ってはいても。
…つか、キルアもそこらへんはあんまり疑問視してないもんなー。
一般からするとおかしい、っていうのは理解してるみたいだけど。

でもやっぱりキルアには会いたい。
ハンター試験でのあの虚ろな様子を知ってるから、心配だ。

「行ってもいいのか?」
「飴と鞭」

は?え?どゆこと?
…あ、ケーキでキルアを釣ろうって魂胆か。確かに甘いもの好きにはかなりの誘惑だけど。
すたすた歩き出すイルミの後を慌てて俺も追いかける。
広い本邸の中、拷問部屋に行くのなんて初めてだ。うおお、おどろおどろしいこの廊下。

軋む音を立てて開いた扉の奥、様々な器具が転がっている部屋。
多分これ全部拷問器具なんだろうな、フェイタンあたりが観たら喜ぶかもしれない。

「キル、少しは反省した?」

イルミが進む先に、宙吊りになったキルアの姿があって。
細い身体には無数の傷跡がついてて、鬱血してる部分も多い。
だけどそれを見てもイルミは平然としてる。顔を上げたキルアも、割といつも通り。

「ケーキが届いたよ。から」
「…?」

わずかに目を瞠ったキルアが、ようやく俺を見つけた。



イルミさんはいつだって理不尽。

[2012年 9月 25日]