第136話―キルア視点

家に帰ってきて何日ぐらい経ったっけ?
ずっと拷問部屋にいるから、時間の感覚とかわかんなくなってくる。
痛いっちゃ痛いけど、昔っから訓練されてるし耐えられないようなレベルじゃない。
そんなの兄貴たちもわかってるだろうから、どっちかっていうと閉じ込めてるのが罰みたいなもん。
やっぱこんな場所で何日も何週間もじっとしてんのはしんどい。

家出したこと、おふくろとミルキを刺したこと。…友達を欲しがったこと。
多分、俺が受けてる罰は最後のが一番の理由。

暗殺者に友達なんていらない。家族の絆だけがあればいい。
それは昔から呪文のように繰り返されてきた言葉で、まさしく俺には呪いの言葉だ。
イルミだってがいるくせに。
二人ともお互いに仕事仲間だって言うけど、俺からすればダチにしか見えない。

だってあのイルミが家に呼んで、一緒に食事したり風呂に入ったりするんだぜ?
キモチワルイぐらい干渉してくる俺のことだって、には簡単に預けるし。
自分で言うのもなんだけど、それってあいつのことを信頼してるからだろ。

「キル、少しは反省した?」

ちょうど考えてたイルミの淡々とした声が聞こえてきて、顔を上げる。
なんか白い箱持ってるけどなんだ?新しい拷問器具とかだと面倒だな。

「ケーキが届いたよ。から」
「…?」

ハンターの最終試験、抱きしめてくれた腕から逃げ出した俺。
あいつはどんな風に思っただろう、と考えたら怖くて。ずっと頭の隅に押し込んでたのに。

顔を上げると、確かにそこには俺のことを見つめる焦げ茶の瞳があった。
じっと真っ直ぐに向けられる視線は、いつも通り何を考えているかわかりにくい。
それでも長い付き合いだ、怒ってない……というのはわかる、多分。
むしろ、どっちかというと俺の様子を窺ってるような…?

あ、最終試験でイルミと試合した後に俺が変なことになったから、心配してんのかも。
よくわかんねぇけど、兄貴から感じる妙な殺気みたいなのを受けると俺は動けなくなる。
あれに逆らえるぐらいに強くなりたいけど、そもそもあの技はなんなんだ?

なら知ってんのかな。……知ってんだろーな。
俺はイルミに何をされたのかすらわからない。抵抗どころか、逃げることもできなかった。
そんな俺に幻滅してたりしないだろうか、と不安になる。
そう考えたタイミングでが溜め息をついたもんだから、怖くなって身体が震えた。
震えが伝わったせいで、俺をぶら下げる鎖が揺れる。

は俺のことを見捨てない。多分、いつだって手を伸ばしてくれる。
俺のために必死に駆けつけてくれた日のことを、いまでも覚えてるから。だから、大丈夫。
なんとか自分を落ち着かせようと言い聞かせてると、空気を読まずにイルミが声をかけてきた。

「キル、がいつものケーキ買ってきたんだけど」
「………だから?」
「うん。ちゃんと反省してたら食べさせてあげようと思って」
「………」

………食べさせるって、お前が俺に食わせるわけ?

すんげー嫌なんだけど!!
の前でとかぜってー嫌だ!!ああほら、後ろでが呆れた顔してんだろ!
ったく、こういうとこ兄貴とおふくろはそっくりで苛々する。
だいたい、そのために俺が反省すると思ってるあたり、馬鹿にしてるだろ。

「………イルミ?」
「キルが食べないならが食べていいよ」

そんなやり取りが聞こえて、思わず視線だけ元に戻す。
……イルミの野郎、にケーキを差し出してやがる。

「…いや、買ってきたの俺なんだけど」
「あ。あとでちゃんとお金振り込んどくから」
「そういう問題じゃなくてだな」
「はい、あーん」

イルミが差し出したケーキを押し込まれ、は無言で食べる。
天空闘技場のあそこのケーキ屋のなんだろう、目が幸せそうに細められた。
ああくそ、なんか腹立つ!イルミそこ代われ!!

「はい、もうひと口」
「………………」

差し出されればつい食べるの姿は、いつもと違ってなんか子供みたいだ。
ってイルミ、無表情のままだけどすっげー自慢げな顔してるぞあれ。くっそー!!

「イルミ…ケーキはこのために買わせたのか」

さすがに不審に思ったらしいがイルミの手をつかんで止めた。
よし、そうだ、そこは死守しろ。っつーか、仕事仲間がやる行為じゃないだろいまの。
いくらイルミが常識外れだからって、いまのはおかしい。
……もちろん、俺への嫌がらせも含まれてるんだろうけどさ。

「んー、単純に母さんが食べたがってたのもあるけど」
「……なら俺に食わせてどうする」
「これキルの分だから、別にいいよ」

って、俺の分かよ!!

イルミやミルキに食べられるよりマシだけど、それでも。
苛々する俺に気づいたのか、がフォークを取り出してケーキをひと口。
俺の目の前までやって来て、差し出してきた。

「キルア、ごめん」
「…何が?」

あんな光景を目の前で見せられて、素直にの方を向けない。
苛々するし、悔しいし、なんか妙に悲しい気分にもなるし。つかやっぱ腹立つ!
そんな俺のことなんて見越してるって感じで、は顔を強引に戻して口にケーキを突っ込んだ。

「ほら、ひと口分しか残ってないけど」
「んむ」
「新作ケーキなんだ。俺も久しぶりに行ったんだけど、メニューが半分ぐらい変わってた」
「………」
「今度、一緒に行こう。店長もきっと喜ぶ」

だから反省しろって?
イルミやおふくろの言うことを聞いとけっても言うのかよ。

俺の無言の訴えに、は首を傾げた。
何で俺が不満に思うのかわからない、っていわんばかりの顔。
あ、口元にクリームついてる。ガキみてー。

……は俺が友達や自由を欲しがることを、否定はしない。
けど、ゾルディック家のやり方も否定しない。
多分、こういう業界で生きていくための最善の道だって、知ってるから。
わかってる、だって裏稼業の人間だ。イルミたちのやり方も当然受け入れられるんだろう。

でも俺は。俺の望みは間違ってなんかないんだって。
兄貴たちよりも俺の方を認めて選んでほしい、なんて思う。

それこそガキだ、と両足を振って反動をつける。
前に乗り出した俺の身体をの両腕が当たり前のように受け止めた。
こうやって、こいつは絶対に俺を受け入れてくれる。だけど、それだけで。
もっとを望む俺は我儘なんだってわかってても、近づきたい。

の口元についたクリームを舐めとると、甘い。

「…キルア?」
「クリーム、ついてた。あーあ、こんなんじゃ足りないっつーの」
「……だろうな。早くお仕置きが終わるよう祈ってるよ」
「当分無理だと思うぜ。だろ、イルミ」
「キルが反省すれば、すぐにも出してあげるよ」
「反省してっから大人しくやられてんだろ」
「本当の意味での反省じゃないだろう?も何か言ってくれよ」
「……家族の問題に立ち入るつもりはない」

静かに告げられた言葉に、やっぱなと納得しながらも少しだけがっかりする。
すると、少し考え込むような間を置いてが口を開いた。

「キルア」
「…何」
「お前はまだ子供だから、シルバさんやキキョウさんの言うことは聞かなきゃいけない」
「………何だよ、それ」

俺が、いま一番聞きたくない言葉をなんで。

「親や兄っていうのは、子供を守るためにうるさく言うものだ。それは実際、保護になることが多い。………だけど」
「…だけど?」
「お前が真正面から本気で伝えたいことがあって、きちんとそれを貫いたんなら、そのときは俺はキルアの望んだことを応援するつもりだ」
「!」


イルミの殺気が膨れ上がるけど、は振り返らない。
俺も、いつもならこの気配に怯えるはずなのに、いまは気にならなかった。
だって、いま、こいつは何て言った?
俺が本気でやりたいことを、貫いたら…?

「俺は、心からキルアが望んで決めたもののためなら、力を貸す」
「………

イルミやおふくろよりも、俺を選んでくれるって。
そう言ったんだろうか。

「キルに飴をやりすぎだ」
「お前は鞭をしすぎだ」
「甘やかしてもキルのためにならない。危険な要素は全て排除すべきなんだよ」
「可愛い子には旅をさせろ、とも言うだろう。…積極的に手を貸すわけじゃない。キルアが、お前やシルバさんにすら対抗できるぐらいの意志を持つことがあれば、の話だ」

俺に、そんな強さが持てるんだろうか。
………強くなりたいと思う。ゴンに会って、イルミに抵抗できなくて、の言葉を聞いて。
もっと、親父にだって負けない強さを持てたなら、と。

だって、欲しかった言葉がそこにあるんだ。
俺が恐怖に負けないで抗うことができたら、そのときには欲しかった言葉が本物になる。

「イルミ兄ぃ、が来てるって聞いたんだけど」
「…ミルキか。丁度いい、このケーキをが持ってきたから母さんとお茶でもしててくれ」
「ケーキ?もしかしていつも持ってくる……お!うまそう!」

ここで豚くんの登場かよ、くそ。
しかもケーキを食べられるとかマジふざけんな。

。俺は俺のやり方でいかせてもらうから、邪魔はしないで」
「………わかってるよ」
「うん。じゃあ後から俺も合流するから、はミルキと母さんのとこに行ってて」

俺の意見は丸無視で勝手に話が進んでいく。
そりゃいまは反省中ってことで、ここから出ることはできないけどさ。

いまはも俺ん家のやり方に反対はしない。
だからミルキと一緒に拷問部屋を出ていった。
最後に一度だけ振り返ったに、俺はひとつ頷く。

いつか絶対、兄貴よりも俺を選ばせてみせるから。

友達も、自由も、全部。

手に入れてみせる。





子供らしい独占欲。

[2012年 10月 7日]