第137話
ミルキと一緒にゲームをクリアし、シルバさんやゼノさんとお茶をし。
妙にまったりとした時間をゾルディック家で過ごしたあと、俺は麓に向かって歩いていた。
イルミは仕事に行っちゃったし、ようやくちょっと自由に動きやすくなったからなんだけど。
…ゴンたちの修行はかどってるかなー。試しの門を力だけで開けるって厳しいよな。
俺は念を覚えてたから開けられたわけで。念を知らずに三の扉まで開けられるキルアは恐ろしい。
「様。お久しぶりでございます」
「…あぁ、挨拶もできなくて申し訳なかった」
執事室を通りかかった俺の前にゴトーさんが現れた。
今回はお土産ないんだよ本当ごめんなさい、と謝ると。ゴトーさんが眼鏡の奥の目を細めた。
あ、笑ってる。いつもは笑顔でも怖いオーラしてたりするのに、今日はちょっと空気が柔らかい。
少しは俺のこと許してくれてんのかなー。だといいな。
「私どものことはお気遣いなく。ハンター試験の間、キルア様を見守ってくださっていたとのこと。執事一同より代表して感謝いたします」
「いや…俺がいなくても、キルアなら簡単に合格できてたはずだ。…今回はイルミの邪魔が入って無理だったが」
「様は、キルア様がハンター試験に合格されることを望んでおられましたか」
「どう…かな。キルアが本当になりたいなら、いくらでも機会はあるだろうからどっちでも」
俺やレオリオが合格できた方が奇跡なんだよ。
「試しの門に挑戦しようと、キルア様の友達と称する者が来ています」
「あぁ。実際、キルアの友達だ」
「………友達、ですか」
ぴくりとゴトーさんの眉が動いた。おおう、怖いぞ。
そうだよな、ゴトーさんもキルアのこと大好きだから、友達の存在は複雑だろう。
自分やゾルディック家からキルアを引き離す存在である、友達。
そもそも暗殺一家に友達なんて必要ない、っていうのがここでの常識だし。
「心配することはない。むしろ、良いことだと俺は思う」
「…良いこと」
「切磋琢磨できる存在っていうのは必要だ。キルアぐらいの年齢なら尚更」
「様にとってのイルミ様のように、ですか?」
「…………………いや、あいつと俺は友達じゃ…。確かに、イルミのおかげでいまの俺がある、っていうところは否定しないけど」
イルミに仕事を紹介してもらったおかげで、強くなれたところはある。
運び屋の仕事をしてなかったら会えなかったひとは沢山いるし。
念能力を磨かないと生き抜いていけない、そんな仕事でもあったから必然的に強くなった。
命かかってればそりゃ火事場の馬鹿力でなんとかなるというもの。
いつも泣きそうな気持ちで仕事に行ってたのに、いまじゃだいぶ慣れてきちゃったもんなー。
運び屋やってたから…ジンに会ってクート盗賊団に殴り込みに連れてかれたり。
あ、グリードアイランドに入ることになったのも仕事のせいだよな。
他にも思い出そうとしたら諸々……憂鬱になってきそうだから考えるのやめよう。
「様がそこまで買われている子供ですか…」
「強い子だよ」
「左様で。………試しの門を越え、カナリアをも越えられれば少しは認めてもよいかもしません」
「…ゴトーさん、血管が浮き出てる」
「例え本当のご友人だとしても、ゾルディックからキルア様を奪おうとする存在は許せない」
あ、オーラがめっちゃすごいことになってる。肌が、肌が痛い…!
ゴトーさんもキルアのこと大好きだからなー。仕方ないとは思う、思うんだけども。
傍でこの殺気を受ける俺は怖いわけですよ、ひいいいぃぃぃぃ。
キルアって、マジみんなに愛されてて………大変だよな。
「じゃあ、俺はゴンたちに合流する」
「…手助けをなさるおつもりですか?」
「そんなの必要ない」
とりあえず逃げるべく歩き出した俺に、ゴトーさんからの牽制の声。
わかってるよ、余計なことするなって言いたいことは…!
邪魔者の俺は退散しますよ、退散。
俺が何かしなくたって、ゴンたちはちゃんと試しの門を越える。
カナリアだって、むしろ俺が何かしちゃいけないところだろう、うん。
とりあえずはゴンたちと合流だな、とそそくさと俺は執事室を後にする。
道なりに進んでいくと見えるのが、カナリアの背中だ。
前に会ったときよりも大きくなってて、女の子らしくなった気がする。
初めて会った頃は本当にちっちゃかったもんな。いまはちゃんと女の子だ。
どうしよう、こんなところで時間の流れを感じちゃったよ。
だよなー、こっちの世界来て何年経つと思って……って、いまそれはいい。
「カナリア」
「お久しぶりです、様」
深々と頭を下げるカナリアはまだ執事見習いだけど、所作が落ち着いてる。
お、俺なんかよりもよっぽど大人っぽいよな。はあ、へこむ…。
「…あの、様」
「ん?」
「………いえ、なんでもありません」
言いづらいことなのか、頭を下げたまま口を噤むカナリア。
なんだろう…?使用人だから、ってことで遠慮してるのかもしれないけど。
あ、もしかしてキルアのこと心配してるのかな。
執事見習いのカナリアから聞くことは躊躇いがあるのかもしれない。
ありがたいことに俺はゾルディック家の客扱いだしな。
「キルアと、話してきたよ」
「!」
「まだ拷問部屋にいるけど、元気だった。でもあれはもうしばらく出られないかな。反省するまでイルミは出さないつもりらしいし、キルアは反省する気はないだろうし」
「…そう、ですか」
「けど、あと少しの辛抱だと思う」
「え?」
「そう遠くないうちに出てくるよ。…ゾルディック家を出ることにもなるけど」
キルアが友達になってほしいと願った相手のカナリア。
俺から見てもカナリアって良い子だと思うし、キルアとぜひ仲良くなってもらいたいところ。
でも、ゴンたちがここを通ったらキルアは外の世界へ行ってしまう。
きっと複雑なんだろうな、って思うんだけど。カナリアは目を瞬いた後で、小さく笑った。
「キルア様が望まれたことであれば、私に不満などありません」
「…うん」
「様は、外に出られてもキルア様のお傍にいてくださるんですよね?」
「可能な限りは、そうしたいと思ってる」
「なら、安心です。そのときにはキルア様のこと、よろしくお願いいたします」
またぺこりと頭を下げるカナリアに、俺はじんとくる。
ぽんと頭を撫でると、びっくりした顔で見上げられてしまった。
「あ、悪い。つい癖で」
「………い、いえ」
キルアたちにしてるノリでやっちゃうな、いかんいかん。
それじゃと手を振って俺は試しの門の方向へ。
「だー!!」
聞こえてくる明るい声。
俺を見つけて手を振ってるゴンに、俺も手を上げて応えた。
ようやく、合流できるぞ!
やっぱり挨拶しておかないとですよね。
[2012年 10月 23日]